第六話
「もし入り込まれた時なんかに、魔人かどうか見抜く方法はあるのか? ジ・ヴラデスなんか、そんな一目で分かる特徴はなかっただろう」
「魔力が強くなるほど看破するのは難しくなりますが、通常の魔人や魔神であれば、体の一部が黒く変色します。髪や眼、爪などですね。強力な魔神になると、魔の使徒として紋章が与えられ、体の変色はなくなります」
「けど紋章はあるのか」
それなら見破る方法もあるか、と思っていると。
「陰部など、見えにくい場所に付く事が多いので、それを目印に焙り出すのは難しいでしょう」
(うっ)
確かに――あれだけ出し過ぎだったジ・ヴラデスだが、見える所にはそんな物はなかった。薄めの褐色の肌だったが、黒が分からない程の色合いじゃない。
「もっとも、私達はあの禍々しい魔力に誤魔化される事はありませんが。魔力やエレメントに近しい種族でない限りは、相手が隠れて近付いてきた場合、難しいかもしれません」
潜り込まれれば人間は分からない、か。
「魔を祓う方法はないのか? 生きたままで」
「理屈の上では、良心によって魔は薄められます。しかし一度魔に堕ちれば、善意を持つ事など不可能でしょう。それ程の精神力を保てる人間がいるとは、聞いた事がありません」
それでも、心次第で方法はある訳か……。
せっかくなら、女神も殺すための力よりも、一発でそういう魔を祓える力を与えてくれりゃ、迷う事もなかったんだけどな。
「どう、しますか……?」
「とりあえず、マトルトークに助力しに行くか」
「……マトルトークに、助力……ですか?」
「何だ?」
リシュアさんの言い様は、明らかに歓迎していなかった。見ればライラも嬉しくなさそうな顔をしている。
「人間を助ける理由が、何かおありですか?」
「何かって……」
意外な反対の理由だった。
敵の敵は味方――というか、単純に魔人対その他の種族、という構図かと思ってたんだが、違うのか。
「人は汚らわしい生き物です。魔人に堕ちるのが最も多いのが人間であると言えば、お分かり頂けるでしょう。特に、魔人となった者は、己の欲望を抑えません」
「精霊族、数……少ない、です。襲われたりも、します」
「ジ・ヴラデスにはさぞ御不快にさせられたでしょう。あの手の下劣な欲望を精霊族に抱く魔人は、決して少なくありません。つまり、人は元々その欲望を我等に持っているのです。魔によって表面化したに過ぎません」
そうか、あれは個人的な趣向というより、世界的な趣向だったのか。
確かに、宮の中ですれ違った人も、美形率高かったな。狙われてしまう理由はあるのか……。
「皓皇様が望まれるのならば、全力で努めましょう。しかし、皓皇様自らが出向かれる事は、どうぞお止め下さい」
「……」
なぜ、などと阿呆な事はさすがに聞けない。男とはいえ、心配されるのに値する美形だし、そもそも俺は『皇』らしいから。
最前線に出張る皇とか、そりゃ下は心配で仕方ないだろう。
(つっても、もしこのランクの美女がいたとしても、俺ならとても手なんか出せないけどな。まあ、魔人は違うんだろうけど。そこん所の思い切りみたいなのが)
実際ジ・ヴラデスはためらいなかったし。
リシュアさんの言う事は分からなくないが、彼女達、もしくはこの宮にいる精霊達だけを向かわせるのは、やっぱり無しだ。何と言っても心情に。
じゃあ何もせずにおくか――というのも、やっぱり無しだろう。待っていても悪化しこそすれ、改善の見込みは全く無い。
「精霊が人間をあまり良く思ってない理由は分かった。けどな、リシュアさん。今俺達はどう言い繕おうと劣勢だろう。魔人一人二人なら何とかなるかもしれないが、大勢を相手に立ち回れるか? そもそも魔神が出てきたらどうする? はっきり言って戦えるような力ないだろ」
何しろ相手は、すでに圧倒的な質量を備えている。この宮にいる精霊全員を総動員したって、いざ襲われた時にはここを守りきれるかすら怪しいだろう。
更に、単純なパワーバランスも気になる。
ジ・ヴラデスを基準として、魔王と呼ばれる様な魔人には全く手は出ない、多分魔神クラスだって相手になるかどうか怪しい。多分、魔人なら何とでもなるんだろうが。
「……それは」
「俺達の力はエレメントの量で決まる。だから、まずはこれ以上魔を強めない事。そのためには今魔ではない人を守る必要がある。そして数の事を考えれば、人と共に戦う事は、絶対に必要だ」
「人と……っ、ですか!? そんな……」
余程受け入れ難い事なのか、明らかな拒絶の意志を見せる。
……もしかしなくても、精霊族って孤立してるのか? 何か人間に対してだけじゃない予感がするぞ、この反応。
だが魔人を殺す、という心的障害を乗り越えられる気のしない俺にとって、専制防御が唯一の対抗策だと言える。
そしてできれば――というか、やらなければならないが、魔道に堕ちた人を引き上げたい。そうする事で魔を減らす――ってのは、駄目か?
いや、気の遠くなる話だけどな。ついでに他の所で被害沢山出そうな気もするけどな。
でもだから自分が殺すとかってのは……やっぱ無理。
「――承知、いたしました」
「それが、陛下の、ご判断であれば……」
動揺にためらった後、しかしそれ程の時間を掛けずに、二人は直前までの不満を消し去ってうなずいた。
自分の感情より、皇の意志を優先か。いや、それ自体は正しいんだろうけど。
うなずいたとはいえ、間違いなく納得してない。そんな二人を連れて行くべきじゃないかもしれない。
何となく、今はもうある程度なら体が動いて戦えそうな気はするし。
出会った先で俺が魔人を殺さなければ、やっぱりリシュアさん達は不満に思うだろう。それを考えても――
「俺はマトルトークに行くけど、二人は」
「勿論、ご一緒いたします」
「私、達は……陛下の、武器です、から」
「でも嫌だろ? 無理されても困る」
人を拒絶したまま連れて行って、何か事が起こったら困るし。
「いいえ。皓皇様にお仕えするのに、無理などという事はあり得ません」
「……置いて……行かないで、下さい」
絶対二人は嫌がっているのが容易く想像できるから、本当は連れて行きたくないんだが、この場合連れて行かない方が彼女達にとってはショックなんだろーな……。
俺が行くのを止める――のも、ここでできる事を思い付かない以上、本当に時間を無駄に使ってしまう気がするし。そうしてるうちに落ちるぞ、マトルトーク。
(今再生されたからには、俺は何かしなきゃならないだろう、と思う)
「分かった。じゃあ、来てくれ」
「はい!」
俺が了承すると、二人は心の底からほっとした笑みを浮かべて勢い良く頷いた。
リシュアさんとライラの態度から想像するに余りあるが、皓の森から人里へ向かうのに、街道の類はやはり一切なかった。交流の皆無さっぷりが窺える。
しかし、である。それでも成り立ってしまうのだ、精霊という奴は。
まず、食事が必要ない。エレメントさえあれば普通に生きてられるし、活動できる。だから無くなって行ってる今の状態は、本当に種族絶滅の危機だ。
ちなみに体の構造上、食べる事はできる、らしい。体内で分解されて、食物に含まれてる本当に微量なエレメントだけを吸収して、その他は何も残らないらし何にもならないらしいが。
衣服や、あの巨大な宮まで、全てエレメントで出来ている。俺のホームグラウンドでまだエレメントの豊富な皓の森だから(相対的に見てだ、あくまでも)、壁も一日で綺麗に再生してくれた訳だ。竜の死骸に関しては、俺が寝ている間に宮の皆さんで処理して浄化してくれたらしい。
……処理、って言い方がまた微妙に悪意を感じるよな……。俺としてはあのドラゴンには、同情してやってもいいんじゃないかと思わなくもないが、もう済んだ事だ。何も言うまい。
一度作られた物は持ち運びは可能。
実行した場合俺達の命の方が先に尽きるが、エレメントが全く無い土地に行っても服がなくなるとか、そういう心配はない。服を構成しているエレメントを俺達が吸収する事はできるらしいが――……本当の緊急時以外、断じて避けたい事態だ。
そんな訳で、生活の基本の衣食住が、精霊だけで閉じた世界で暮らしていても何の不都合もないのである。だから、尚更交流しない。
(敵愾心しか持っていない相手と、交流しようとも思わないだろうしなぁ……)
人間から見た精霊はどうだろうか。こっちがこうなんだから、多分友好的なイメージはないだろうな。
街道の一切ない旅路は初心者には大変辛いもの――にも、ならなかった。
今の俺達の移動手段は、皓の森で野生に暮らしてるユニコーン。見た目は一角を持つ白い馬である。
聖獣としてもポピュラーな生き物で、清らかな乙女しか乗せないとか何とか言われるが、俺は触っても乗っても大丈夫だった。
エレメント属性のユニコーンにとって、エレメントそのものと言っていい精霊は、男だろうが女だろうが到底拒む様な者ではないそうだ。
そしてこのユニコーン、物凄く速い。自然のままの悪路なんて何のその。軽やかに疾走している。
乗馬なんてやった事ないが、断言できる。これ、馬の速さじゃねえ。景色の流れるスピードが電車並み。明らかに足を蹴ってる回数と風景の流れ方がおかしい。これ普通に走ってんじゃないだろう。
そんなスピードを出しながら、剥き出しのはずの体に風圧すら感じないのは、ユニコーンが風のエレメントで結界張って守ってくれているから。そのエレメントの流れだけは分かった。精霊の、エレメントに対する適性のおかげだと思われる。
リシュアさん曰く、ユニコーンは賢いのでこのアイルシェル領ぐらいの広さなら、問題無く全ての地形を頭の中で網羅しているらしい。
そんな訳で操る必要も全く無いので、ただ行き先をお願いして跨っていれば連れて行ってくれる。背中に跨るぐらいなら余裕でできる、これも微妙に腹立つバランス感覚。
(ありがたいんだけどな。できないからな、乗馬なんて)
それともやってみたらできるんだろうか、皓皇なら。できる気もするな、うん。
「皓皇様、もう見えますよ」
「あぁ、見えたな」
こういう、辺りに何もないような所では、見えたとしても実際の距離はまだまだあるものだが、ユニコーンに乗っていれば本当にもう間もなくだろう。
「ですので、もう少し近付いたら降りて森へ帰しましょう。人に見付かれば殺されてしまいます」
「あー……。うん、分かった」
またほんのりリシュアさんの声に敵意が滲んだが、気付かない事にしてうなずいた。
……時に、リシュアさんは結構魔人始め人間を憎んでいるみたいなんだが、大丈夫なのか?
「なぁ」
「はい。何でしょうか」
「精霊が魔に捕まる事はないのか?」
「まさか。あり得ません。我等精霊は最も魔から遠い種です」
精神的に、というより属性的に、という事か。
だとすると、もし精霊が魔人化するようなら本当に末期だな。
しかしリシュアさんの一片の曇りもない言い様は、現在それが起こっていない証明だ。少しほっとする。
「陛下、町……着いたら、どうしますか……?」
「そうだな、魔人の侵攻を止めて安全を確保すれば人も落ち着くだろうから、結界を張って――それから考えようか」
町全体を覆うのは骨かもな――と思っていたのだが、ここから見ても分かる。町全体に、元からエレメント属性の結界が張られている。さすが、城のある町だ。
(あれなら強化するだけで済むだろ)
一から張るより、断然楽だ。
「皓皇様」
「?」
「我等が精霊である事は、どのような変装をしても魔人となった者には誤魔化せません。ですがどうか、ご自分の身分を知られる事はお避け下さい」
その方が無難だなと俺も思う。けどその場合、問題は俺じゃなくてリシュアさん達だろ。
「じゃあ、皓皇呼びも陛下呼びもなしだぞ?」
「……っ……」
当然だと言った俺の言葉に、リシュアさんとライラは息を飲んで固まった。
「いえ、しかし……っ。ど、どのようにお呼びすればよろしいでしょうか」
「普通に名前でいいんだが」
あ。そういや俺自分の名前知らねえや。
「御……御名を……っ、ですか……っ!?」
俺の名前なんだっけ、とはさすがにもう聞きづらいので、このまま一緒に教えてくれるとありがたい。
……ん、だが。無理そうだ。あれか、本当の名前じゃなくて、偽名として付けた方が呼びやすかったりするか、この場合。
偽名付けるなら本名でいいだろ。何かおかしいが、気にしない事にする。
上貴瀬と晴人と、どっちが響き的に彼女達に混ざっておかしくないだろうか。
(晴人、の方かなやっぱり)
何々ハルト、みたいな名前ってドイツらへんっぽくないか? イメージだけど。何々の部分ないけど。
「じゃあ、ハルトで呼んでくれ」
「――っ。御、御名の愛称を……私共が口にしても、宜しいのですか!?」
「あ、あぁ」
「陛下の、御名前の、一部。口にさせて頂けるの……っ。恐れ多い、ですが、光栄です……っ!」
そうか、皓皇の名前の中にも入ってるのか、ハルト。何々の部分が付いてるんだな、きっと。長ったらしい予感がするな、物凄く。
「ちょっと呼んでみてくれ」
彼女達の緊張っぷりに心配になって、まず練習をしてみてもらう事にした。
「……っ……!」
思った通り、ぎし、と音がしそうな程に身体を固くして。
「――はっ、ハ、ハルト、様……っ」
「様もバレるんじゃないか?」
「けっ、敬称なしになど、お呼びできませんッ!」
泣き出すんじゃないかと思う程、必死にリシュアさんは首を振る。……これは無理かな。
正直言うと、ちょっと皓皇と陛下呼びから脱却したかったんだが、これは無理だな。
「精霊王以外にも、敬称付けても大丈夫か?」
多少身分差が出るのを妥協してそれで行こうか、と思ってそう聞くと、二人揃って首を横に振った。やっぱ駄目じゃねーか!
「できないと一緒に付いて来てもらう訳にはいかないぞ」
「うぅ……っ」
「――……」
葛藤するリシュアさんの横で、きゅ、とライラが俺の服の裾を引く。
「……ハルト」
おぉ!
やはりこういう事は子供の方が心的負担が少ないのか、ライラは意外に早く乗り越えてくれた。
「ライラ! 皓皇様の着衣に触れるなど、不敬でしょう」
「お姉ちゃん……声、大きい。もうすぐ、街道に乗る」
「あ、じゃあもうユニコーン帰すか」
ライラに指摘されていつの間にか道が整い始めているのに気が付いて、俺達はユニコーンから下りて歩く事にした。
歩きながらなら、マトルトークに向かいつつでも充分練習できるだろう。
「ほら、リシュアさん、頑張れ」
「お姉ちゃん、頑張れ」
「うっ……。うううぅぅっ。――で、ではっ」
す、と息を吸い込み、高所恐怖症の人がバンジーに挑むが如くの覚悟の表情で――。
「で、では、せめて、まず皓皇様から私を呼び捨てて下さいませ」
見た目的に俺がリシュアさんに敬称付けるのはおかしくないんだけどな。
二、三上の先輩って感じで、若干呼び捨てしずらいんだが、彼女にそれ以上の物を求めている俺が言える台詞じゃないだろう。
「分かった。じゃあ、リシュア、いいか?」
「はっ、はいっ。は――……、ハ、ハ、ハ」
笑ってるぞ。
「ルト」
「ルトっ」
助け船を出したライラに続いて言い切るが、それもう別の人の名前だと思う。いや、でもまあ、それで自然に呼べるんなら。
「ルトでもいいぞ? 別に」
「いえ! お呼びします! 必ずや!!」
――練習にがっつり、二時間掛かった。




