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恋した魔女の中で生きる  作者: 菜乃音
第一章

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10 夜空の下、魔女の裁定

 恋したい魔女……マナミと過ごし始めて、日常、時間、人生はあっという間に過ぎていた。


 相変わらず、マナミは俺の筋肉に興味も示さなければ、恋は許さないと一点張りだ。

 とはいえ俺が恋をすると決めた以上、恋が許されたのも同然なので問題ない。


 筋肉すら、俺の背を押すように恋を推進してくれるのだから。


 持てる友は筋肉、とは昔からよく言ったものだ。いや、言い伝えにもあったかな。


 変わっている言い伝えと言えば、身近にも似たような経験が増えた。

 毎晩、マナミは俺が寝たのを見計らってなのか、起きたら俺のベッドにいつも居るのが不思議だ。また決まったように、俺の胸板に頬を当てて心地よさそうに寝ている。


 マナミの寝相が悪いのなら愛らしいものだが、朝起きる度に魔法で消される俺の身にもなってほしいもんだ。

 俺を殺したところで、記憶喪失のように記憶がリセットされないだけ感謝だが。


 魂と結びついた筋肉が俺を形成する。その役目は幾年先も、衰えることを知らないと言い切ってやる。


 マナミとの日常を思い返しながら、俺は月明かりの差す夜、庭に出て王国の方を見ていた。


「……初めて見たな。マナミと過ごして体感一か月か。過ごした日々を記憶しているから、早いようで、短いような……いや、どっちも同じか。筋肉も活き活きしているし、時間の無いこっちの方が過ごしやすいんだろうな」


 元居た世界なら間違いなく、週に二回は牢屋に入っていただろう。


 物思いに更けたところで、あのそびえたつ城――フルティンキャッスルに、国であるフルティンキングダム。そこの牢にぶち込められていたのだから、俺は筋肉だけじゃなく、牢にも愛されているな。


 俺が国を眺めながら恰好つけていた時、後ろから突如冷たい水をかけられた。


「プリティンがぁああ!?」

「なに、その驚き方? 筋肉は驚き声も人語を口にできない?」

「いきなり水をかけられたら誰だって驚くだろ!?」


 マナミは手には俺の方に向けられたコップがあるので、故意的に水を背にかけてきたのだろう。


 ベストを脱いで筋肉を休めていた俺にとっては、刺激以外の何ものでもない。


「それで、何をしていたの? まさか……襲撃計画?」

「俺をなんだと思っているんだよ。あのさ、国が夜に輝いているの、初めて見たな、って」


 何気に夜は、マナミとご飯を食べて、ほとんどすぐに寝ることが多かった。

 夜が来た時間に国の方を見たことが無かったのだ。


 外壁に囲まれた国の中にある様々な建築物は、炎のようなオレンジの明かりを灯して温かな色に包まれ賑わっている。


 地に咲く星。

 その言葉がふさわしいほどに、俺はラスト・エデンの夜の姿に魅了されているのかもしれない。


 魔女の家が丘の上にあるからこそよく見える、魔女だけの特権、みたいなものだろう。


 魔女以上に興味があるわけでもないが……言ってしまえば、魔女であるマナミが守ってきた国。

 空に飛んでいる個体以外のドラゴンは未だに見ていないが、国の人々はドラゴンの脅威からマナミが救っている、とここに来るまでで耳に挟んでいるのだから。


 挟んでいる、それは偽りで違う。国から徒歩で太陽天球の半日分はかかる離れに家を持っているマナミの真実に、俺は触れていないだけだ。

 知るとしたら、同じく別の意味を知る、と筋肉が伝えているから心理的に怖いから……。


「国があっての王であり、民あっての王……だから、王国は今も賑わっているの」


 地面に座れば、マナミは隣に座ってきた。


 横目で映る黄緑色の瞳が国の明かりを反射させているのに、どこか息苦しそうに見えてしまう。


「そういやさ、マナミは俺を認めてくれないのか?」


 俺は筋肉に導かれてきたが、一か月経っても進展が無ければ、マナミに今も距離を置かれている。

 距離というよりも、心の距離を意識する俺がいる。


 とりあえず感覚なのか、一瞬魔法で消されたが、魂と筋肉はこの世に戻ることを忘れてはならない。


「やっぱり、私の魔法は……あの方の思惑に……」

「あの方?」

「……今のは、忘れて」

「分かった」

「簡単に引き下がるの?」


 マナミは驚いているが、別に不思議でも何でもない。

 マナミの事は気になっている。だけど、無理に深く聞いて相手を知ろうとしたくないし、隠しごとの一つや二つは良いとしても、それで自暴自棄にでもならなければ俺は関与しない。


 ……筋肉が伝えてこなければ、俺はこうして俺でいられなかったから。


 ふと気づけば、マナミは軽く息を吸っていた。

 そっと膨らむ胸は、確かなふくらみも相まって男心をくすぐってくる。


「決めた。クロジ。私はあなたに裁定を下す」

「どんな裁定だ?」

「一つは、召し使いとして。もう一つは、己として」


 己? マナミが何を言っているのか理解できなさすぎて、俺は首をかしげるしかなかった。


「召し使いのクロジ。私としては、十二分に働いてくれているし、頑張っているとみる。だけど、荒々しさが目立つし、筋肉に頼りすぎ。時には人に頼ること、地に頼ること、それが今後の課題」

「わざわざ修正点も言ってくれるなんて、良い上司だな」

「……じょう、し?」


 擦り合わせた際にも、社会的な言葉、役職が通じないから、言葉に出すべきではなかった。

 おそらくだが、この島の人々にも通じないだろう。

 それは王があっての国であり、民あっての王であるのなら、民は王次第ではあるが褒美をもらっているはずだ。


 仮に役職があるのだとすれば、伝達係や兵士と言った、大きく分けた役職くらいの可能性が高いのだから。


「別にいい。それと、己。つまり、クロジに関して」

「俺か?」

「結果から。クロジは、はっきり言って己が無い。中身がなく、ただ筋肉だけを信じて突き進んでいる信仰者であり狂信者、変質者。自我が無い者に、偽るものもなければ、守るものもない」

「……己が無い、か」


 言い切るマナミに、ただ声をこぼすしかできなかった。


 確かに俺は、己、その言葉を強く受け取るなら無いだろう。

 今まで筋肉の助言を頼りに生きてきた。だからこそ、俺は俺自身の『魔女に恋をしたい』その願い以外でやりたいことを口にしたことはない。


 筋肉の助言が無ければ生きられない環境にいた。それは言い訳だが、環境を踏まえても神を食らうしかなかった。


 会いたい。生きたい。産声を上げていたい。


 生存本能だけが残り、筋肉に身を委ねるしかなかった。


 綺麗ごとだ、偽善だ、力を見せるのはヒーロー気取り。

 たとえ生きた時間が世迷言だとしても、俺はマナミの言っているとおり、括って妄想信者としか言いようがないだろう。


 俺は今まで落とすことのなかった肩を、初めて落とした。


 人は無気力になると本当に肩が落ちる、なんて言葉を実感したんだ。


 気づけば、マナミは静かに立ち上がっていた。

 柔く吹いた風に、右ワンサイドテールが月明かりを帯びて揺れている。

 黒髪なのも相まって、光を流す夜川のようだ。


「クロジは、この世界に、島に、何のために来た?」

「俺は……変わっていない。魔女に恋をしたい」

「なら、その気持ちを偽りのないように見せて。それが、本来あるべき歩むクロジであるのなら、とても素敵だと伝える」


 マナミはそう言って、月明かりが差しこむ夜の下で微笑んだ。

 手でそっと髪を避けて照らされるマナミの表情は、何よりも眩しかった。


 黄緑色の瞳が輝いているだけならまだしも、なびくストールはラメのような煌めきに包まれ、マナミ自身の持つ柔らかな雰囲気をより鮮明に見せてくるのだから。


「本来の俺が素敵、か」

「……私は王でこそないが、あなたを裁定した」

「マナミの言う、俺は召し使いだからな」

「でも、私はクロジを召し使いと思ったことはない。あなたである時が、召し使いだから」


 いたずらに微笑むマナミは、本心で向き合ってくれていたのだろう。

 俺は今までなら、筋肉に説いていたかもしれない。だが、今はただ、俺がマナミと話をしたかった。


 俺は自分の足で立ち上がり、マナミの横に立った。

 俺は間違いなく、恋をしたいと願った魔女の横にいる。

 ……今は、それだけで十分だ。


「クロジ、私は伝えた。だから、今度はクロジが見せる番」

「ああ、任せろ。筋肉があって俺だって、マナミに伝えてやる」

「……ほどほどに、ね?」


 マナミは圧をかけてきたが、俺は笑った。

 明かりに包まれる国を見て、ここに来てよかった、って心から想えたのだから。


「クロジ。お腹空いた」

「ああ、今から作る。マナミの為に、な」


 俺とマナミは食事をするために家の中に入り、光が漏れるドアを閉めるのだった。

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