1.フロントに現れた少女
あの出来事は、今から40年前の七月中旬にさかのぼる。
京都の夏は、夕方になっても蒸し暑さが残る。
その日もホテルには修学旅行生が宿泊しており、フロントはチェックインを控えた慌ただしい時間を迎えていた。
そんな中、一人の少女が静かにホテルへ入ってきた。
制服姿から見て、高校生だろうか。
どこか不安そうな表情で辺りを見回す姿を見て、私は修学旅行生の一人が何か困り事でもあってフロントへ来たのだと思った。
だが、彼女は私の前まで来ると、小さく息を整え、意を決したように口を開いた。
「フロントの責任者の方に、お会いしたいのですが……。」
その一言で、私の予想は外れた。
その日は宿泊部門の責任者である松浜課長が休みだった。
「私が本日の責任者です。私でよろしければ、お話をお伺いします」
そう言って私は、フロント横のインフォメーションデスクへ彼女を案内した。
向かい合わせに腰を下ろすと、しばらくの間、二人の間に静かな沈黙が流れた。
やがて彼女は、少し緊張した面持ちでゆっくりと話し始めた。
「今度、両親をこちらのホテルに泊まらせてあげたいんです。でも、どうすれば予約できるのか分からなくて……。だから、直接来ました」
その言葉に、私は思わず彼女の顔を見つめた。
まだあどけなさの残る少女が、一人でホテルを訪ねてきた理由が少しずつ見えてきた。
「失礼ですが、お住まいはどちらですか。それと今日は、ご家族の方と一緒ですか」
未成年と思われる彼女とのやり取りだったため、念のため事情を確認する必要があった。
彼女は素直にうなずき、落ち着いた口調で答えた。
「家は滋賀県の彦根です。父と母の三人で暮らしています。今日は一人で、JRと地下鉄を乗り継いで来ました」
その瞬間、私は胸の奥で小さな驚きを覚えた。
高校生の少女が、たった一人で両親への贈り物を叶えようと、見知らぬホテルまで足を運んできたのだ。
まだこの時の私は、その小さな勇気が、私自身の人生にまで深く刻まれる出来事になるとは、想像もしていなかった。




