第百四話
「うふふ」
ウィシュヌも機嫌を直して両手で腕にしがみ付くようにして懐いてくるが、それは引き離した。
「何で意地悪するの!」
「意地悪じゃなくて、動きずらい」
ここ一応敵地認定していい所だからな。元はウィシュヌのホームだったけど、今はこの場にいる全員にとってアウェーだ。
「……宜しいのであれば、そろそろ参りましょう」
言いながらさり気なくリシュアは俺の左側に移動してくれた。手が空いている方だ。万一の時、すぐに手に取れるようにだろう。
「――お兄様、どうやら迷宮で作った地上部分はこの一階だけみたい」
捜索を開始し、俺達も自分の目と足で辺りを捜索しつつで歩き出してすぐ、両の目は閉じたままのウィシュヌからそう報告が入った。
「一階だけ?」
それはちょっと、と言うかかなり意外だ。閉じ込めるんならより高く作った方がいいだろうに。実際、地下は凄かったし。それで大分時間取られたのも間違いないし。
「迷宮は――と言うか、このエインヘリアル城は全て魔力で構成されてるの。きっと抜け出されないよう、地上部分は魔力を集中して頑丈に作ったのね」
「成程。地下は地下だから、壁を破壊されても外には出られないもんな。それであの量を作ったのか」
「そうだと思うわ。縦と横は元の大きさを変える事は出来ないから、きっとすぐに見付けられるわね」
ウィシュヌの声は心なしかほっとしているようだった。魔力関係で自分達に何かが起こるとは思ってなかったんだろうな。
時折ガーゴイル像や動く鎧が徘徊していたが、通路一本分先にウィシュヌが気付いて警告してくれるので、やり過ごしながら城を探索する事数十分。
「あったわ!」
「地下じゃないよな?」
そして地下であっても、どうか深すぎる所ではありませんように。そう祈りつつ、声を上げ、両の目を開いたウィシュヌに確認。
「大丈夫。この階よ。こっち」
今度はウィシュヌが俺の手を引いて先導する。
ややあって辿り着いたそこは、位置は激しく変わっているらしいがやはり図書館の様だった。中にはびっしりと並ぶ本棚と、隙間なく埋められた無数の書籍。
(ここで戦闘は気が引けるな)
しかし多分、なるだろうな。黙って迷宮を解除してくれるとも思えない。
「ここよ」
ウィシュヌが俺達を連れて来たのは、何の変哲もない壁の前。多分隠し扉って事なんだろうが、本当に見分けつかないぞ。
「ウィシュヌの眼に視えない物はないの。現世のあらゆる事は勿論、未来だって。だからお兄様に勝利の助言をしてあげる。この扉を開いたら、まずすぐに目を瞑って。中にいるのはウィシュヌの部下。魔術研究所の所長だわ」
「判った。……ちなみに、その先は?」
「ウィシュヌの未来にウィシュヌは関われない。ウィシュヌの助言で行動を変えたお兄様の未来はまだ見えないわ」
助言を与えた時点でウィシュヌが関わっている事になるから、先は視れない、か。やっぱり未来ってのは人が容易く介入できるものじゃないらしい。安心だけどな、その方が。
「じゃあ、光の遮断は僕がやろう。本当に目を閉じたら危ないからね」
「頼む。――リシュア、ライラ」
「はい」
「……」
リシュアは言葉で、ライラはこくん、と小さく首肯して返事を返し、二人が俺の手の平に自分達の手を添えて――一瞬後、武器と化して手の中に収まった。
「行くぞ! 輝光!」
二人に更に光属性のエレメントで切れ味を上げ、ウィシュヌの示した壁の切れ目になっている部分を切り裂き、支えを失くした扉を開けて中へと入る。
「冥夜の闇帳壁!」
すぐ様ルトラが術を発動させ、目の前に透明度の高い闇青色の幕が掛かる。俺の使う天上の光鏡壁の対の術だな。
透けて見える向こう側で研究員だという男が手の平大の石っぽい何かを投げたのが見えたが、俺達の所までその効果は及ばない。
男自身もバイザー的な物を被って目を保護していたので、視覚に影響はないだろう。むしろあったら笑う。
僅かに優しく漏れ入って来る光が収まった頃を見計らって、俺は冥夜の闇帳壁から飛び出した。
「くそ! 魔帝か!」
一手目を予想済みの対応をされた男は、焦って舌打ちをしつつ指に挟んだ試験管二本の中身をこちらに向けて放つ。中身は液体で、空中で混ざるように同じ位置に投げられている。
「物理壁!」
ちょっとアレンジ版で、液体を包み込む球形で発動。その内側で液体同士が反応して爆発を起こす。
だと思ったとも!
威力は物理壁に軽くひびを入れて熱風をこちらまで届けてきた程。素で放置はできないな。
しかし、どう戦うか。胴周りにジャラリと一周巻き付けられた大量の試験管群が怖い。下手に倒すとこいつ爆発するんじゃないだろうか。
拘束するにしても、両手両足一気にやって、しかも倒れないようにしないと危ない。混ぜるな危険だ。
(リシュアとルトラに囮やってもらって、俺が拘束するか)
しかしどうやってルトラに頼むか――
「お兄様、大丈夫よ!」
使え方に迷った俺の背後から、ウィシュヌの声が届く。俺がやろうとしている事の未来が見えたか。なら多分、ルトラにもウィシュヌが伝えてくれるはず。
「リシュア! 輝闇束鎖を!」
「承知しました!」
剣の形を崩したリシュアに、ターゲットを迷って研究員の視線が俺とリシュアとを行き来する。俺が直前に術の名前を叫んだのもあって、かなりバレバレな形で警戒される――が、一手目は違う所からだ!
「闇束鎖!」
ルトラが狙ったのは腕。勢い良く背後から襲いかかって来た黒銀の鎖を、慌てて避けたその足元に。
「輝闇束鎖!」
リシュアの放った二本目が襲って絡み付く。上半身に注意が行っていた分、対応出来ずに両足を纏められた。
「輝闇束鎖!」
そして俺が拘束しそこなった腕を捕えて棒立ちにさせ。
「闇束鎖!」
最後に床と足と繋げて倒れ込み防止で完了。
「おぉおぉぉお!?」
不自由極まりない恰好にさせられた研究員に近付き、まずは物騒な武装を解除させてもらう。試験管群を取り外し、側の机に置く。
(……やっぱり魔人だ)
元々魔族は魔力を体内に持つ種族だからちょっと判りずらいのだが、やはり少し違うので注意して探れば判る。体内にちゃんと収まっているか、表に溢れ出しているか、という感じで。
「ウィシュヌに逆らうなんて、馬鹿な事したわね。さあ、迷宮化を解除するわよ」
そう研究員を一瞥してから、ウィシュヌは部屋を見回しすぐに目的の物を見つけ出した。
大きさは直径四十センチほど。丸い透明なガラス玉の中に城の模型が入っている、一見すると玩具っぽいそれが『迷宮』らしい。
「皓皇様。――どうされるおつもりですか?」
「どうって。だから迷宮を解除して外に出て、魔人になった人に呼び掛けてみるんだろ?」
「その後です。女帝派と反女帝派に別れ、そこに象徴である女帝が姿を見せれば、最早内乱は免れません。宜しいのですか?」
「っ」
言われてようやく俺はその『先』に起こる事態に気が付いた。そうだ、ウィシュヌの名前で呼び掛けるってのはそういう事だ。
リシュアがさっき言い掛けてたのはこれかっ。
「私には、ル・テウストローゼがそれを目的にしているように思えてならないのです。不和を招く事こそが、魔人の力を強めるのですから」
「それは違うよ、ケルガム」
「!」
多分提案したのがルトラだったから、気遣ってリシュアは俺にだけ聞こえるよう側で耳打ちしていたんだが、どうやらルトラは聞いていたらしい。
怒った様子はなく、ただ柔和な微笑みに凄惨な瞳の色を加えた、俺が最も恐ろしいと感じる表情を作ってルトラは続ける。
「不和を撒くのが確かに魔王の目的かもしれない。でもだからって僕達が最後までそれに乗ってやる事はない」
「刻皇様……」
「魔に侵された奴らなんか、全員殺してやればいい。そうすれば不和が広まる事もない。幸い女帝も乗り気だ。ねえ、ウィシュヌ」
「それは……」
ルトラに水を向けられたウィシュヌは、しかし即答しなかった。躊躇うように視線を逸らす。
「何を躊躇う? 君が自分で言ってただろう。今外で君に逆らおうとしているのは魔に使われている種族だよ。君達が使っている力に使われた、愚かで脆弱な下等種だ。……ああ、こいつもそうだね」
言ってルトラは研究員を縛っていた闇束鎖を解き、バランスを崩した男は床に倒れ込む。その近くまで歩み寄ると、何の躊躇いもなく腹を軽く蹴り飛ばした。
「うっ!」
「や、止めなさい!!」
「どうして止めるんだ? 顔見知りなら魔人であっても『違う』とでも? ウィシュヌ、それでも王を名乗る立場なのか? こいつは魔人だよ。君達が散々に嘲笑して来た、魔人だ」
「うぅ……っ」




