39.考え
マッテア一行は、馬車に乗って、デブ伯爵の領地内にある村へと向かった。馬車はでこぼこした険しい道を苦労して進み、車輪は泥と砕石を擦りながら、鈍く耳障りな音を立てていた。空は厚い暗い雲に覆われ、太陽の光は全く差し込まなかった。
馬車の窓の隙間から風が吹き込み、湿った冷気を運んできて、背筋がゾクゾクした。馬車の内部は重苦しい、息苦しい雰囲気に包まれ、目に見えない重みが一人ひとりの心にのしかかっていた。
彼らは、枯れた作物や朽ちかけた木々が荒涼とした不毛の雰囲気を醸し出す、放棄された畑が続く一帯を通り過ぎた。遠くの山々も霧と雲に覆われ、かすかに見えたり、またすぐに隠れてしまったりしていた。
馬車の中では、マッテアをはじめとする人々は深い眉間のしわを寄せ、深刻な表情をしていた。重苦しい空気が張り詰め、抑圧感に満ちていた。
どうすればいい。マッテアは知恵を絞って思い巡らせた。あと二日もすれば、デブ伯爵が辺境に駐留させた兵士たちが到着し、そうなれば農民たちは全員災いに見舞われる。
何か妙案はないものか。マッテアは自らに問いかけた。
そうだ、ハイディに頼んで、セーランド連合王国の公爵である父上に軍を派遣してもらい、進軍を阻止してもらうのはどうだ?公爵の軍隊は辺境付近に駐留しているのだ。これなら、デブ伯爵の兵士たちは引き返すことができなくなる。
だめだ。マッテアはすぐさま自身の考えを否定した。セーランドの公爵がこの一件のためだけに軍を動かすはずがない。こんなことをすれば戦争が勃発する。それに、たとえ公爵が末娘のために出兵してくれるとしても、公爵に消息を届けるだけでも難題だ。書状では時間がかかりすぎる。魔法のほうきで飛行したとしても、数日を要する。間に合わない。公爵が手紙を受け取り、出兵の準備を整える頃には、デブ伯爵の兵士はとっくに戻ってきてしまう。
そうだ。宮廷の晩餐会において、サクソン子爵ピーターはかつて、千里先まで瞬時に声を届けられる魔法アイテムが存在すると語っていた。オフィーリアなら、そんなアイテムを所持している可能性が高い気がする。
これもだめだ。聞いた話では、この魔法アイテムは巨大で重い上、起動させるには膨大な魔力を消費し、五十人の魔法使いが同時に魔力を注ぎ込まなければ作動しない。
軍勢を食い止める手段はないのか?ふと、マッテアの脳裏に巨大な姿が浮かび上がった。
周囲のすべてを焼き尽くす灼熱の炎。
——赤竜!
イノシシ王を討ち取った時に現れた、透明化能力を持つ赤き巨竜。
その口から吐き出される灼熱の吐息は、旧約聖書に記された、ソドムとゴモラの二つの都市を滅ぼした天火に匹敵する勢いだった。あの時、マッテアの身体が白い光を放たなければ、方圓数百里が跡形もなく平地にされていただろう。
あの赤竜なら、あの竜であれば、デブ伯爵の兵士たちの帰還を阻止できる。
惜しいことに、今、あの赤竜はここにいない。その上、あの竜は悪魔サタンの配下であり、我々に助力してくれるはずもない。
マッテアは、この赤竜が悪行から足を洗い、我々を助けてくれないかと願った。
やはり無理。マッテアは再び自身の思いを打ち消した。あの炎を放てば、兵士たちは皆焼き殺され、骨さえ残らない。
兵士たちにも、家族や友人がいる。故郷で無事な帰還を待ち望む両親、妻、子供たちの姿が容易に想像できる。「ご子息は行軍途中で赤竜に襲われ、全員生き焼きになり、遺骨一つ残らなかった」と告げられる光景が。まるで自分の目で直視しているかのように、鮮明に思い描いた。地獄で兵士たちが業火に焼かれ、ワシについばまれ、、万箭に心臓を貫かれる姿。兵士たちの両親、妻、子供たちが絶叫しながら泣き崩れ、地に倒れ伏す姿も。
一部の無実の人々を救うため、別の無実の人々を犠牲にしたとして、私は心安らかに受け入れられるのだろうか。
幸い、今は赤竜が居ない。マッテアは深く反省した。自分はさっき、悪魔に心を乗っ取られかけていたのだ。




