第百八話
「――それにしても、ユーリィからの返事が遅いね」
「ああ、そうなんだよ」
話、戻したな。やっぱりさっきの嘘っぽい感じがする。とりあえず言ったけど、突っ込まれるのは避けようとした感じだ。
でも俺も今はあんまりルトラに近付きたくないから、逆にありがたい。
「何かあったんじゃなきゃいいんだが」
「そうだね。こっちにも時間はないし、まあ、僕はこのまま全面戦争でも構わないんだけど」
「それはやりたくない」
皓の森から動かすのも怖いが、でも、確実に酷い事になると判っているこっちの戦力差を埋めない訳にもいかない。
「自分の眷族より、魔族の命が大事かい?」
「そうじゃねえけど……」
「ハルトが言ってるの、そういう事だよ」
そう……、そうなるんだろうか。確かに、魔族の犠牲を減らすために、光の精霊族の犠牲を強いようとしているのに違いはない……。
「……俺はどっちにも死んで欲しくない。命だろう」
「重い軽いはあるよ」
「ルトラ……!」
「事実だろう!?」
責めるような俺の声に、ルトラは声を荒げて先を遮った。何としてでも俺に頷かせようとするように。
「僕達を先に命として扱って来なかったのは奴らじゃないか! 反撃されてから手の平返して来たって、どうして許してやらなきゃならない! 僕は他種族なんか大っ嫌いだ!! 皆滅んでしまえばいい!!」
「っ……」
ルトラの叫びは、怒りだったし恨みだったし憎しみだったけど、それよりずっと――苦しそうだ、と思った。
「苦しみ抜いて死ねばいい。それが報いだ」
『ルトラ、そんな事を言ってはいけないわ』
いつもの穏やかな様子より、ちょっとだけ強めの言い方でふいにユーリィの声が割り込んできて、俺とルトラはほぼ同時にそちらを振り向いた。
全身は薄い水色で、透けてる訳じゃないけどどこか透明感がある。長い緩やかなウェーブを描いた髪を持った、半身半魚の女性の姿――マーメイド。これが水の擬似精霊か。
「ユーリィ」
『人を恨む気持ちは、いずれ自分に返ってくるもの。何より、心を汚してしまうわ。いつか本当の自分を殺してしまう程に』
「……」
『それはとても悲しい事よ。貴方が傷付く事も、私はとても悲しいわ』
「……悪かった。言い過ぎたよ」
『……ええ』
ユーリィにも、ルトラが本当にそう思って言ってるんじゃないって事が判ってるんだろう。頷いた返事は、やっぱりまだ悲しげだった。
「ユーリィ、どうなった?」
しかしこれは、話してどうなる問題じゃない。話し続ける事は必要だが、ルトラを言い負かした所で何も変わらないんだ。
嫌いなのは確かでも、ネクスが人間を滅ぼそうとまでするのは『必要』だからだ。でも、ルトラは違う。感情から来た思いで、人の――他種族の存在を認めてない。
ルトラ自身が考えを変えてくれないと、何を言っても無駄だ。
『ええ、遅れてごめんなさいね。色々準備があって。日数の制限が厳しいので、やっぱり光の宮に動いてもらう事になったわ』
「そうか」
やっぱりそれしかないか。
「そっちは変わりない?」
『こっちは大丈夫よ。ネクスも。相変わらず膠着状態のようだけど』
「そうか。苛々してるだろうな」
ネクスが守ろうとするものが自分の宮だけじゃなくなったから、そのせいで。
『ユニコーンで先発隊を出すけど数が多くないから、出来る限り待ってみてね。そちらに着いたら彼等は貴方が使って頂戴』
「判った」
町のすぐ外にいるってなら、擬似精霊で探せば見付けて連絡を取り合えるだろう。
『それじゃあ、気を付けて。頑張りましょうね』
「あぁ」
ぺこり、と頭を下げて挨拶をすると、水の擬似精霊はその場で消えた。
「皓の森からエインヘリアルまで、足だけの移動だと二十日は余裕で越えてしまうね……」
「マトルトークまで行けば、多分馬は貸してもらえる。ただアイルシェルは島の集合地域だからな……」
ユニコーンは短い距離なら精霊魔術使って飛んで海渡るんだが(長距離は無理)、普通の馬は勿論飛ばない。船に乗れる馬の数も限られるだろうし、手間取るだろう。
エインヘリアルと共生出来てたのも、この地形があってってのもあるだろうな。
「ペガサスがいればな……」
「フツカセとカンダラムにしかいないからね。ペガサスは」
「仕方ないな、こればっかりは」
フツカセにはとかく機動力の高い種族が多い。ちょっとうらやましい。ドラゴン然り、ペガサス然り。確か有翼人種もいるって言ってた気がする。
一方のカンダラム――クートの領界にいるのはフレアペガサスという亜種。ちゃんと飛ぶけど、機動力より攻撃力のが高くて、好戦的な種族らしい。
まあ、どっちにしろ今は両方借りられる感じじゃない。
「いざとなったら先発隊の光の精霊族と、この城の魔族達とで挟撃して戦うんだろう?」
「……多分、そうなるだろうな」
いざとなったらというか、間に合わない以上十中八、九、そうなるだろう。この城の戦力が戦力外になったら、もうアウトだ。その前にはやるしかない。
「ふふ……っ。楽しみだね。汚らわしい魔に浸った種がまた一つ、消えて世界が浄化される」
「ルトラ!」
「何を言った所で、結果は同じだ。そうだろ?」
「……っ」
「案外、ネクスも今回はそのつもりなのかもね」
「!」
それは予想外の指摘だったので、つい俺は息を飲んでしまった。
(わざと殺し合わせるために、あえて何の策も出さなかった、とか……)
実際にはやって来なかったが、似たような事をネクスは何度か口にしている。有り得なくは……ないかもしれない。
「でも、気に病む事なんかないよ、ハルト」
「っ!!」
「何も出来なくたって、ね。だってこいつ等は、殺されるべき種なんだから」
「そんな、事は、言うな……っ」
認められないと思っても、俺が何とかルトラに言えたのはそれだけだった。
何故なら俺には、どうする事も出来なかったから。
――結果が、同じだったから。
「同じだよ。何を思っていたとしてもね」
「う……っ」
そして俺の考えを読み取ったがごとくでピンポイントで指摘されて、それにも言い返せない。
「動くのは二週間後ぐらいかな? ゆっくり休んだ方がいい」
「……」
「精霊達は守ってあげないとね?」
――それぐらいの力までしかないんだから。
言葉にされなかった部分まではっきり聞こえた気さえして、俺は思わず強く拳を握って――耐えた。何にかは判らない。でもきっと、全部にだ。
「――休む……」
「うん。それがいいよ。ゆっくりお休み、ハルト」
休める訳ない。
気遣うように掛けられたルトラのその言葉は、嘘だと思った。




