第百三話
「……」
「皓皇様?」
「あ、ああ。悪い。――ちょっと心配になって。特にルトラは今一人だし、強くもないし」
今ルトラに何かあったら、連れてきた俺の責任だろう。本人も同行したがったけど、最終的に連れだしたの俺だし。
ネクスに従がっときゃ良かったって今は思う。俺が違うんだったら、光の宮に安全にいてもらった方が良いに決まってる。
「……そうですね。刻皇様も、エインヘリアルの住人も心配です」
「そうだな」
お互い嫌い合ってるから。そう言えば、そっちも危険な気もする。
そうして二人と共にひたすら上り階段を見付けて上へと上がっていくと、十数階上った所で、違和感に気が付いた。
(魔の気配が濃くなって来てる……?)
上った先の気配が濃い、という訳ではなく、全体的にじわじわと。しかしこの数十分で気配が変わるぐらいの速さでこくなって来てる。
(まさか)
俺自身は体感した事ないし、話で薄らそんな事を言っていた、という程度の現象。でも現象自体には心当たりがある。
「皓皇様、これは」
「ああ。ル・テウストローゼが来てるのかもしれない」
あいつは魔を振りまく力を持っている。エインヘリアルは魔術の都だけあって魔気は濃い。そこに抗えない程強い方向性を注がれたら――
「急ごう!」
「はい!」
警戒しながらと、疲労を抑えるのと、音を立てて見付からないようにするのとで歩いていた俺達は、一気に足を速めて駆け出した。
更に階段を見付け、片っ端から上って行く事十数階。そろそろ本気で走り続けるのがきつい、と断念して少し歩きに切り替えようかと思った所で、照明の明かりではない自然光も混じった空間にやっと出られた。
(一階……っ。着いた……っ)
ぜはー、と肩で息をし、両手を膝に付いて数十秒。休みたいけど休んでる場合じゃない。何も状況変わってないからな。
「お兄様!」
「ハルト!」
「ウィシュヌ、ルトラ、無事か!」
二人一緒に通路の奥から駆けて来て、その姿を同時に確認できてほっとする。
……って、あれ? 一緒?
俺の疑問が顔に出ていたのだろう。ふん、とウィシュヌは居丈高に腕を組み。
「ウィシュヌは本当に本っ当――ッに、嫌だったの! でも刻皇がついてくるのッ!!」
「だって、ハルト達と合流するにはウィシュヌの魔眼を使った方が効率いいし」
自分の感情もウィシュヌの感情も無視して利を取れる辺り、俺は本当にお前は王だと思うんだ……。
「ウィシュヌ、これは一体何なんだ」
「誰かが勝手に『迷宮』の術式を発動させたの。迷宮はこのお城を作り変えて、万一侵入されたりした時に敵を迎撃するものなんだけど、今は逆にウィシュヌ達が閉じ込められてるわ」
術の用途の想像は完璧だった。さすがリシュア。
「外はどうなってるんだ?」
言いながら窓の外を見てみるが――何だあれ。
庭の敷地の先は、巨大な壁で仕切られていて全く城下が見えない。顔を上げてもどこまで伸びているのか判らない程に高くそびえ立っている。
「包囲されてるらしいよ。魔人だ」
「やっぱりそうか」
見えないのに判るのは、これもウィシュヌの魔眼だろう。
ついでに上がって来る時に感じた感覚と大差ない状況だったから、そうだろうと俺も頷いた。
「有り得ないわ……。ウィシュヌ達魔族が、魔に侵されるなんて有り得ない……」
理解はして、現実を認めてもショックな事実に変わりはないのか、頭を押さえつつウィシュヌはぶつぶつ呟いている。
「今、ちょっと特殊な魔王がいるんだ。そいつは他人に魔を植えつけられる。しかも欲望の方向性を指定して」
「ウィシュヌ達より魔力の扱いに長けているというの!?」
「まあ、そういう事だろうね」
何の気遣いもなくルトラが断言。ウィシュヌは悔しそうにきゅ、と唇を噛み締めて、しかし反論はしなかった。
「いいわ、認めましょう。ウィシュヌに逆らったお馬鹿さんが沢山よりは、そっちの方がまだマシ」
「魔人達の目的はなんでしょう?」
「町の制圧じゃないか? 正直、城だけ残っても何も出来ないだろう」
うん、まあそうだな。多分。
――……で、問題なのは町を制圧した魔人の次の目的が何なのか、だが。
「ハルトも一緒くたに閉じ込めたって事は、皓の森かもね」
「やっぱりか! でも何でだ。あそこはエレメント領域だぞ? 魔族には用ないだろ」
ジ・ヴラデス効果は期待しない。元々魔人を軽視している魔族達だから、遠慮する事をするとは思えない。というか、自分達が魔人を恐れてるとか認めない気がする。
「あらお兄様、そんな事ないわ。魔術の媒体の産地としてもエレメントの宮は豊かだもの。それに魔とエレメントは常に揺らぎ、移り変わる物。精霊王の宮を魔気化するなんて、あぁ……っ。考えただけでワクワクしちゃう!」
そういう興味の引き方もあるのか。迷惑だけどな!
「どうする? ハルト」
ルトラに問われて少し悩む。今出来る事はどれだけあるか……。
「ウィシュヌ、迷宮の操作はどうやってやるんだ?」
「操作するための魔具があるの。元は図書館の一角に置いてあったんだけど、もうどこだか判らないわ」
「魔眼で探せないのか? 国内の事なら何でも判る、みたいな事言ってただろ」
ルトラがだけど。
「国内なら視えるというだけ。対象をパッと見付けられる訳じゃないわ」
「そうか。――でも操作できる所は城内にあるんだな?」
「それは絶対よ」
城内に侵入された時のための防衛策なんだから、そりゃ城の中にあるだろうとは思ってた。でもウィシュヌに確認取れたからこれで絶対だ。
「まずは城の迷宮化を解除しよう。それから――……」
それから、どうする?
ル・テウストローゼが魔気を植えつけるのは一瞬だが、俺達が魔を払う画期的な方法はない。女神のエレメントを使うにしたって、戻ってこれるかどうかは結局その人の心次第。
「魔気に侵されたといっても、全員が全員反ウィシュヌ派になった訳じゃないはずだ。迷宮を解除して、ウィシュヌの名前で呼びかけてみよう。ね?」
「あ、ああ。そうだな」
言葉に詰まった俺にルトラからそう提案がなされ、特に異論もなかったから頷いた。
駄目だ。やっぱりなんか、頭が動かない。
「……」
「リシュア? どうした?」
何か言いたげに一瞬口を開きかけたリシュアにもそう聞いてみるが、すぐに彼女は首を横に振ってしまった。
「いえ、何でもありません。――では、捜索はやはり、このまま固まってした方が宜しいかと思うのですが」
「そうするつもりだ」
何しろルトラとライラは個々だと戦力外。俺だって力を完璧に振るえる訳じゃない。戦力の分散は避けるべきだろう。
「ウィシュヌ、悪いが歩きながらでも視る事は出来るか?」
「大丈夫よ、お兄様。でも注意が疎かになって転ぶかもしれないから手を繋ぎたいわ」
「皓皇様は我等の中で最たる力をお持ちだ。武器を持つその御手を封じようとは、浅はかにも程がある」
ウィシュヌの甘えたが復活したお願いに、軽く了承しかけた俺を遮って、腕を組みウィシュヌを見下ろしつつのリシュアが強い口調で拒絶した。
……言われてみれば、そりゃそうだ。
「悪いけど、ウィシュヌ――」
「嫌! 嫌よ。いやいやいやッ。ウィシュヌはお兄様と手を繋ぐのーっ!!」
「はいはい。じゃあ僕が繋いであげるから」
言ってルトラはひょい、と無防備だったウィシュヌの手を掴む。しかもさり気なく指を絡めた恋人繋ぎ。
瞬間。
「ひ――ッ!!」
ぶつぶつぶつっ、とウィシュヌの露出した肌に鳥肌が凄い勢いで立った。本当に嫌いなんだな……。
「いぃやぁ――っ!!」
「大丈夫だよ。そのうちその気持ちの悪さが気持ち良くなるから。ああ、でもウィシュヌは痛い方が好きなのかな?」
ルトラ……っ。
俺は今こそ、ウィシュヌがお前を嫌った理由が判ったぞ!
楽しそうに笑う表情は優しげだけど、瞳の笑い方は酷薄だ。俺が見て判るぐらいに露骨だッ。お前、精霊じゃなかったら絶対魔人になってるだろ!
「痛いのいやーっ!!」
「大丈夫、ウィシュヌは適性あるよ。保証する」
「待て待て待て!」
流石に黙っていられなくて、ルトラとウィシュヌの手を引き離した。あぁ、ウィシュヌ本気で泣いてるし。
「お兄様あぁ――っ」
ルトラから解放されると同時に、ウィシュヌは俺に飛びついてきたが、これは受け止める事にした。可哀相だったので。
「ルトラ、俺、お前性格直した方がいいと思うぞ!」
「人は選ぶよ、僕は。好きじゃない子にはしない。ウィシュヌは絶対『好き』だよ」
「わざわざ目覚めさせなくていいから!!」
「ううぅぅううっ!」
怯えてウィシュヌは俺にしがみ付いたままルトラの視線から逃げるように反対に回った。守ってやらなきゃならない気分になった。
でも一つ言わせてくれ。
「ウィシュヌ。自分が嫌な事クートにするなよ」
「ウィシュヌはするのは好き!」
こっちも駄目だッ!!
「ウィシュヌはお兄様じゃなきゃ嫌!」
「俺もそれが一番平和な気がして来たよ」
頷き、ウィシュヌと手を繋ぐ。もういい。これで。




