第百五話
口にした言葉は消せない。更にそれはウィシュヌ達にとっては常識化した文句だ。
けれど実際に目の当たりにして――想像した事なんかなかったんだろう事実を、思い知ったんだろう。
魔人は、魔人という種族などではない事を。
「ねえ? ウィシュヌ。僕が言ってる事間違ってる? 何か君と違う事言ってる?」
「や……っ。ち、違……っ」
弱々しく頭をふったウィシュヌに、更に一歩、ルトラは近付く。その表情は微笑みでありながら、弱味を見せた獲物をいたぶる嗜虐者の目だ。
「へえ。違うの。何が、どこが」
「ぁ、あ……っ」
「魔人を殺せ、ウィシュヌ。魔に負け、お前に逆らった負け犬どもだ!」
「よせ、ルトラ」
「ハルト、君も頷いただろ?」
あぁ、頷いたな。何も考えてなかった俺も本当に馬鹿だと思うけどな!
「皆殺しにまで頷いたつもりはない」
「こ、皓皇……」
思わずだろう、素に俺の名を呼んだウィシュヌが震える手でしがみついてくる。
「それは必要分は殺して構わないと認めた台詞だね」
「その『必要分』に対する理解がお前とは離れてるみたいだけどな」
「ふふ……っ」
目を細め、実に楽しげにルトラは笑う。
「ハルトの『必要』は命を奪うのにやむを得ない状況って事か? だったら言ってあげるよ。これからの犠牲は必要分だ。エインヘリアルはこの内乱で滅びる」
「嘘よ!」
すぐ様ルトラに食ってかかったのは、女王であるウィシュヌ。語調は強かったが、その表情はルトラの言葉通りの結末を想像してしまっていて、怯えて引きつっていた。
「僕の言葉は君の予言の様な不確定なものじゃない。ただの事態の分析さ。――さあ、ウィシュヌ。迷宮を解除するんだ」
「……っ」
ルトラにそう指示されて、しかしウィシュヌは躊躇った。ルトラの言葉に従って大丈夫かどうか、迷っているんだろう。
さっきの今だから、俺も若干不安はある――が。
「ウィシュヌ、迷宮を解除してくれ」
「お兄様……」
「どちらにしろ、ここにいても何も出来ない。外ではもう事が起こってるんだ。行動するのに早いのに越した事はない。どんな事でもな」
「――判ったわ」
不安な表情は拭えなかったが、ウィシュヌはこくん、と頷いてガラス玉に手を添える。
「とりあえず、門だけ作るわ」
「ああ」
迷宮を使ってあまり魔力を消耗したくないのと、万一攻め込まれた時にこの頑丈な作りを要塞として使うためだろう。ウィシュヌはごく小さな変化だけさせて、ガラス玉を置いた。
「で、こいつはどうするんだ?」
ふ、と肩で息をしたウィシュヌへ向けて、ルトラは今度は研究員を足先で突きつつそう聞いてきた。
「止めろ」
「はいはい。――それで? 君に逆らった反逆者だし、殺しとく?」
止めると一応足は引っ込めて、ウィシュヌにその処遇の判断を訪ねる。
「……」
研究員を見下ろし、ウィシュヌは数秒考え込む。
こいつに関してはウィシュヌの判断に任せるべきだろう。エインヘリアルの国民だから。
魔人化させられているとはいえ、王への反逆は本来、重罪だ。流石にそれはどこの国でもそうだろう。……どうするつもりなのか。
実行したのは確かだが、完全に本人の意思って訳でもないから、出来れば処刑するとかまでは言わないで欲しい。
「とりあえず、どこかを牢代わりにして捕えておくわ。処罰はどこまで本人の意思であるのかを調べてからでないとつけようがないもの」
ウィシュヌの出した結論は、かなり穏便な物だった。ルトラは不満そうだったが、ここがウィシュヌのテリトリーだと判っているからだろう、何も言わなかった。
もう一度迷宮を手に持って、隣に牢屋を作り研究員の男を閉じ込めてから俺達は城下へと向かう。
ウィシュヌの作った扉を潜って敷地の外に出ると、今まで背の高い壁に遮られて見えなかった町の様子が、高い位置から見下ろす形になっている城の構造のお陰で良く判った。
「……あぁ……っ」
城下は一面が火の海だった。詳細は判らないが、様々な種類の魔術がその中で未だに飛び交っているのも見える。
「城を囲め! ウィシュヌの首を取れ!」
「条約なんざ関係ねェ! 俺達には力がある!」
「もっと領土を!」
「もっと金を!」
「もっと力を!」
正気じゃない、酔ったような勢いで叫ぶ魔族達が、あちこちから似たり寄ったりの声を上げ少しずつ人がエインヘリアル城の下へと集まりつつあった。人数がある程度揃ってから押しこむ気か。
「取り敢えずの目的は女帝の様ですね。……どうなさいますか?」
逃げるか、戦うか。
逃げればエインヘリアルは魔人の手に落ち、皓の森か――もしくは手前のどこかで迎え撃つ形になるだろう。俺達が皓の森に戻って体勢を立て直すまでに、アイルシェルの半分ぐらいは落とされると見た方が良いだろうな。
「――まずは、町の門を閉めて彼等をエインヘリアルに引き止めよう。ウィシュヌ、正気の魔族が絶対にいるはずだ。彼等を誘導して城に戻って――籠城しよう」
「わ、判ったわ」
さっきの俺とどうやら同じ状態らしく、考えている余裕のない感じでウィシュヌは頷く。
「戦うんだね?」
「魔族達の魔の侵され具合によるが、そのつもりだ」
ディードリオンのように、己の意志で魔を抑え込めるなら問題無い。正気に戻るまで待てばいいだけ。けれどそれが敵わないようなら、やるしかない。
「リシュア、ライラを連れて町の門を結界で封じて、行き来を遮断してくれ。ウィシュヌは魔人化していない魔族を連れて来い。ルトラ、お前は俺とこの場の防衛。いいか?」
「いいよ」
「判ったわ!」
「心得ました」
「行って、来ます……!」
「頼む!」
四人それぞれが了承に首を縦に振って、リシュア、ライラ、ウィシュヌは町へと駆けて行った。
一番時間が掛かるのはウィシュヌだろう。見付けた人にも手伝わせるだろうが、それでも一番手間かかるから。門の封鎖が終わったらリシュア達にも手伝ってもらわないと。
そしてこっちは――
「天上の光幕!」
光のエレメント属性の結界を張っておく。今回はアレンジ版で、何かを包むのではなく俺達の前に壁として張る。
そしてこの壁には、女神のエレメントを混ぜてある。
「……そう言えば、アイルシェルは女神のエレメントが一番濃いよね。ミットフェリンも最近増えてきたかな?」
「ああ、そうだな。フツカセが一番多くておかしくなさそうなんだが……。女神のエレメント、ほとんどど再生してないんだろ?」
「らしいね。僕もちょっと聞いただけだけど」
……何でだろう。
女神のエレメントの再生は、俺達にとって必須。アイルシェルが順調に回復している事を思えば、何か原因があるはずだ。
(フツカセも、実は調べてみないと危ないんじゃないか?)
ネクスがずっと健在で一番守りの硬い場所だからついつい後に回しがちだが、大丈夫だろうか。今だってあいつ魔王にひっつかれ動けない状態だし……。
俺がここで足止め食らうと、ユーリィやフィレナ達しか援護に回れないんだよな。
ディードリオンも個人で大部隊並みの攻撃力持ってるけど、フツカセだとどうかなとか思うし、レトラス動かすなら一緒に行動は無理だし。
そうなるとやっぱり、フツカセで動いてもらうならまだフィレナだろうな……。人間はどちらにも左右されないから。
心配ではあるが、もう仕方ない。どちらにしろ俺達はもう動けない。エインヘリアルを何とかしないと、アイルシェルが危ない。人の事見る前に自分の足元見ろって絶対言われる。
(皆が合流して一息ついたら、ユーリィに擬似精霊飛ばしてみよう)
俺も早くも情報遮断区に入っちゃったからな。
意志が纏まったらしい、五人組の魔族達が階段を駆け上がって来るのを見つつ、俺はこれからどうするかを考えていた。




