第8話 神槍たるは
「 ……がはっ! 」
高衛の体は、何度目かも分からない土煙を上げて地面に叩きつけられた。
肺から空気が押し出され、視界がチカチカと明滅する。
( ……見えない。何なんだ、今の……? )
趙雲が繰り出す木槍は、速いという次元を超えていた。
突こうと思えば、そこにはもう槍先はなく、防ごうと思えば、意識の外側から衝撃がやってくる。
まるで生き物のようにしなる木槍の穂先が、高衛の喉元、脇腹、肩を正確に、かつ容赦なく叩いていた。
「 叔誠! また腰が浮いているぞ! 」
横で見ている劉封の叱咤が飛ぶが、高衛には返事をする余裕すらない。
「 高殿、立ちなさい。槍は、突く瞬間までその意図を敵に見せてはなりません 」
趙雲の声は、荒い息一つ乱れていない。
その佇まいは、先程から一歩も動いていないようにさえ見える。
高衛は泥を吐き出し、折れそうな腕で木槍を杖にして立ち上がった。
全身が悲鳴を上げている。
打撲の痕が熱を持ち、現代人の精神なら「 もう無理だ 」とログアウトしているレベルだ。
( ……これが、本物の『 個 』の武勇。これが、物語で謳われた神槍か )
前世でゲームのパラメータを見ていた時は、「 武力96 」といった数字でしか理解していなかった。
だが、今、目の前にあるのは数字ではない。
数多の死線を潜り抜け、研ぎ澄まされ続けた結果、極限まで無駄を削ぎ落とした「 機能美 」そのものだった。
「 ……もう、一度……お願いします 」
「 良い目だ。その痛みが、あなたの慢心を削ぎ落とす 」
趙雲がわずかに槍を引く。
その一瞬の静寂が、高衛には嵐の前の静けさに感じられた。
高衛は、あえて現代的な思考――「 次に来る確率が高い攻撃パターン 」を捨てた。
そんな予測、この男の前ではノイズに過ぎない。
( ……来る! )
風が鳴った。
高衛は理論ではなく、趙雲の足の指先がわずかに土を掴んだ「 予兆 」だけに反応し、半身を引いた。
カッ、と乾いた音がして、木槍が顔の横を通り過ぎる。
「 ……避けた!? 」
劉封が驚きの声を上げる。
だが、回避できたのはそこまでだった。
趙雲は突き出した槍を引く動作そのままに、石突で高衛の鳩尾を軽く突いた。
「 ぐふっ…… 」
再び、地面に沈む。
だが、趙雲はその場に跪いた高衛に、初めて穏やかな笑みを向けた。
「 今の反応、悪くありません。理屈を捨て、ただ『 今 』に集中した。……その感覚を忘れぬことです 」
「 ……はぁ、はぁ……。神槍……恐れ入り、ました…… 」
高衛は仰向けにひっくり返り、新野の空を仰いだ。
全身ボコボコで、もはや指一本動かしたくない。
だが、心の奥底にある「 佐藤健司 」としての冷めた意識が、少しずつ熱を帯びていくのを感じていた。
歴史を変える。劉封を救う。
そのためには、知識という「 ソフト 」だけでは足りない。
この時代の痛みを知る「 ハード 」……この肉体を、死なない程度に鍛え上げるしかないのだ。
「 叔誠、大丈夫か? さあ、肩を貸せ。今日はここまでにしよう 」
駆け寄ってきた劉封の腕の温かさが、痛む体に染みた。
「 若殿……私は、強くなります。貴方を、守るために 」
「 ああ、分かっている。お前は俺の自慢の側近だからな 」
ボロボロの主従は、夕暮れに染まる練武場を、支え合いながら歩き出した。
その背後で、趙雲が静かに槍を収め、彼らの行く末を占うように目を細めていた。




