第4話 双刃の絆
新野に滞在して数日。
劉備は寇封の快活さと、戦場での物怖じしない振る舞いをひどく気に入り、ついにその「 決断 」を口にした。
「 寇封よ。私はお前を、実の子のように思っている。……どうだ、私の養子にならぬか 」
劉備の言葉が広間に響いた瞬間、周囲の空気がわずかに凍りついた。
寇封は驚きに目を見開き、そして震える声で答えた。
「 ……身に余る光栄にございます。この寇封、粉骨砕身してお仕えいたします 」
「 よし。ならばこれからは『 劉封 』と名乗るがよい 」
主君の顔が歓喜に上気する。
だが、その背後に控える俺――高衛は、冷や汗が背中を伝うのを感じていた。
劉備のすぐ傍ら。
重厚な青龍偃月刀を傍らに置いた関羽が、その長い髭をゆっくりと撫で、冷徹な声を放った。
「 ……兄者。お言葉ながら、再考されるべきかと 」
「 雲長、何か異存があるか? 」
劉備が穏やかに問い返す。
関羽の鋭い眼光が、劉封を、そしてその後ろにいる俺を射抜いた。
「 兄者にはまだ実子がおりませぬ。今のうちに養子を立てれば、後に実子が生まれた際、必ずや家督の乱れが生じましょう。他人の子を我が子とするのは、災いの種を植えるようなもの 」
劉封の肩が、びくりと跳ねた。
憧れの英雄から投げつけられた、あまりに剥き出しの「 拒絶 」だ。
( ……これが、関羽雲長か )
俺は俯いたまま、奥歯を噛み締めた。
関羽の言い分は、この時代の常識としては正論だ。
だが、十代半ばの少年に向けて言うには、あまりに情がない。
ここで劉封が言い返せば、傲慢のレッテルを貼られ、黙り込めば器量なしと見なされる。
俺は劉封の背中に、そっと指先を触れた。
「 落ち着け、感情を出すな 」という、幼馴染だけの合図だ。
「 ……雲長。お前の危惧は分かっている。だが、私はこの若者の器を信じているのだ 」
劉備がとりなすように笑い、劉封を近くに呼び寄せた。
儀式はそのまま進み、寇封は「 劉封 」となった。
劉備軍の将軍たちは祝いの言葉を述べたが、関羽だけは最後まで不機嫌そうに目を閉じ、張飛は
「 まあ、兄者が決めたことならいいじゃねえか 」
と酒を煽っていた。
その夜。
与えられた宿舎の軒先で、劉封は暗い顔をして夜空を見上げていた。
「 叔誠。……関羽殿は、俺のことが嫌いなのだろうか 」
「 嫌っているわけではありません、若殿。あの方は、劉備様という『 公 』の立場を何より重んじておられる。それゆえ、血筋の混濁を恐れておられるだけです 」
俺は、現代人としてのドライな視点を混ぜつつ、主君の心を慰める。
「 ……実の子ではない、か。俺はただ、父上――劉備様のお役に立ちたいだけなのだがな 」
「 ならば、実子以上に動くしかありません。言葉ではなく、武功で、そして誰よりも謙虚な振る舞いで、関羽殿に『 劉封を置いて他にない 』と言わせるのです 」
( もっとも、史実ではその武功が仇となって、諸葛亮に「 強すぎて制御不能 」と判断されるわけだが…… )
俺は心の内の懸念を飲み込んだ。
今はまだ、主君が折れないように支えるのが先決だ。
「 明日からは劉備様の息子としての調練が始まります。高衛も、影として付き従います 」
「 ああ……。お前がいてくれて助かるよ、叔誠。お前だけは、俺の本当の心を知っていてくれる気がする 」
劉封はそう言って、少しだけ笑った。
俺はその笑顔を眩しく、そして少しだけ苦しく見つめた。
( 関羽殿の摩擦を取り除けるのは、まだずっと先……北伐の入り口、樊城の戦いまで待たなきゃならない。それまで、この主君の心を腐らせずに持たせられるか。俺の腕の見せ所だな )
俺は深く一礼し、静かに主君の傍らを辞した。




