第九十九話
急な不躾な来訪にも、快く城門を開いて魔帝は俺達を招いてくれた。
いや、本当はエインヘリアルに行くってなった時に使者を送ろうと思ったんだが、リシュアからそれは余計に怒りを招くとの忠告があったので、止めておいた。
(まあ、俺が『兄』だってなら、今から行く、なんて使者を立てるのも不自然な感はあるけどな)
そこまで徹底的なロールプレイをする子に、俺記憶ないんで以前の事色々忘れているからは通じるのだろうか。
若干不安が再び首をもたげつつ、城内を進む。ちなみに案内役は誰もいない。
『兄』だからな。城の皆まで、徹底したロールプレイに参加だ。
それだけ魔帝が王としてちゃんと国を取りまとめてるって証でもあるんだろうが、外から入って来ると、やはり怖い感覚だぞ。
――と、その時。ぱたぱたっ、と小さく軽い足音が通路の向こうから掛けてきた。
現れたのはふんわりとした淡い桃色の髪をツインテールにした、ワインレッドの瞳の十三、四程の少女だった。中分けにした前髪に隠される事の無くなった額には、バッチリ第三の眼が開いている。
ただし額の方の眼は色味が違って、紫色。やはり両の眼の機能とは別物なんだな。
「お兄様!」
可愛らしい美少女顔に満面の笑みを浮かべて、少女はそのまま俺に突進して来る。ここは受け止めておくべきだろう。
ぽすっ、と俺の胸に飛び込んで来て、頬ずりをする。どうやら確かに、好かれてはいるらしい。
「ただいま、ウィシュヌ」
「お帰りなさい、お兄様。でもでも、遅過ぎるわ。ウィシュヌはずっと待ってたのよ」
きらきらと曇りのない瞳で俺を見詰めつつ、しかし第三の眼がぬらりと不穏に輝くのを見てしまった俺は、咄嗟にウィシュヌの顔を胸に押し付けた。
「悪かったな。色々あって、戻ってくるのが遅れたんだ」
「ふ……っ。ふふ……っ。お兄様、流石ね。言ってる事もやってる事も優しいけど、妥協はないわ……っ」
勿論だとも。
俺の腕の中から抜け出し、顔を出したウィシュヌは首を傾けリシュア達へと目を向ける。第三の眼を確認すると、今は何ともなってない。大丈夫だ。
「リシュア、貴女はもう下がりなさい。ライラも一緒に持って行って、ウィシュヌの部屋に待機している事。すぐにお兄様と一緒に戻るから、お茶の用意を忘れないで。――後、誰か! 目の前のこの不快な物体を片付けて!」
俺の抱き締める手はそのまま、リシュアとライラに事前に聞いていた通りの態度で指示を飛ばし、ルトラに対しては半ば吠える様な口調でそう言った。
「かしこまりました。ウィシュヌ様」
俺がウィシュヌのルールに従うのを見て、宣言通り、リシュアは俺に倣ってメイドさんの役割に徹するつもりらしく、一礼して彼女に答える。
「待ってくれ、ウィシュヌ、ルトラは――」
「やだ、お兄様。あれは死体よ? 誰であっても、死体は死体。ね?」
話すら聞く気がないらしい。何としても譲らない気だな。
ならこっちも説得は諦めよう。
ウィシュヌの向けてきたちょっと毒のある笑顔に俺も笑顔を返す。含んでいる物が判ったのか、ウィシュヌはちょっと構える様な顔をした。
「実は俺、旅先で変わった趣味に目覚めたんだよ。死体蒐集」
「……は?」
口にした言葉はまだウィシュヌのルールにのっとったもので、それが意外だったのと、言われた言葉の内容への理解が遅れて、ウィシュヌは唖然とした表情をする。反応しきれてない。行ける。
「ちょっと変わった趣味だけど、勿論ウィシュヌなら理解してくれるだろう? 俺の妹なんだから」
「え、ちょ、お兄様、待っ……」
「こいつは俺が持ってくから。ああ、喋るし動くけど気にしないでくれ。『その辺で転がって動かない死体』ではつまらなかったから、動くようにしてみただけだから」
「そ、そんなの――ッ!」
認めない、と言おうとしたウィシュヌの頭の上に手を置き、なでなでする。
「ふ、う、にゃーぁ……」
猫っぽい甘えた声を上げるウィシュヌは気持ちよさ気に満喫している。自分も設定に忠実なのはいい子というか何と言うか。
「ウィシュヌなら勿論、判ってくれるだろう?」
「う……っ。うううううっ!!」
俺は確実にウィシュヌに甘い設定だが、これまでのウィシュヌの態度からして、向こうも俺に甘いっぽい。
『可愛い』妹へ理解を求める『仲のいい兄』の言葉に、ウィシュヌは葛藤の呻き声を上げて。
「く……っ。わ、判ったわ。お兄様。ウィシュヌの負けよ……」
「ありがとう、ウィシュヌ」
「ふにぁっ。な、撫でるの禁止ぃー!!」
ばっ、と俺の手を振り払い、ウィシュヌはちょっと慌てた様子で距離を取った。……演技じゃなかったのか、その猫の鳴き声。
「でも! ウィシュヌの視界に入れたら駄目! いいわね!」
「あ、それは嬉しいね」
「でっ、でも、目の届かない所に行くのも禁止ぃーっ!!」
どうしろと。
「……嫌だな、ウィシュヌ」
「っ」
くっ、と喉で笑って、冷ややかにウィシュヌを見下ろしつつ、一歩、ルトラはウィシュヌへと近づいた。途端息を飲んで後ずさったのは、ウィシュヌの方。
「君のこの瞳に、この国の中で映らない事なんてないんだろうに」
言って顔を近付け――見下す瞳のまま、ルトラはウィシュヌの第三の眼に口付けた。
「いやッ!!」
悲鳴染みた甲高い声を上げ、ウィシュヌはルトラを付き飛ばす。
「ルトラ、やり過ぎだ。いくら面白くないからって」
「その可愛げのない眼球を抉り出さなかっただけ、優しいだろう?」
「ルトラ!」
「冗談だよ」
絶対に冗談なんかじゃないくせに、俺に対してはふわりと優しく微笑して、そんな事を言って来る。
「じゃあ、僕はこれで。取り敢えず君の視界から消えて上げるよ。――ハルト、後でね」
「……あぁ」
「――待ちなさい、刻皇!」
俺の身体の影に半分隠れるようにしながらウィシュヌはルトラに呼び掛けた。
(……震えてる……)
縋るように掴んだ服の裾を握る手が、震えている。
これは多分、演技じゃない。ウィシュヌはルトラが怖いんだ。
「ウィシュヌはやっぱり、あなたが大嫌い」
「ありがとう。魔に依る種族なんかに好かれたら、怖気がするよ」
「ウィシュヌが予言をしてあげるわ。お前は死ぬ。折角再生したばかりなのに、残念ね」
「ウィシュヌ!」
声を荒げて名前を呼ぶと、ウィシュヌはびくりと身を竦ませた。唇に何とか浮かべていた引きつったような笑みも消し、全身を戦慄かせる。
「取り消せ!」
「嫌よ!」
「ウィシュ……」
「死ね、ばーかっ!!」
子供そのままの文句を叫ぶと、ウィシュヌは止めようとした俺も付き飛ばして駆け去っていく。
「っ、あぁ、ったく!」
「いいよ、ハルト」
「……ルトラ」
「子供の癇癪に付き合う程、僕も子供じゃない。それよりハルトは早く彼女の機嫌をとって来てあげなよ」
呪いの言霊を吐かれたルトラは、一見平然としている。
でもこれ、平然として見せてるだけだろう。それも多分、傷付いたり落ち込んだりとかじゃなくて――純粋に、怒ってる。
「あの言葉は謝らせるし、撤回させる! けど、ルトラ。そうしたらお前も素直にウィシュヌの言葉を受け入れてやってくれ」
「……ハルト……」
言った俺に、ルトラは少し困ったような顔をする。こっちは多分、素だ。
「……どうして君は判るのかな」
「自分で判ってないなら教えてやるけど、お前結構判りやすいぞ。じゃあ、俺はウィシュヌを追うから、お前も冷静んなっとけよ!」
「判ったよ」
その軽い承諾は、本気じゃないだろ。
突っ込んでやりたいが、今はウィシュヌだ。次会わせる前までにはルトラにも頷かせないとだけど、今追わなきゃならないのはウィシュヌだ。
ウィシュヌの駆け去った方へと走っていくと、角を一つ曲がった所でウィシュヌは立ち止っていた。
部屋まで駆け去ると思っていたから、不意打ちだった。
「ウィシュヌ!」
「ウィシュヌは撤回しないし、謝らないわ」
聞いてたのか。
イヤ、聞いてたどころか、視てもいたのかもな。何たって国中の事が全部見れるみたいな事言ってたし。
「……だけど、やっぱりウィシュヌは、お兄様が大好きだわ」
「それは光栄だ」




