第九十七話
ネクスから風の擬似精霊が送られてきたのは、ルトラ達と共に光の宮に戻って来て、ぴったり一週間後だった。
「様子はどうだ?」
『駄目だ。全然埒があかねェ。まだしばらく動けそうにねえな。そっちは何もねえか』
「こっちは大丈夫だ。それより、お前が大丈夫なのか?」
埒があかないとか言ってるんだから、むしろ心配されるのは風の宮の方だろう。
『大した事ァねえんだよ。ただ、囲まれてて身動きとれねえんだ』
「囲まれて? 囲まれてるだけなのか?」
『あァ。ちょいちょい仕掛けてはくっけど、すぐに引いてく。そのくせ近くからは離れねェ。全く、煩せえったらねェ』
それは完璧に、ただの足止めだな。
しかし、どうなんだろう。食料始め日々生きるのに必要な物資がエレメントだけな俺達精霊に、日干しは効かない。程度によるが、むしろ囲んでる魔人達の方が辛いんじゃないか?
「まだしばらく動けないのは確かなんだな?」
『あァ。そーゆー訳だ。相手が俺を足止めしてェなら、立ち止まっててやるのも癪だ。ハルト、お前先にレーゲンガルドを見て来い。ただし、無理はするな』
「判った。そうする」
レーゲンガルドの正確な状態は判らないが、だからこそ余計、見に行くべきだろう。
「僕も行くよ。いいだろう?」
今まで黙って俺とネクスのやり取りを聞いていたルトラが、不意にそう言って手を上げた。
『お前も?』
ネクスの声には明らかに歓迎しない物が含まっていた。それはそうだろう。
レーゲンガルドは魔の勢力の方が強いというのだから、再生したばかりでエレメントも乏しいルトラが、そんな戦場へ向かうのを、ネクスが良しとする訳がない。
「その言い方は酷いな。確かにまだ力は心許ないけど、正面切ってやり合うだけが戦いじゃないし、手助けぐらいは出来るよ」
闇のエレメントと光のエレメントは似てる。俺同様、ルトラも使う魔術の幅は広いはずだ。そういう意味では、ルトラは間違っていない。
『そりゃそうかも知れねェが……』
しかし絶対的に力が足りないってのは変わらないんだよな、器用でも。だからネクスも渋っている。
「私も一緒に――と言いたい所だけど、ルトラが行くならむしろここに残って連絡係をしようかしら」
「あ、それは助かる」
ユーリィ本来の領界であるミットフェリンでもいいんだが、ほら、あっちはディードリオンが行きずらいから。そこに行けば必ず連絡が取れる、という人が一人いた方が絶対に良いし、伝令役にも擬似精霊を使える精霊王が良いに決まってる。
(となると、やっぱりルトラには俺と行動してもらうか)
光の宮やユーリィの側に置いておくの、不安だからな。
『ユーリィはまァ、それで良いだろうが。ルトラ、お前も残っちゃどーだ?』
「悪い、ネクス。俺はルトラに来て欲しい」
『あァ? 何で。テメェにだって足手まといだろ』
「……いや、いざという時のためにクリスタルを……」
これは結構有効な言い訳だと思う。ル・テウストローゼとの時に思ったが、やっぱりクリスタルの力は強大だ。あるとないとでは安心感がまるで違う。
当然なんだけどな、世界の力そのものなんだし。
『あァ、そうか……』
答えたネクスの声は納得したものだったが、迷ってもいた。
『そうだな。本当ならお前も動かしたくはねえんだよな……』
ネクスの危惧は俺の記憶の事だろう。倒れてもいる以上、何でもない、心配するな、とは俺も言いきれない。
しかし同じぐらい境皇の事も心配なんだろう。だから迷ってる。
「大丈夫だ。俺も考えないようにするし」
「何かあってもハルトを引き摺って逃げるぐらいはしてみせるよ、今の僕でも」
『――……。そうだな、判った。動けてる以上、アズよりゃお前等のがマシだ。それで何もせずに放っておけっつーのもどうかと思うしな』
「状況見て、無理そうなら戻るし、大丈夫だ」
『そうしろ。……気ィ付けろよ』
「ああ、勿論」
結論が出て、風の擬似精霊はその場で姿を消した。ネクスにしては少し慌ただしい。本当に今あんまり力使いたくないんだな。
「ユーリィ、風の宮の方もちょいちょい様子見ててくれ。人の手助けする割に、助けはあんまり求めないから、ネクス」
「ふふ。意地っ張りさんだものね」
「そして格好つけだね」
本人がいない所で、結構言いたい放題だ。でもユーリィの言葉もルトラの言葉も否定できない。互いを見やって俺達はちょっと笑った。
「土の宮に行くのはいいとして、どこを通って行こうか」
「どこって……。ミットフェリンから中央海域渡るのがベターじゃないか?」
中央海域ならセイレーン達がいるから、海を渡るまでは安全だろうし。
「それでもいいけど、レーゲンガルド南部を支配してるリザート達は魔物と化してるよ? あまり刺激して突き進むのは勧めないけど……」
「う……。そうなのか?」
「そうねえ。ハリバ砂漠をリザード達を引きつれて越すのは難しいと思うわ」
ユーリィからも否定的な意見が。すみません、地理と種族に疎くって。
「じゃあ、どうするべきだ?」
「アイルシェルの北から、エインヘリアルを通って行くべきだろうね」
「それが良いと思うわ。ドワーフ達の様子も気になるし」
(エインヘリアル……)
それは確か、アイルシェルの北西部からレーゲンガルドの東部を支配する、魔族達の王国の名前だ。
この『魔族』という種族、似てるが魔人とは別物だ。
魔人というのは魔に憑かれた者の総称で、魔族は生まれた時から魔を扱うのに長けているというだけの亜人種達。見た目がとにかく千差万別で、意志疎通が出来てある程度魔力を扱う適性があって、自分が魔族だと言い張れば魔族らしい。
その魔族の中で、見た目や特性だけで更に小分けするともうキリがないぐらいにいるらしい。
ただし魔人は含まれない。魔人は魔に使われているのであって、魔力を使っている訳ではない――というのが彼等の言い分で、自分達が使っている力に使われている、という見方なので、例外なく魔人を見下すそうな。
「確かに、いずれは会いに行きたいとは思ってたんだよな」
「まだ行ってなかったんだ?」
「ああ。再生してからこっち、色々あって」
驚いたように言ったルトラが、俺の答えを聞いてちょっと嬉しそうに笑った。逆にユーリィは表情を少しだけ曇らせて頬に手を当て、『あらあら』とか呟いた。
何だその反応。スゲー不安になるんだけど!
「や……、やっぱりマズかった、か?」
隣人を放っときっ放しはマズかったのか。いや、でも向こうからだって何の音沙汰もないし、お互い様だ!
しかし別に好き好んで関係悪化させたい訳じゃないから、相手の機嫌は取っておくべきだ。菓子折りか? 菓子折が必要な感じなのか?
「いや、僕は全然構わないよ。むしろ推奨するよ。大体、前のハルトの対応が甘すぎなんだ。魔力なんて力に依る種族なんか、一匹残らず滅ぼしてしまえばいいんだよ」
「あらあら。種族が違うだけで好悪をつけるのは良くないわ」
「だって嫌いだもの。仕方ないだろう?」
子供の様な言い様だが、ルトラはこれを完璧に友好的な笑顔を維持したまま言ってのけた。
怖え。やっぱ怖えーしこいつっ。クラスメイトなら絶対避けてるわ。
しかしこの言われよう……魔族というのは気難しい種族なのだろうか。
(ちょっと、会いたくねーかも……)
勿論、そんな訳にはいかないの判ってるけどな。ははははは。
……はぁ。




