41.デブ伯爵が死んだ
「それで、皆全部、畑の仕事を投げ捨て、次々武器を取ってデブ伯爵の城を囲んだのか?」
「そういうわけではない」老村長が答えた。
「違うの?」マッテアは追及した。
「最初はそんな発想に至らなかった。そのあと、マントをまとった男たちが村にやって来た」
「そのマントの男たちにそそのかされて動いたのか?」
老村長は頷いた。「彼らは必要な支援を出すと言い、他の村の住民とも手を組んでいると話した。我々は言われた通りに行動すればいいだけだと」
「またマントの男たちか……」マッテアはつぶやいた。魔法学校で自分とシエルを誘拐したのも、このマントの一味だ。あの時、二人で彼らを制圧し、ハイディに引き渡した。当時の尋問の言葉から推測すると、誘拐の指示を出したのはセーランド連合王国の宰相である可能性が極めて高い。だが取り調べの最中、マントの男は何の前触れもなく怪しい死を迎えた。こいつらマントの男は同じ組織の人間に違いない、とマッテアは考えた。それにしても、セーランドの宰相がなぜデブ伯爵とつながっているのか。その上、道中で一行を襲った盗賊は、指示元の名前がデニスだと証言していた。なぜデニスなのか。本来ならセーランドの宰相のはずだ。今は手がかりが少なすぎて、まるで五里霧中だ。
「マント男のボスはデニスという男か?」マッテアは推測を試しに聞いた。
「首領の姿は見たことがない。だが」村長はしばらく考えてから続けた。「マントの男同士の会話をたまたま耳にした時、確かにデニスという名前が出てきた記憶がある」
やっぱりデニスだったか。マッテアは胸の内で思った。このデニスとは一体何者なのか。
「セーランドの宰相の名前はデニスじゃないな?」マッテアは隣のハイディに確かめた。
「違う」ハイディは答えた。「セーランドの宰相の名はドラキュラだ」
「ドラキュラ……デニス……」
まさか、とマッテアはひらめいた。デニスはドラキュラの偽名なのか。可能性は十分ある。そういえば、悪魔の呪いで今の金髪美少女の姿に変わってから、知らず知らず誰かに狙われ続けている気がする。やっぱり女神の加護など全部嘘っぱちだ。女神の祝福なんて聞こえのいい言葉だが、これは紛れもない呪いに他ならない。そうだ、すべて悪魔が計画したこと、この一連の出来事は全部悪魔が仕掛けた罠だ。
村長と話し終えたマッテアは、全村の者を集めるよう命じた。
「聞け。今から伝染病への対処法を教えてやる」マッテアは全村の村民に向け、大きな声で呼びかけた。
あと二日もすれば、デブ伯爵の兵士たちが辺境から戻ってくる。マッテアはこの事実を知っていたが、村民たちには伏せておくことに決めた。一瞬、村民を組織して武力で抵抗させようと考えたが、すぐにその考えを打ち消した。状況から判断する限り、デブ伯爵が狙っているのは農民から農業税を全額徴収することだけで、命まで奪うつもりはない。もし兵士と戦闘になれば、事の性質が一変する。それに、正規訓練を受けていない素人の農民が、装備の整った軍隊と戦ったところで、結果は一方的な虐殺になるのは疑いようもない。仮に農民が幸運にも勝てたとしても、デブ伯爵は間違いなく帝国に援軍を要請し、ドラコニア帝国の皇帝が反乱が鎮圧されるまで、さらなる軍勢を派遣してくるだろう。
「まず一つ目」マッテアは大きく息を吸って続けた。「伝染病は感染力が強いことは知っているし、病人と接したくない気持ちも理解できる。だが伝染病に打ち勝つには、清潔な環境が不可欠だ。初期症状の患者なら自分で身の回りを整えられるかもしれないが、重症者には掃除をする体力などない。この部分は軽症者か健康な者が手伝うしかない。皆が恐れる気持ちは分かるが、死体や排泄物だらけの小屋に病人を閉じ込め、扉と窓をきつく締め切って煙突だけを通気口にするなど絶対にやってはいけない。こんな劣悪な環境に居続ければ、病人の容態はますます悪化する一方だ」
一人の村民が眉をひそめ、反論した。「だが我々に何ができる?病人と触れ合えば、自分たちまで感染してしまう」
マッテアは頷き、村民の不安を汲み取った上で解決策を提示した。「病人を隔離する小屋の近くに大きな穴を掘り、病死した遺体を処理する場所にしろ。小屋の中で動ける者が遺体を穴まで引きずり運び、松明を投げ入れて焼却すればいい。排泄物については、大きな木桶を用意して病人の部屋に置き、用を足す際に使わせる。朝晩二回、担当者を決めて排泄物を捨てに行き、運搬中は必ず蓋をして密閉せよ。それから、石灰とコケも非常に有効な手段だ。小屋の中に石灰か草木灰を撒けば、伝染病の被害を抑えられる。コケは病気を完治させることはできないが、大量に食べれば病状の進行を緩和できる」
「それから、これだ」マッテアはポケットから常に携帯しているジャガイモを取り出した。
村民にジャガイモを見せる時、マッテアの表情には熱意があふれ、瞳は輝き、指でジャガイモを優しくなで、口角が少し上がった。
聖女の熱意に心を動かされた村民たちは次々と群がり、手元のジャガイモを好奇心を持って眺め、驚きに目を見張った。
マッテアはジャガイモの栽培方法と栄養価を一つ一つ説明し、周辺の村々に広めるよう村民たちに呼びかけた。
村長はマッテア一行のため、心を込めて部屋を手配した。
デブ伯爵の兵士が城に到着する前日の夜、柔らかな月の光がマッテアの白い頬を照らし、夜風に乗った虫の鳴き声と葉擦れの音が彼女を眠りから覚ました。
マッテアはうつらうつらした目をこすり、隣で眠っていたはずのシエルの姿が消え、寝床が空っぽになっていることに気づいて驚いた。
「トイレに行ったんだろう」マッテアは深く考えず、ふらつきながら部屋を出て階段を下り一階へ向かった。窓から差し込む月光が道を照らし、広い応接間を抜け、マッテアはそっと玄関の扉を開けた。冷たい夜風が正面から吹き付け、思わず身震いした。トイレを済ませた後、眠気を残したまま布団に戻り、再び眠りにつこうとした。
夜明け間際になって、シエルが戻ってきた。全身冷え切ったままマッテアの布団に潜り込み、冷気がマッテアを襲った。
「冷たい……」マッテアは眠りの中でつぶやき、シエルの冷たい体に驚いた。
正午を過ぎた頃、城から衝撃的な知らせが届いた。デブ伯爵が城内の自室で何者かに残酷に殺害されたという。




