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恋した魔女の中で生きる  作者: 菜乃音
第一章

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12/67

12 筋肉が生きる、なら、魔女は生き残る

「ここが、マナミの来たかった場所か」

「私にとって、大事な場所……」


 夜明けとともに、俺とマナミは森を後にして、西へと歩いた。

 歩いた先で、マナミの目指していた場所へとたどり着いたのだ。


 目の前には現在、大洞窟ともいえる、奥が暗闇で見えない入口が存在している。

 半円を描くように乱雑に置かれた丸石だが、明らかに自然に出来たものではなく、誰かの手によって創られた物、とすら思わせる構造だ。


 丸石の形は明らかに不揃いなのにも関わらず、隙間を埋めるように適切な石のみが厳選されている。

 見えているのはほんの一部分で、ましてや奥へと続いているのもあって、見る限りでは不自然そのもの。


 筋肉ですら疑問を持つからこそ、俺は慎重にならざるを得ない。


「クロジ、少しだけ待ってて」

「分かった」


 マナミは、洞窟から少し離れた位置……崩れかけの小さな石壁近くに花を置き、祈りを捧げるように手のひらを合わせ、指を交差させている。

 神聖な雰囲気を醸し出すマナミを横目に、俺は周りを見渡した。


 ――にしても、ここだけ、周りはまるで区域のように何も咲いていないな。


 今までは自然を多く目にしてきた。だが、この場所だけは隔離されている、と言った方が正しいくらいだ。

 何かが故意的に消し去っている、そう思えるほどに地面には痕跡すら残っていない。


 ……残って、いない?


 俺は不意に、マナミのストールが妙になびいているのを見てから、その風の原点を見た。


「危ない!!」


 間一髪、俺はマナミを抱えるようにその場を飛んで回避した。


 今いた場所は跡形もなく消し去るどころか、小さなクレーターが出来ている。


「なんだ、あいつ」


 輪郭がぼんやりとした『何か』が顕在している。


 ぼやけた輪郭を辿れば、凶悪そうな爪に、ドラゴンのような羽、そしてドラゴンに似たシルエットを持った頭。


 おそらくドラゴンの分類だ。


 マナミの反応が遅れたのを見るに、見てきたドラゴンの中でも格が違う。

 影を纏った何か、がこちらに視線を向けている中、マナミが言葉を失っていた口を開いた。


「……フィニス。影のドラゴン」


 マナミは確かに、あれを影のドラゴン――フィニスと言った。

 震える声はドラゴンを恐れており、おぼつかない様子だ。


 それなのにマナミは立ち上がって、ドラゴンに手を向けていた。


「クロジ、ここは私が時間を稼ぐから。逃げて」

「なんでだよ!」

「いいから!!」


 マナミは本気だ。

 揺らぎのない黄緑色の瞳で、逃げろ、と本気で訴えてくる。


 気づけば、ドラゴンの注目を買うように、マナミはドラゴンの輪郭のみを捉えた魔法を放っていた。

 幾千も、何光年も続くような光が、躊躇なくドラゴンへと牙を剥いたんだ。


 マナミが魔女である以上、ドラゴンから国を守る、島を守る役目を持っているのは、何度も聞いたので理解している。


 理解しているのに、俺はその場から動けなかった。


 守られて、助けられて……俺は、良い存在なのか、と悩んだ。


 時間を稼ぐ、なんて生易しいものではない。ドラゴンを倒すのではなく完全に仕留めて殺す、そんな力強さをみせたマナミを見て、俺は何を迷っている。


 筋肉が云っている、逃げるなら今すぐ逃げろ、戦うなら生きて魔女を助けろ、と。


 今までの俺なら、すぐに選択できていた。なのに、なのに、足りない気持ちが、あの時の迷いが邪魔をするんだ。


 俺は血がにじむほど、拳を握りしめた。


 マナミの悲鳴が聞こえた。


 視界には、魔法が効かない、マナミへと迫りくる弱った様子が無いドラゴン。


 それとは逆に、力なく地に座りこみ、ドラゴンを震えて見上げるマナミ。


 ――俺は、俺は。生きたい。だから、そのために、力をつけたんだ。


 マナミが生き残る、生き延びるために力を、守るために戦うのなら、俺は生きる。

 その瞬間、止まっていた足が動いた。


 マナミに振り下げられたドラゴンの腕から、瞬時にマナミを抱きかかえて避けた。


 切り裂くような爪の風が、ヒシヒシと背にぶつかる。

 ぶつかった風ですら躊躇なくベストを切り裂き、皮膚をえぐった。


「クロジ。どうして、逃げないの」

「マナミ、ごめん」

「なんで、あやま――クロジ!」


 俺はマナミを片腕で抱えたまま、迫りくる爪を、もう片方の拳で殴った。


 鋭く重い爪は、相殺こそしたが、俺の腕を筋肉ごと消し去ったようだ。


 腕全体ではなく爪だけで攻撃してくるのを鑑みるに、俺自体はドラゴンの土俵にすら立っていないらしい。一言で表すなら、遊んでいる、が正しいか。


「マナミ、怪我は、ないか?」

「クロジの方が、怪我してる……」

「復活は少し遅れているが、気にするな。筋肉、時間だ、生きるために力をくれ」


 その瞬間、俺の腕は戻った。


 ――止血しないで済むのは楽でいいな。


 俺はマナミを下ろし、ドラゴンと向き合った。


 おそらく、このドラゴンには勝てない。

 森で出会ったドラゴンならまだしも、影を纏ったドラゴンは爪だけで分かったが、筋力だけを見るなら俺よりも上だ。


 それでも防御面に至っては、俺の拳に勝るものはない。

 なぜなら、生きる筋肉は神をも食らうからだ。


「マナミ、いや、魔女。俺は先に言っておく」


 俺は息を吸って、ドラゴンの爪が迫りくる中で断言した。


「俺は生きるために、俺自身の筋肉と向き合ってきた、クロジって存在だぁああ!!」


 爪に拳を合わせれば、先ほどと違って力が拮抗した。

 吹き荒れる風はベストを完全に消し去り、肌をかすめては血を噴出させるが、筋肉が瞬時に治す。


 三本指の一つである爪を殴り飛ばした。だが、形ある爪が襲い掛かり、俺の腕をもう一度吹き飛ばす。


 大地に転がる腕。

 ドラゴンの爪が鋭くなければ、痛みを覚えていただろう。


 残った断片が血を湧き出すのを忘れるのだから、鋭利なものは感覚を鈍らせるのか?

 と思ってみたが、俺の筋肉は瞬時に痛覚を抑えるだけではなく、何度だって腕は治してくれる。


 俺は腕が治る間もなく、ドラゴンの懐にもぐりこんだ。


「仕返しだ!! ふんっ!」


 俺はドラゴンの腹部分へと、拳を入れこんだ。

 だが、感覚がおかしかった。


「殴ったのに、殴れてない?」


 確かに俺は殴った。

 殴った感触こそあった。だが、殴り切れていない錯覚が拳に残っている。


 ドラゴンは合わせて飛んだのか、現在は宙に浮いているが、少しばかりのダメージは通っていると思いたい。


 影を殴ったとしても、まるで毛布に包まれたような感触はどうも違和感を残す。

 ましてや力そのままに、一瞬だけドラゴンの速度が僅かながら早くなった気もするほどだ。


 俺は悩みつつも、もう一度、ドラゴンが下りてくる瞬間を狙おうとした。


「ちっ、もうい――」

「クロジ! 今は、フィニア……ドラゴンには勝てないの!」


 マナミが精一杯、俺に全力で伝えようと声を振り絞っている。


「だから、だから――私と逃げて! 生き残るために!」


 私と逃げて、か。

 俺は生きるために、今はドラゴンと戦っている。


 魔女の要件と、俺の覚悟、全て合わせても悪くない話だ。


 逃げるにしても、周りには草木一本ない、枯れ果てた土地が広がっている。

 隠れてやりすごす、その考えは良くも悪くもと言ったところだろう。


 他の問題として、抱きかかえた時に筋肉が教えてくれたが、マナミは右腕に切り傷を負っているみたいだ。


 ――隙を一瞬でも作れば、あの速さならどうにかできそうだ。


 俺は足に力を籠め、姿勢を低くしてドラゴンに狙いを定める。


「……ドラゴンよ。お前は確かに強いが、俺は、いや、俺たちは更に強くなる。だからこそ、この一撃を受け取れ!」


 俺は一気に足に溜めた力を解放し、浮いていたドラゴン目がけて大きく跳ね上がった。


 高さは十分、ドラゴンに届いている。


 俺はドラゴンをかすめるように、拳を振り下ろす。

 その瞬間、わずかに動いた爪が俺の背に切り傷をつけたが、マナミが傷つかないだけ儲けものだ。


 俺は拳を振り下ろしたまま、地面へと着地した。

 刹那、地面は揺らぎ、砂の粉塵をあたり一面に巻き起こす。


 その一瞬の隙に、俺は地に座っていたマナミを抱え、元来た場所を辿るように走った。

 走ったというよりも、三秒ほど地面から足が離れては着地して飛んで、を繰り返したが正しいだろう。


 後ろではドラゴンが翼を羽ばたかせて粉塵をかき消しているみたいだが、その時すでに俺とマナミはその場を後にしていた。


「マナミ、話はあとだ。今は、生きるために逃げるからな」


 マナミが何かを言いたそうだったが、南西から離れることが優先だ。


 ……ドラゴンとの遭遇は、マナミに言われた、足りない何か、を埋めるキッカケになったのは云うまでもないな。


「とりあえず、目指すはあの森だな」

「その方がいいかも」


 マナミをお姫様抱っこしながら、俺は大地を翔る筋肉と化すのだった。

 その際、マナミが委ねるように胸に耳を当ててきていたことに、この時の俺は気づくこともなかったのだが。

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