50.催眠術
マッテアとシエルはオフィーリアからの手紙を受け取った。手紙には、魔族王国で開催される武術大会への招待状が綴られており、もちろんハイディも招待を受けていた。
元々この話を持ち出したのはマーガレット。彼女はオフィーリアに、自分が魔族王国の武術大会に出場したいと告げた。
マーガレットはオフィーリアの専属護衛であるため、主人の元を離れるわけにはいかない。そのため彼女はこう言った。「オフィーリアに同行してほしい、そして私のために声援を送ってほしい!」
マーガレットの願いを聞いたオフィーリアは、目を閉じてしばらく思いを巡らせた。やがてまつげを細かく震わせ、口を開いた。「そういうことなら、みんなを誘って一緒に行こう。それに、ただ静かに観客席に座っているのは嫌、私自身も出場する」
「ですが……」マーガレットは、オフィーリアがマッテアたちを招待することにヤキモチを焼き、興奮した主人を思いとどまらせようと何か言い返そうとした。
「決まり!」オフィーリアは嬉しそうに宣言した。「今すぐマッテアとハイディたちに手紙を書こう」
集合場所は魔法学校の門前に定められ、その後オフィーリアの馬車に乗って魔族王国へ向かうことになった。ちなみに、今回の同行メンバーはマッテア、シエル、オフィーリア、マーガレット、ハイディの5人の美少女だけで、ハイディの護衛であるウィリアムは同行しない。
馬車の車内で、マッテアたちは会話を始めた。
「武術大会の開催期間はどれくらい?」
「今回で第226回目の開催となる」
「出場者は多い?どんな人が参加している?」
「とんでもなく多い。自分の腕に自信のある者なら、各国から誰もが参加しに来る。しかも優勝賞品があまりに豪華なため、実力のない傍観者が数合わせに紛れ込むケースも後を絶たない。毎年の申し込み者数は基本的に三万人を超えている」
「三万人って……恐ろしい!賞品には何が用意されている?」
「今年の優勝賞品はビーム砲という武器。だが歴代の賞品の中で一番有名なのは、第219回大会の賞品である石中の剣、カリバーンだろう」
「カリバーン!」マッテアは思わず驚き、馴染みのある名前をここで聞くとは思ってもみなかった。「第219回の優勝者は誰?アーサーではないの?」
「聞いたことがあるのか?その通り!優勝者は当時、魔法学校軍事クラス一年次に在籍していた勝利の聖女アーサー様」
「砲という賞品、重くない?普通の人では持ち上げられないんじゃない?それに、ビームってそもそも何?」
「重くはない。特殊な素材で作られているため非常に軽量で、マッテアやシエルのような力の弱い少女でも楽々持てる。歩兵単体で運用する個人携行武器なのだから、持ち運べないのでは意味がない」
「砲が個人携行武器なんて!」マッテアは思わず声を上げた。
「個人携行武器で間違いないが、何か問題でも?」
「問題だらけだ!」
武術大会の会場に到着し、5人の美少女は一人ずつ出場登録を済ませた。
試合の闘技台はマッテアが想像していたよりはるかに大きく、縦横それぞれ100メートルに達している。地面より50センチ高く設置され、巨大な大理石の板を一枚一枚敷き詰めて作られていた。
闘技台の上で審判はうちわをそっと振り、オフィーリアとその対戦相手を詳しく紹介した。まずオフィーリアを指し、太く響き渡る声で宣言する。「左側の選手は、蓬莱王国出身のエルフ、オフィーリア。年齢14歳、身長168センチ。今回が初出場となります」
続いて審判はオフィーリアの相手へと視線を移し、先ほどの熱気が消え落ち着いた口調で話した。「右側の選手は、セーランド連合王国出身の賞金稼ぎ、ジミス。年齢37歳、身長184センチ。過去5回大会に出場し、今回が通算6回目の出場です」紹介を終えると、審判は追記した。「ジミスは男女を問わず、相手を苦痛に追い込むことを何より好む人物です」
観客席の一人が、闘技台の上にいるピンク髪の美少女オフィーリアに向かって叫んだ。「棄権するなら今のうち。ジミスという男は相手を痛めつけるのが趣味なんだ」
「観客の戯言を真に受けるな」ジミスはオフィーリアを眺めながら言い繕った。「君のような美少女を傷つけたい男などいない。全力は控えて、手加減して戦ってやる」
ジミスの内心では、試合開始と同時に相手の首を掴み上げ、絶対に降参の言葉を吐かせないと決めていた。眼前の繊細で美しい肉体を自分の手で打ち崩す光景を思い浮かべ、身震いが抑えられなかった。
「ご安心を」オフィーリアは淡々と告げた。「私は棄権しません」
ジミスは一瞬面食らった後、にやりと笑う。「それは結構。観客の脅しに惑わされていないようだな」
その瞬間、まるでジミスの腹の中の考えを見透かしたかのように、オフィーリアの瞳に冷たい光が一瞬過ぎ去った。
審判の合図とともに、試合が始まった。
マッテアをはじめ観客全員の目に、鎧を身に着けた大柄なジミスがオフィーリアへ飛びかかる姿が映った。だが、相手との距離がわずか1メートルに迫った瞬間、ジミスは急に足を止め、両手で頭を抱えてしゃがみ込んだ。
「やめてくれ、命だけは助けてくれ!」ジミスは恐怖に塗れた表情で叫び続けた。30分後、男は泡を吹き、その場に崩れ落ちて動かなくなった。
この光景を目の当たりにした審判は一瞬呆然としたあと、大きな声で宣告した。「勝者は蓬莱王国のエルフ、オフィーリアとする!」
「一体何が起きた?なぜ相手が突然倒れた?」マッテアは仲間たちに問いかけた。
「催眠術」マーガレットが答えた。「さすがオフィーリア様」
「つまり、相手は催眠にかかったということ?」
「その通り」マーガレットは得意げな表情で続けた。「これはオフィーリア様の専属スキルの一つ。どうやら相手はとても恐ろしい幻を見せられたらしい」
マッテアはオフィーリアと初めて出会った時のことを思い出し、質問した。「催眠を解く方法はない?」
「除呪アイテムを身に着ければ大丈夫」ハイディが横から口を挟んだ。
「意志の強い相手には効かなかったりする?」マッテアは追及した。
「マッテアの身に宿る祝福とは違う」ハイディが説明する。「オフィーリアのスキルは、意志の強い相手にもしっかり作用する。ただし……」
「ただし?」
「相手と目を合わせる必要がある」マーガレットが補足した。「それから、事前に自身に精神魔法をかけておけば、催眠を無効化して免疫状態になれる」
ここで読者の皆様に、ジミスが一体何を目にしたのか、少し詳しく描写しよう。
ジミスの視点から見れば、試合開始と同時に、目の前の美少女へまっすぐ突進していった。ところが、目の前の少女は怯える様子もなく、悠然と呪文を唱え始めた。その直後、地面に巨大な魔法陣が浮かび上がり、身長10メートル超、頭に二本の角を生やし、牙を剥き出しにした赤い化け物が魔法陣から召喚された。
「きゃああああ!!!」
ジミスは絶叫を上げ、先手必勝と刀を抜き、赤い怪物へ斬りかかった。力が尽きるまで、狂ったように刀を振り回し続けた。
「な、なぜだ……!」
ジミスの震える声が空気に響き渡り、秋風に舞う落ち葉のように無力に漂った。
ジミスの心は冷たい鋼の針に貫かれたかのようだ。両目を見開くも、瞳の輝きは消え失せ、絶望の影が黒い靄となって次第に心を覆い尽くす。刃が怪物の肌に触れるたび、まるで卵で石を叩くような徒労感だ。この底知れぬ無力感は、どんな痛みよりも脳裏に焼き付いて離れない。ジミスは果てしない深淵に突き落とされた気分になり、四方は冷たい岩壁に囲まれ、頭上には際限のない闇が広がっていた。
恐怖、そして絶望から、ジミスの体は震え出す。この絶望は、あらゆるものより重くのしかかる。自分は荒野に捨てられた一匹の虫に過ぎない。眼前の巨躯の怪物を前に、自分の存在などちっぽけなもの。
ジミスが全身全霊を込めた攻撃も、巨大な赤鬼には何の影響も与えず、まるで嘲笑しているかのように悠然と受け流した。
自分はちっぽけな虫に成り下がった。いや、虫以下だ。蚊に刺されればかゆみを感じ、アリに噛まれれば痛みを覚える。だが自分の攻撃は、この化け物にはまったく痛くもかゆくもない。ジミスの瞳に涙があふれ、意識が霞み始め、彼の世界は完全に崩壊した。絶望が目に見えぬ大きな手となり、ジミスの心臓を強く締め上げ、呼吸さえ奪う。体は徐々に底へ墜落していく感覚に襲われた。
ジミスは知る由もない。自分がオフィーリアの催眠術に嵌められ、眼前の赤い怪物がただの幻覚に過ぎないことを。そして、幻の怪物が日本の伝承妖怪である赤鬼だということも。
ジミスの攻撃に気づいたらしく、赤鬼は足元の虫けら同然のジミスへ視線を落とした。ジミスに刀で切りつけられた左足をそっと上げ、静かに下ろすと、ジミスは鬼の足の裏に押しつぶされた。
「バキッ、バキッ!」
ジミスの体から骨が砕ける鈍い音が響く。「やめてくれ、助けて!」ジミスは必死に絶叫した。
赤鬼は身を屈め、親指と人差し指でジミスの頭をそっとつまむと、傷だらけになったジミスを持ち上げた。
ジミスはまだ意識を保っており、全身は血まみれになっていた。続いて赤鬼は鼻から熱い息を吐きながら、つまんだジミスを目元まで引き寄せ、じっくりと眺め回した。それから両手でジミスの細い二本の腕をそれぞれ掴み、一気に力を込めて引きちぎった。
「ああああーー!」
ジミスの胸が裂けるような絶叫と共に、片方の腕が引き抜かれた。
赤鬼が腕を蛮力で引きちぎった瞬間、大量の鮮血が噴き出し、あまりの激痛にジミスは意識を失った。




