第七話
こんな時世だ、当然だがマトルトークの城門は閉ざされ、出入りは大きく制限されている。
とはいえ全く引きこもっている訳でもないようで、どこに買い付けに行くのか商人らしき馬車などが、厳重チェックの上ではあるが通っていたりもする。
結界自体は魔人のみを対象としているので、俺達には関係ない。あとは人の目を誤魔化せば中に入れた。
精霊族は人間よりもエレメントの扱いに優れた種族なので、微妙に気抜けた門番ぐらいなら、簡単に誤魔化してすり抜けられたと述べておく。
精霊の容姿は基本、綺麗なだけで人間と変わりないので、それ程こそこそする必要はない。むしろ無闇に警戒しまくってる方が怪しいだろう。
自分達の気配を薄くする隠霧という術を使って、一応三人の中で最も目立つだろう俺だけ衣装の上にフード付きコートを追加した。
全員でフードコートは、さすがに気配薄くしてても目立ち過ぎるだろ。というか不審者だろ。
「これが町……ですか」
「人……すごい……」
外門を潜ってすぐ、リシュアさんとライラから圧倒されたような息と感想が零された。
そうか、二人共人間の町初体験か。勿論俺もだ。心許ないな、オイ。
俺の印象としては――地方領主とか、そんなぐらいの規模じゃないかと思う。
道は全部ちゃんとレンガで舗装されてるし、道行く人の服装も、機能には関係ない装飾品類を身に着けている人が多い。生活に余裕がある――あった、ってことだ。
とはいえ、今道を行き交うのは圧倒的に鎧姿の兵士が多い。
「どうしますか? 今結界を強化して帰りますか?」
「強化しても帰らないぞ? 様子見たいからな。取り敢えず、今の町の状態を見て行こう」
軍事力の状態なんかは俺には分かりようもないので、町の魔人の割合をだ。
(見た感じ、そんな押されまくって疲弊しているって様子でもないんだが)
むしろ余裕すら感じられるのは気のせいか? 本当にここがあと数日で落ちるのか――?
「どこかに入るか」
「どこか、とは?」
「丁度よさそうな所もあるし」
俺が選んだのは宿泊施設兼食事処らしい、半分程の椅子が埋まっている店だった。
多分飯を食べるだけの人でも入っても大丈夫な所だろう。駄目でも多分、入ったことに気付かれないから大丈夫だ。
カララン、と来客を告げるベルが鳴って、入口近くの何人かが振り向いたが、それだけ。かなり怪しいはずだが、スルーしてしくれた。
ただ、近くに座ってる女性二人が微妙に……いや、今はいいか。
(にしても、凄いな)
入った途端に濃い魔の気配がした。外と違って人が集まっているから、余計に濃く感じる。
そして元が誰かを探ってみて、知ってしまったのだ。
約半数が、魔人だ。
「お分かりいただけましたか」
「あぁ」
声をひそめて言ったリシュアさんに、俺はうなずく。
これは確かに、長く見積もってあと数日で落ちる。
「魔人は決して愚かではありません。元々同じ生物だからこそ、知っているのです」
「手始めに……攻撃を仕掛けます。何人か、殺します。その人に近しい何人か、魔人になります。繰り返します。いずれ、魔人の部隊が全滅します。相手の人間が、魔人が増えて、強くなった証です。放置します。欲望と悪意で、町、壊れます……」
これは……。これを止める手立てって、本当にあるのか?
あるとするなら――
「魔人化の進んでいない町ならまだ守ることもできましょうが、ここまで来たら不可能でしょう。最早マトルトークは魔人の支配下にあります。……戻りませんか」
ここが落ちたら、この大陸で残ってるのはもう一つの町と、皓の森だけか。次は狙われてもおかしくない、というか実際もう魔王まで来てるしな……。
ってか、待て。
「もしかして、アイルシェル領を襲ってるのはジ・ヴラデスなのか?」
だとしたら困る。手立てがないままの遭遇になりかねないぞ。
「いいえ。魔王は配下を率いたりといったことはほぼしません。そもそも魔人共には組織という枠組みはありません。己の本能に従い、奪い、殺しに来るだけです」
ほぼ、の部分が若干気になる。変わり者――あるいは狡猾と呼ぶべきか――は、どこにでもいるってことだな。
そして現状、こっちにとってそれは警戒要素だ。
「集団も、目的の一致だけ、です……」
けどとりあえずは、ここで騒ぎを起こしたからといって、大軍が送られて来るような心配は『ほぼ』しなくていい訳だ。大軍で襲ってくる事はあってもな。
「炎獄の魔王は、その……。貴方に、固執していますから。姿だけは以前から見掛けていました。本人が言うように、貴方の再生を見張っていたのでしょう」
……そうか。精霊への扱い的なアレが世界的なものだとしても、ジ・ヴラデスが俺に拘ってるのも個人的に事実なのか。精霊にじゃなくて、俺に。まったく嬉しくないけどな。
「分かった。ならやっぱりここを守ってみよう」
「……。ハルト……」
「嫌なら、無理はしないで帰ってく――」
震える声で呟いたライラに言いかけた言葉は、途中でふるふると首を横に振って遮られた。
「怖い、です。でも、大丈夫……」
「無理そうならすぐ引き上げる。心配するな」
「……はい」
素直にこくん、とうなずいたライラの上に、大きな影が差しかかって、俺は影の伸びる方を振り向いた。
そこには結構重度な魔人と化している、兵士らしき男三人の姿。
「おい、貴様。密猟者だな」
「……は?」
立ち位置の威圧感から、何か難癖をつけられるんだろうとは思っていたが、なぜ密猟?
「そこの女二人、精霊だろう。買い手はもうついてるのか? いくらだ。二倍払う。俺達に寄越せ」
「――……」
予備知識として聞いていなければ、何を言われたか多分すぐには理解できなかったろう。
何を言っていて、何を求めているかが分かっても、何を言っている? と聞き返したいぐらいには、驚愕だった。
俺自身も精霊のはずだが、それに気付かないのは視覚的にも美人な精霊二人の気配に気を取られ過ぎているからだろうか。
それとも、精霊の女性二人を連れた男の俺というのは、当り前に密猟者として認識されるぐらい、頻繁なのだろうか。
――そう、かもしれない。何しろこんな話をこんな場所でしてしまえるぐらいだ。彼等にとって精霊とは、そういうものなんだろう。
「彼女達は売り物じゃない」
「嘘付け。見りゃ分かるんだよ……俺達には。精霊だろ。ここいらは皓皇がくたばったままのおかげで、精霊の数が少ねェんだ。言い値で買ってやるから、早く寄越せ」
精霊、イコール、売り物か。
ここには魔人以外の人間もいるが、彼等も何も言おうとはしない。良好な関係じゃないのはもう分かってたが、ここまでか……。
「何度も言うが、売り物じゃない」
「おい、テメェ、いい加減にしとけよ……?」
気が短い、のではない。そういう生き物になってしまうのだ、魔人は。
「お前が、いい加減にしろよ?」
「っ」
立ち上がって正面から向き合って、俺の顔立ちに気付いたのだろう、息を飲む。
「自分が何を言ってるか、もう一度よく考えろ」
「……っ……」
兵士の表情が、一瞬苦しそうに歪む。
そうか。分かってるのか。良心はまだあるんだな。
「そんなに精霊が憎いか。心のある生き物の尊厳を認められない程」
「……断りやがったんだ……」
「何を」
告白を、と言ったら手が出るかも、と少し心配だったが、聞く前から杞憂であると分かった。
彼の表情はもっと苦い物を飲み込んだ苦悩に歪んでいたから。
「一緒に戦ってくれてさえいりゃあ、あいつ等は死なずに済んだかもしれねえんだ……」
「魔人も精霊も変わらねェ。人間なんか滅びゃいいって見下してやがる。だから――」
「何を勝手な……っ!」
思わずだろう、口を開いて立ち上がりかけたリシュアさんを手で制する。
「今精霊に戦える力はない。皓皇が死んで、意志決定できるような者がいないんだ」
「……分かってるさ……」
兵士の目から、理性を失ったような狂気が消え、肩を落として項垂れた。
「助けてやれなかったのは、俺だって事は、分かってるさ……」
「その人のために怒れる心を、魔に食わせてやる事はない」
――戦うに耐えるエレメントはないが、人一人を守るぐらいなら――
意識を集中し、純粋に女神のエレメントだけを取り出し、結晶化する。
「!?」
「お守りだ。多分貴方は人に戻れる」
「ひ――人に!? 本当に!? 本当に人に戻れるのか!!」
魔に堕ちたとして、なれの果てを知ってなお、魔道を突き進もうという人間はそうはいない。目の前の彼も例に漏れずだ。
「怒るのではなく、ただ悼んであげてくれ。そして殺すためでなく、守るために戦っているんだと忘れずにいてくれ」
手の平に落とされた女神のエレメントの結晶を見詰めてから、兵士は再び俺へと視線を戻す。
「あ――、あんたは、いや、貴方は、誰です?」
「精霊だ」
「いや、そりゃ……」
改めて彼等の目でちゃんと見れば、そんな事は言われなくても分かるんだろう。彼等が欲しいのは、俺が彼等の期待通りの存在である、その確証となる言葉だ。
だが俺としては、むしろまだ確証されたくない訳で。
「って事で、いいだろう?」
真っ直ぐ見詰めて微笑する。途端絶句して兵士は上下に首を動かす。
……。すまん、顔だけ神秘的な中身凡人が誤魔化して。
「さて」
いつの間にか静まり返ってしまった店内に、俺の声だけが良く通って響く。
注目をされたままでは話す事すらやり難いので、もうここは立ち去っていいところだが、その前に気になる人が三人程いる。
「そっちの女性二人と、カウンター近くの人。自覚あるよな?」
この店内の中で、魔の浸食の進んだ三人を指す。
とはいえ、まだ凶行に走る程魔に侵されているわけじゃない。さっきの兵士と同じぐらいだ。
しかし、欲望を理性で抑えられなくなる程度には、もう魔人として魔に染まっている。
「……」
三人はそれぞれが顔を見合わせ、不安げな表情で互いを伺う。
「来てくれ」
互いの行動を確認しながら、それでも三人は俺の前に立ってくれた。つまり、彼等には望みがあるという事だ。
魔に捕えられてしまったが、本当は魔になど堕ちたくないのだと。
その三人に、兵士の彼と同じく女神のエレメントの結晶を渡す。
「魔に頼ることなどない。人は魔に打ち勝てる種だ」
良心が全く無い人間など、ごく一部だ。
ほんの少しでいい。自分に労が掛からない程度でいい。
ただ、人に優しくあれ。誠実であれ。
人様に泣かれるよりも、笑って礼を言われる方が嬉しいに決まってる。
「けど……魔は、力は……」
魔には堕ちたくない。しかし今自分に宿る力が、自分を守る強い力だと、魔人になった人は皆知っている。
だがそれは――いずれは自分しか守らなくなる、強いだけの魔の力。
一度手にすれば失うのは怖いだろう。まして今は混沌の時代だ。力はそのまま生きる手段になる。
それでも。
「貴女が捨てなければ、いつか貴女は魔人になるだろう。貴女を魔に貶めたモノと、同じになるんだ」
「――……」
それに縋ったことに、小さく悔恨の表情を作り、彼女は女神のエレメントを握り締め、うなずいた。
「自分の家族を殺した者と同じモノになり果てようなんて……愚か、ですよね」
「仕方ない。魔は『力』だから。だが、正しくはない」
「はい」
「リシュア、ライラ、行くぞ」
こんな注目を集めて、この場でできることなどもう何もない。移動しようと二人にそう声をかける。
「はい」
「はい、皓皇様――あっ」
「あ」
先に返事をしたのはライラ。後のがリシュアさん。超ナチュラルに皓皇呼びしてくれた。
……うん、そっちのが自然なんだもんな、リシュアさんには。直前の練習と取り決めは一体何だったのか……。
しかし言った直後に本人が一番表情を凍らせたので、今更俺が言うべき何かは何もない。というか言えないだろう、これは。
「こ――、皓皇!?」
「やはり……!」




