第百七話
夜になって、俺は昼間飛ばしておいた光の擬似精霊へと意識を向けた。もう余裕で光の宮に着いてるだろう。
『うふふ。ウィルちゃんは可愛いわね。いい子いい子』
意識向けたら、いきなりユーリィにいい子いい子されてた。
「なあ、これ、可愛いのか?」
フィレナも何か気に入ってたっぽかったけど、何でだ。そんなに可愛いか? 丸いだけだぞ? や、愛嬌はあると思うけどさ。
『あら、ハルト。お疲れ様。どうしたの?』
「ちょっと面倒な事になって。エインヘリアルで内乱が起きた」
『あらあら』
いつも通り、頬に手を添えて少しだけびっくりした感じの声を上げる。本当にびっくりしているかは判らない。
「ル・テウストローゼに強制的に魔人化させられて、今無事な魔族達と城の中で立て籠ってる」
『何とかなりそう?』
「まだ何とも。正気に返ってくれれば何とでもなると思うんだが、返ってくれなかったら、何ともならない。そうなると戦うのは厳しい」
『あらあら』
ざっと現状を説明した俺に、ユーリィはやっぱりあまり大変そうじゃない声を上げて、少しばかり考え込んだ。
『という事は、戦力的には五分五分かしら』
「より、ちょっと少ない」
『そう。――じゃあ、とりあえずネクスにも相談してみようかしら。何日ぐらい持ちそう?』
「二十日。それ以降は物資がない」
行動する日数含めて二十日だから、実は結構厳しい数字だぞ、これ。
『判ったわ。すぐに動けるように、皓の森の皆にも準備をしてもらいましょう。詳細が決まったら伝えるから、頑張って』
が、頑張って、か。違和感あるなぁ。
でも、まあ。
「頑張るよ」
『貴方は大丈夫よ。貴方は時を視る目も、人の和を取りまとめる才もある。だから、大丈夫。私達もいるから、安心して?』
「あぁ」
ユーリィの声は穏やかでほっとする。何となく大丈夫な気分になった。うん。
状況は何も変わっていないんだが、通話を終えて意識をこっちに戻した時、ちょっと気分が浮上してた。ちゃんと寝れそうな感じだ。
ユーリィからネクスに連絡が言って話し合って――結果が来るのは多分明日だな。
「碧皇様は何と?」
「やっぱりネクスとも話してみるってさ」
「そうですか」
ユーリィが言わなければ俺が言うつもりだったし、皆で話したのと同じ結果だ。ってか、今はそれ以上出し様ない。
知恵を借りる事自体は絶対に悪い事だとは思わないんだが――
「あんまり気をもまなきゃいいんだけどな」
「……そうですね」
「? どうした? まだ気になる事があるのか?」
「気になる、と申しますか……」
少し戸惑った様子でリシュアは言うのを躊躇ってから、しかし意を決して口にした。
「皓皇様が、いきなり刻皇様を信用されている気がして。気のせいでしょうか……?」
「……いや」
本当に良く見てるなと感心する。
前だって、ルトラをあまりに警戒し過ぎるのを態度に出すのは良くないと思ってたから、表面上はあまり変わらないはずなんだが、あっさり気付かれた。
「精霊王たる方に、一精霊である私がこのような物言いをするのは許される事ではないと判っています。けれど、承知で言わせて頂きます。刻皇様に気を許し過ぎないで下さい。それは皓皇様もご自分で仰っていたではありませんか」
「そう……なんだが」
けど――。けどな、リシュア。
『違う』のはルトラじゃない。多分、俺なんだ。
俺がルトラに対して何となく拒否感があるのも、殺してしまった罪を単純に見たくなかったかってだけなんだ、きっと。
「皓皇様……?」
「……」
「やはり、何かあったのではないですか? 先程合流した時も、ご様子が……っ」
「リシュア」
「っ」
強く言った訳じゃない。けど、言葉の途中で遮られた事で、リシュアはその先の言葉を飲み込んで項垂れた。
「……申し訳ありません」
「悪い。何でもないんだ。――けど、俺がルトラを……少し信用したってのは、間違ってない」
「何故ですか?」
(言えない)
言える訳ない。言いたくない。そんな事。
「いえ、失礼致しました。お聞きする事はもう致しません。けど、どうか一意見としてでいい。御心に留めて下さいませ。どうか、刻皇様を信用され過ぎないよう。何かあってからでは遅いのです」
「……ああ、そうだな」
何かあってからでは、取り返しがつかない。本当だ。
『結果の前では、理由などさしたる意味を持たんのだ』――
(あぁ、そうだな。ディードリオン)
俺も凄く、そう思うよ。
「……皓皇様……」
リシュア達に心配かけてるのは判ってたけど。
今の俺に言える言葉なんて何もなかった。
(……ユーリィ、遅いな)
エインヘリアルに俺達が立て籠って、二日が過ぎた、三日目の朝。状況は良くも悪くも変わってない。あれから魔人化する者もいないし、魔人化から戻ってくる者もいないようだ。
もしかしたらユーリィの使う擬似精霊が光の擬似精霊や風の擬似精霊に比べて移動が遅いとか、ネクスとの話し合いが込み入ってるとかってだけかもしれないけど、それでもやっぱり、遅いだろう。
(まさか、光の宮にも何かあったとか……)
そんな事態もなくはない、とも、思う。
「――ハルト」
「あ」
おっとりとした穏やかな声で名を呼ばれて、俺は後ろを振り返った。ルトラだ。
「一応ここも城内だけどね。あんまり離れない方がいい。ケルガム達が心配してる」
「……知ってる」
その心配されてる様子が見たくなくて、部屋から抜け出して庭なんかでうだうだしてたんだから。
「そんなに焦ってる?」
「多分、これだけのせいじゃないけど、焦ってはいる」
「そっか」
「……悪かったな」
「何が?」
「こんな魔気の強い所に連れ出して。大丈夫か?」
本当は俺がルトラに謝らないといけないのはこんな事じゃないんだが、こんな事しか、言えない。
「僕は大丈夫だよ。それにハルトに謝ってもらう事じゃない。元々、志願したのも僕だ」
そうなんだけど、やっぱりな。今は宮にいてもらった方が良かったかもと思ってるから。
かも、になっているのはユーリィからの返信がないせいだ。今どうなってるか判らないから。
「それとも、来たのは邪魔だった?」
「……いや。助かってる」
「それは嘘だね」
「……」
ちょっと躊躇って間を置いてしまったのはそうだが、気付かれる程否定的な間じゃなかったのに、ルトラからは断言された。
「君が判るように、僕も君の事は結構判るんだよ。対だからね」
「そうか」
「判りずらいとか思ってた?」
「努力はしてた」
気付かれると気を使わせるから。俺が居づらいってだけだけど。
「うん。僕もそう」
「悪かった。これからは気付かない振りをするよ」
「そうだね。他の人がいる時は。でも、ハルトは良いよ」
「……そうか?」
「うん」
お互い結構判るとか言ってて何だが、本気で言っているのかどうか、これは判らないな。




