第九十六話
向い合せに扉は三つずつ。俺の部屋が階段登ってすぐ手前の左側だから、ルトラは多分右の最奥だ。
扉の前に立ちノックをすると、すぐに中から返事が返ってきた。
「はい?」
「俺だけど、カーテン持って来たぞ」
「あ、ありがと、ハルト」
扉を開き、ふわりと微笑んで迎え入れてくれた。男に言うのはアレだけど、やっぱり可愛い系だ、こいつ。
「……前はカーテン置いてなかったっけか?」
「うん。気分で掛けたり掛けなかったりしてたからね。知らなかっただろう」
「知らなかったな」
憶えてないだけも知れないけど、ちょっと得意気だったので、ここは知らない事にしておくべきだろう。
「光の宮は綺麗で好きだけど、眩しいのが少しね」
「まあ、闇の宮に比べりゃな。でも闇の宮だって綺麗だろ」
「どうかな? 僕はあんまり好きじゃない」
え。
思わず声に出しそうになるのを、何とか堪えた。好きじゃないって言ったか、今。自分の宮を。
「闇は心を暴いてしまう。怖れや嫉妬や、憎しみまでもね。闇が見せるのは美しくないものばかりだよ」
言ってルトラは微笑んだが、今度は少し悲しげだった。
「そんな事ないだろ。昼があって夜があるから人はマトモでいられるんだ。確かに闇は怖いし、乗じて悪さをするのも夜が多いっちゃそうだが、やる奴は別に昼でもやるし。それに、見えないから判るものは悪い事ばっかりじゃないだろう」
「そうだね。夜に映った物が……本当に優しければ、ね」
「んなもん昼でも一緒だ」
昼でも夜でも、光でも闇でも、その人が変わる訳じゃない。
「同じ、か。ハルトはそう思うのか?」
「ああ」
「……あのさ。ハルト、ちゃんと僕の事覚えてる?」
「いや、悪い。再生した時から前の記憶なくて。判るのか?」
確認する様に聞いてきたルトラの言葉に、正直俺は驚いた。ネクスにしてもユーリィにしても、記憶がないなんて完全に齟齬が出るまで指摘して来なかったのに。
「うーん。何となくかな」
「何となくか。……何となく判るぐらい、仲良かったのか?」
「はは。おかしなことを言うね」
俺としては第一印象的にあんまり合わなさそうだな、って思ったから聞いてみたんだが、余程ルトラにとっては面白かったらしい。屈託なくしばらく笑ってから。
「僕は君の事好きだよ、ハルト。世界で六人だけの同族じゃないか」
「いや、そこは眷族の精霊も入れてやろうぜ」
「彼等は眷族であって同族じゃない。女神から直接名を与えられた第一位の眷族は僕達だけだ」
「……」
俺は実感ないからかもしれないけど、あんまり気にならないんだが。そういやリシュア達も似たような事言ってたな、とかルトラを見てたらなんか思い出した。
「あ、誤解しないでくれよ? 僕だって自分の眷族は可愛いと思ってるよ。ただ彼等は僕の眷族であって、正しく女神の眷族な訳じゃない。同じなのが僕達だけって意味だよ」
「まあ、それはそうだな」
それにそれ程の違いがあるとは、俺は思わないけど。
「うん」
しかし俺が肯定した事でほっとしたのか、ルトラも微笑んで頷いた。
「でも、そうか。記憶がないのか……。不便じゃない? 大丈夫?」
「始めの頃は若干不便だったけどな。今は大体大丈夫だ」
(大丈夫じゃない事と言えば……)
俺が殺して、何かを奪ってしまった相手の事。
もし本当に、俺が簒奪者なら――
(あいつが、『皓皇』なのかな)
ル・テウストローゼと名乗る、あの魔王が。
ローブを被って頑なに姿を見せないのも、かつての相棒であるリシュア達に見られたくないからなのかもな。変わってしまっても同じであっても、見せたくないのかな、と思った。
もし姿が同じなら尚更、自らの咎でなく、奪われたせいで王でなくなって、信頼していた従具精霊から敵意を向けられたら……やっぱり、堪えるだろう。
それにもう一つ、アイルシェルとミットフェリンに会った、あの神殿。結局俺は何を隠したんだ?
(俺が何かを奪ったらしいものと関係あるのは確かなんだろうが……)
「ハルトが気にしてないなら良いよ。良かった」
「まあな。気に病んではない。けど思い出そうとは思ってる」
「そりゃあね。記憶がないなんて不安だろう」
当然、というようにルトラは頷く。それから不思議そうに首を傾げて。
「でも、何で記憶がないんだろうね」
「女神の手違いって線もあるな」
「それは不敬だなぁ」
俺の発言を本気にしていない感じでくすくすとルトラは笑う。いや、結構本気で考えてる説の一つなんだけどな、それ。
「じゃ、そろそろ行くわ。ゆっくり休んでくれ」
「うん。ありがとう」
俺がそうルトラの部屋を後にしようとした時、ばたばたと慌ただしい足音が駆け上がってくるのが聞こえた。何だ?
「――あっ。皓皇様っ!」
部屋から顔を出して廊下を覗いた俺と、廊下を走って来たリシュアと目が合った。何かあったのは確実だ。
「どうした?」
「刻皇様にも申し上げます。御身の眷族が、たった今消失いたしました」
「っ!」
もたらされた報告に、俺とルトラは揃って目を見開く。
(しまった……っ)
最後に残った一人だったから、ルトラには勘付かれないよう、話を聞くつもりだったんだ。向こうも何か伝えたい事がありそうだったし。
それがいきなり、消失か……っ!
「寿命……か?」
「おそらく、そうだと思われます……」
誰も手を下していないなら、寿命と考えるのが一番自然だ。
ルトラがとんな反応をするか、そろり、と振り返ってみれば、流石にもう驚愕は去っていて、静かに目を伏せていた。
「そう」
「ルトラ……」
言葉は短かったが、そこには確かに哀悼の色があった。
「残念だけど、今の僕の眷族は弱い子しか生まれないから、仕方ないね……」
「……」
「気にしてくれるの?」
無言で後悔する俺の様子をどう思ったのか、ルトラからそんな言葉を掛けられて罪悪感を覚える。俺は今、ルトラを気遣った訳じゃない。それどころか真逆の事しか考えてなかった。
「ありがとう」
「いや……」
微笑んで向けられたルトラの礼に、俺は僅かに視線を逸らして逃げた。感謝の言葉とかもらうのが、凄く申し訳ない。
(俺はお前を疑ってるんだ)
俺がルトラを疑っている事を知っているリシュアも、複雑そうな表情で俺を見ているのと、目があった。
ルトラの態度は完璧だ。言動だけなら、疑う余地はどこにもない。
それに――その方が良いに決まってるんだ。
どうか今のルトラの仲間を悼む表情が、真実であるように……ッ。




