09 魔女を笑顔にする料理を提供して
「これと、これだな」
俺は現在、家の中にあるキッチンに立っていた。
キッチンには薪をくべて火とする穴あきコンロに、火を使うかまどのようなオーブンがある。
科学が発展していないといえ、ここまで設備が揃っていれば大概のものは作れるな。
俺は筋肉の為に料理を作ってきたからこそ、恋する魔女に振舞えるのは腕がなるものだ。
マナミは興味があるのか、斜め後ろから俺に視線を向けてきている。
毒は盛らないから安心してほしいが、他人の作るものなんて最初は信用できないよな。
「この鍋とか使っていいんだな?」
「クロジの好きなように使っていい。でも、壊さないで」
「心配するなって」
心配でしかない、という視線を飛ばされているが仕方ないだろう。
どれだけ筋肉であっても、物は壊さない誓いの上に成り立っているので心配は要らない。ましてや、筋肉が導くべきものは守るものの為だ。
筋肉に愛されているからこそ、料理すらもできるのと同じようなものだろう。
「さてと、魔女様を魅了する料理を作ってやりますか」
「媚薬でも使うつもり? 私にそんな薬は効かない」
「お前は人の料理をなんだと思っているんだ!?」
ポンプから汲み上げて用意した水は、その場で熱処理をできるようにポンプの受け先を加工したので料理に使っても問題ない。
俺は鍋に水を入れてから、筋肉の摩擦で火をつけた木を、コンロの中にくべた薪に放り込んだ。
使うのはコンロだが、鍋がしっかりと収まる大きさなのは好都合。
選んだ食材は、甘みが強く繊維がしっかりとしている赤い果実に、名称が不明な野菜、そして大きめな肉だ。
いつの間にか夜になっているし、胃に優しくも食べ応えのあるやつを作る気でいる。
この土地で出来た果実や野菜は栄養分が不明なだけではなく、土地の生み出すミネラル的にも油断ならない。そもそも、見た目的に野菜と称したが、ほとんど果実と変わらないから彩りとミネラル分が主だ。
俺は水が沸騰したのを機に、毒が本当に抜けているのかを自分の体で確認してから、食材を放り込んだ。
「よし、出来上がりだ」
「どうしてこうなるの?」
テーブルに並べられた料理を見て、マナミは驚いたように目を丸くしていた。
「なに、筋肉が入れたものすべて、魔法にかかったようなもんだ」
「だからって、鍋に入れた数分で、煮込みと焼きが両方出来上がる筈ないでしょう! 魔法よりも驚き!」
さすがにマナミもまったりとした物言いはできなかったようで、ツッコミがやけに鋭かった。
テーブルの上に並んでいるのは、実に簡単な料理だ。
深いお皿に、果実の彩り煮込みシチュー。栄養価が高い果実と、ミネラルが豊富な野菜を放り込んでできた一品だ。
生憎、俺の筋肉は持っただけで料理に必要な食材が分かるから、煮込み系ならほとんどできるだろう。
そして肉のうまみを閉じ込めて作った、肉焼き。表面がこんがりとした焼け具合でありながら、肉のうまみを最大限閉じ込めるのを意識して作った、魔女様に送る一品と言える。
どこかの謎肉に匹敵するほど謎の肉だが、匂い的には美味しく食べられそうだし、実際にうまそうだから問題ない。
そこら辺の土や壁を食べるよりは安全かつ、果実をそのまま食べるよりは飽きないだろう。
他にも元の世界の料理に近い料理も作れるが、マナミが食べられる範囲で考えるならこれが限度だ。
実際、マナミは果実を少量食べて満足している時が多いので、それなら料理の質で満腹感や栄養を補った方がいいだろう。
「まあ、そんな謙遜するなって」
「意味を知らないで使うクロジに言われたくない」
「とりあえず、座って食べてみてくれ」
マナミは気乗りしていなさそうだが、出されたものは食べる、という強い意志を見せるように椅子に腰を掛けた。
並べられた料理を見ては、俺の顔を見てくる。
俺を見たところで、料理前に見せる筋肉はないんだが、マナミは何を考えているのだろうか。
俺はマナミを横目で見ながら、相向かいの椅子に腰を掛けた。
ついでに、太陽の日差しをたっぷり浴びて育っていた草から抽出したお茶を、コップに入れてマナミに差し出す。草を齧ったところ、味は保証できる旨さだったので、思わずお茶にしてしまった。
並んでいる食器が全て木製や土製とはいえ、品質的には職人が作るのと同等、それ以上の出来栄えだ。
「どれから、食べればいい?」
マナミは躊躇しているのか、用意したナイフとフォークこそ持ったが俺を見てくる。
「好きなものから、と言いたいが、肉は冷めないうちに食べたほうが美味しいな」
「それじゃあ、これから……」
俺は手を合わせた。
「恵まれし命に感謝をして、いただきます」
「こう? ……いただきます」
マナミはナイフとフォークを置いてから、両手を合わせた。
俺に見習う必要はないのだが、食への感謝の言葉を口にするマナミは、どこか可愛いらしさがある。
じろじろ見るのも気が引けるが、口に合うか心配なのもあって、どうしても俺の手は止まったままだ。
マナミは、フォークで肉を抑えながら、ゆっくりとナイフで切り込みを入れた。
切り込みが入った瞬間、肉からほとばしるように肉汁が溢れだし、お皿の中へと広がっていく。
うまく閉じ込めることが出来ていたようで、切った面もしっかりと火が通っているだけではなく、余計な汁を放出しつつ旨みだけは逃がしていないようだ。
マナミは一口サイズに切ってから、口へと運んだ。
パクリと口が閉じられると、瞬く間もなく、マナミは美味しそうに頬をとろけさせている。
まったりと細める瞳を見ても、味の虜にでもなってくれたのだろうか。
食材は全てこの島で取れるもの、使ったのはあくまで培った技術。
口に合っていれば、と俺自身の技術……筋肉を信用しているが願ってしまう。
「……おいしい」
「よかった。遠慮せず、もっと食べてくれ」
マナミは促されるまま、シチューにも手を付けた。
スプーンで口に運び、ゆっくりと喉を鳴らす。
小鈴が鳴るような声をもらすマナミは、間接的にも美味しいと伝えてくる。
果実煮込みは甘みこそあるが、野菜によって調和しつつ、栄養バランスも筋肉が考えたから問題ない美味しさになったようだ。
ここに来て、マナミはどこか警戒したような表情が多かったが、食事は和ませるものであるべきと実感させられた。
美味しそうに口へと運ぶマナミの姿は、作ってよかったと思えるほどだ。
「じろじろ見てる」
「すまない。マナミの口に合うか心配だったからな」
「おいしいよ。特に、このシチュー」
「よかった。マナミは果実好きなのか?」
「肉はあまり食べないけど、果実は良く食べる……だから、美味しく食べられる。でも」
「でも?」
「クロジが作ってくれたから、更に美味しく食べられるの。王国、みんなが作ってくれてここに至る……幸せ」
そうか、と言いたかったが、俺は息を呑み込んだ。
マナミは時折息苦しそうに話すこともあったが、今はどこか幸せそうに見えたからだろうか。
肉とシチューを交互に食べるマナミを見てから、俺も肉を口にした。
やけにうまい。
肉の繊維が一定でこそないが、旨みは十分に閉じ込められているし、何よりも俺の筋肉が喜ぶ美味しさだ。
焼き加減ももう少し調整すれば、脂身がしつこくなく食べやすくなるな。
俺とマナミは、黙々と食べ進めた。
それでもマナミの笑顔が絶えなかったのを見ると、生きていて初めて、心から嬉しいと思えたのかもしれない。
お皿を片付けてから、俺はベッドに座ってマナミと向かいあっていた。
「クロジ」
「なんだ?」
「美味しかったから、また料理、作ってほしい」
「魔女様が気に入ってくれたなら、筋肉に腕をかけて振舞わせてもらおう。筋肉も、魔女が喜んでくれるのは嬉しがっているからな」
筋肉は魔女との時間を大事にするためなのか、ここに来てからは黙っているが、結局は筋肉だよりなのは変わらない。
本当に、黙っているだけならいいのだが。
「……クロジ。……なんでもない」
「言いたいことがあるんなら、云えばいいんじゃないか?」
「タイミング的に、今じゃないの」
「そうか」
「料理は今後も召し使いに任せるから、今日は眠る」
マナミはストールを外して、ベッドに横になっていた。
何気にふくらみがベッドに押されて存在感を露わにするから、俺としては唐突すぎて目のやり場に困る。
困らないように、今後はマナミよりも先に横になった方がよさそうだ。
「おやすみ、マナミ」
「クロジ、おやすみ」
魔法は撃たれこそするが、のどかな日常に魔女が居る……俺はそれが幸せだ。
瞼を閉じてから少しして、ふっくらもっちりとした柔らかさが重なったのはマナミが寝ぼけたせいだろう。




