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恋した魔女の中で生きる  作者: 菜乃音
第一章

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11 遠出のお供は調理できる筋肉でいかがか

 ――俺らしさ。


 あの夜から、俺の中ではその想い、思考や思想が渦巻いていた。


 筋肉だけに頼るのが俺であるのなら、きっとマナミは『それを』俺として認めてくれるが、クロジとしてではなく黒次……筋肉に定着した名前の存在だ。


 今まで、こんなにも悩むことはなかった。だからこそ、俺は俺が分からないし、悩んでいる。


 なぜ悩んでいるのかは、魔女に恋をしたい、その思いだけが変わらないおかげだろう。

 魔女を好きになっているのもあるが、俺はマナミの本質が好きになっている可能性もある。


 筋肉以外で久しぶりに、男としての自覚を持った気がした。


 そんな悩みを抱えたままのある日。

 俺はマナミと一緒に家から離れて、南西の方を目指して歩いていた。


「マナミが俺を連れていくなんて、珍しいな?」

「たまたま。それに、クロジは一人にしておく方が危険」


 マナミは呆れたように言うが、その表情はどこか息苦しそうだ。


 マナミの表情は多くを見ているが、この表情だけで云うなら魔女として悩んでいる時だと知っている。


「家を出る時にも言ったけど、このまま南に進んだ先にある南東の森で今日は一晩過ごして、明日には南西の目的地に着くから」


 家から南西の方を鮮明に見るのは視力状無理だったが、家から南に歩くと森があるのは知っている。


 王国とマナミの家の間にも森はあるが、南東にも違う森が存在しているのだ。


 俺的には、何度かドラゴンがその森に降りるのを目撃しているので、今から楽しみで仕方がない。

 筋肉も血沸き肉躍っているのか、ドラゴンとの遭遇できる瞬間、満を持していたのだろう。


 少量の荷物は布袋に入れているが、一泊二日で向かうのは大変ではないのだろうか?


 この島は車や原付でもあれば一日で回り切れる大きさだ。

 とはいえ東西南北を一周するように向かう……ましてや朝だけ行動するのを鑑みると、徒歩の距離的には四日ほど必要な大きさと言える。


 今思えば、国が中央に位置しているのは考えられた配置と言えるだろう。


「クロジなら、一人で走ればどうにかなると思う。だけど、私は頑丈じゃないから」

「俺を別の生物か何かと勘違いしてないか、それ?」

「少なくとも、島の、世界の常識は通じないと思ってる」


 さり気なく酷いことを口にするマナミだが、気づきを与えてくれているのだろう。

 筋肉もマナミの言葉を深く受け止めたのか……あれ以降は助言をくれることは少ない。


 少ないとはいえ、生活に困るようであれば筋肉を振舞うみたいだが。


「マナミ、丸くな――」

「無駄口叩く暇があるなら、今日の献立でも考える。……悩んだところで、あなたは解決しないから」


 丸くなったと言おうとしたが、前言撤回。

 魔法で上半身を吹き飛ばしくるあたり、正すための愛を叩きこんでくるのは分かる。


 マナミは優しいが、魔法で手を出すのが早すぎる。

 筋肉的には魔法のシャワーを浴びて満足しているようで、俺の体力を考慮してくれるわけがない。


 暫くして、南東に位置する森が見え始めた、その時だった。


「……あれは」

「トカゲか? にしては、随分とでかいな。羽があるし」


 森の目の前には空に飛んでいる個体では見たことが無い、赤い鱗に全身が覆われ、禍々しい両翼を携えた獣がいた。


 見たところ、飛んでいるよりも小柄なため、成長期だろうか?


「トカゲじゃない。ドラゴン」

「あれがドラゴンか。じゃあ、いっちょ俺が――」


 俺の言葉を遮り、マナミは指を鳴らした。

 その瞬間、ドラゴンはこちらに気付くこともなく、眩い光に包まれた。

 何度も見たこと、体験したことがある、全身の皮膚、中枢の奥深くまで焼き付ける光だ。


 周りに被害はなく、ただドラゴンの輪郭だけ、を魔法は的確に狙っていた。


「クロジが相手をする必要はないの。この島のドラゴン、飛んでいる以外は幾度殺害しても……意味がないから」


 魔法の光が収まると、ドラゴンはその場で息を引き取り倒れた。

 見た感じ、外見だけが焼き焦げになっているだけで、中身は食べられそうだ。


 俺は徐に、ドラゴンへと近づく。

 マナミは優しいと、この屍に触れただけでも分かる。

 気づかぬうちに魔法で瞬時に命を絶ち、生きる地獄を見せなかった。


 筋肉だけで戦う俺なら、この芸当は顔を脊髄ごと没落、心臓を瞬時に破壊しない限りは真似できない。


 焼き焦げた匂いこそ鼻にきついが、うまそうだ。


「クロジ?」

「マナミ、今日はこいつを食べないか?」

「これを……どうやって? 王国でも食べる希少種はいないのに?」

「俺に任せろ」


 マナミは少しばかり顔をひきつらせたが、ドラゴンの食し方には興味があるようだ。


 太陽天球に雲がかかりかけているのもあり、俺は急いで準備をした。

 ちょうどよく、近くには丸太が何本か転がっている。


 月明かりが差し込み始めた頃、火が灯る薪の上に、両脇から木で固定されて焼かれているドラゴンの肉が存在感を放っている。


 鱗をはがせば中身は実に、上品な霜降り肉に近く、焼かれたことで脂からとろけだした食欲そそる香ばしい匂いが鼻をつついてきていた。


「恵まれし命に感謝をして、いただきます」

「……いただき、ます」


 焼けた部位から切り取り、俺はマナミの分をとりわけ、食に感謝をした。


「これが、ドラゴンの……」


 マナミが躊躇している中、俺は肉についた骨を持って齧りついた。


 瞬間、口の中にはこれでもかと、ほとばしる肉汁が溢れだしたんだ。

 焼かれたことで歯ごたえがありつつ、肉は繊維が踊るようにほどけ溶けだして、肉の持つ濃厚な味だけを口へと置いていく。


 困ったときに食べていたカエル肉とは比べものにならないほど、濃厚な甘さとコク。


 肉なのに甘いと感じるよりも、脂による滑らかさがより食欲を刺激して、肉そのものに味付けが必要ないからだ。


 筋肉は旨みに共鳴するかのように、自然と血液の流れを潤滑にしている。


「う、うみゃぁああい!?」

「……私も、食べてみる」


 マナミは近くの果実の森から大きな葉を拝借してきたらしく、手が汚れないように葉で抑えている。

 何気に女の子らしい……いや、女の子なのだが、マナミは食べ方が上品だ。


 マナミは一口齧った瞬間、目を輝かせていた。


「おいしい。初めて食べた」

「ドラゴンの肉ってこんなに美味しいんだな」

「これはまだ子供だけど、子供だからこそ身が引き締まってるの、かな」


 どちらかと言えば、マナミは肉よりも過程に興味があるようだ。

 独特な観点、マナミらしいと言えばマナミらしいのだろう。


「……マナミ」

「どうしたの」

「いや、マナミが美味しそうに食べてくれてよかっただけだ」

「……クロジが作ってくれるのは、おいしい」


 俺は言っておきながらも恥ずかしくなって、葉に保管していた水をコップに出し、マナミに手渡した。


 使ったのは水源草(すいげんそう)

 ――基本は葉の形をしている、水を吸うことで水の鮮度や状態を保ったまま保存できる優れた葉だ。葉の先端を切ることで水を出すことが出来る使い切りだが、十分な水を補完できる便利な代物。


 これもマナミが渡してくれた葉だが、この島は自然と共に生きている証拠だろう。


 ふと気づけば、喉を潤したマナミは俺の方を見てきていた。


 揺らぐ火の明かりが、マナミの顔を静かに照らしている。


「クロジ。ここから西、南西にはある洞窟があるの。明日はそこに向かって、様子を見て帰る。それだけだから」

「あれか? マナミの魔法じゃ見れないのか?」

「南西は特殊。だから、この目で見る必要があるの。それに、明日は大事な日だから」

「……そっか。俺は乙女心を知る気はないから、話す気が合ったら話してくれ」


 なぜここで押し切らない、と筋肉が呆れ気味で囁いてくるが、生憎俺はマナミに無理強いをするつもりはない。


 ……マナミが頬膨らませているような、これは聞いた方がよかったのか?


「でも、どうしてここにドラゴンが?」


 マナミがボソッと何かつぶやいたのもあって、俺は聞き取れず首を傾げるしかなかった。


「何か言ったか?」

「何でもない。クロジをずっとあの庭に閉じ込めてたし、少しくらい息抜きできればいい」

「ありがとうな。マナミ、守るの好きだよな」

「……国を、島の人を守るのは、私の役目だから」


 マナミは口でこそ言っていないが、俺を島の住人として認めている、と間接的に口にしているのは可愛いものだ。


「光が見えたら出発するから、食べたら、眠るからね」

「……マナミ、俺が周りは見てるから、眠かったら安心して寝てくれ」

「ありがとう……クロジ」


 守り、守られ、その関係でも悪くないな。

 俺とマナミはドラゴンの肉を食べ終えてから、今日はその場で夜を過ごすのだった。

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