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恋した魔女の中で生きる  作者: 菜乃音
第一章

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07 知恵を持った筋肉こそ筋肉である

 久しぶりに、背に優しい感触で寝た気分だ。

 筋肉も喜んでいるのか、俺がまどろみだというのに、早く起きよ、と焦らせてくる。


 ぼんやりと開きかける瞼の隙間に光が差し込んでくるので、仕方のない話だろう。

 筋肉はそこまでして、朝のトレーニングをしたいと物申してくるのだ。


 信仰として考えれば、朝の日を浴びるのは大事と言える。

 俺は朦朧とする意識を覚ますように、重い瞼の扉を上げた。

 上げたのは良いが……気のせいか?


「……マナミ?」


 視界がぼやけているとはいえ、黒髪ショートの右ワンサイドテールの魔女、マナミが俺の筋肉を枕にして寝ている。


 小さく立てている寝息の主は、マナミが寝ていたはずのベッドを見ても存在しない。


 俺は理解した、ああ、魔女は俺の上に頭を置いて寝ているのだと。


 ――なんで俺の寝ているんだ?


 ましてや体は俺の空いている横に場所を見つけているし、その、ぎゅっと体に押し付けられている。


 寝違えて首が痛くならなければいいが……これは、マナミを起こすべきだろうか。


 起こそうにも、健やかに眠っているし、無駄に起こして機嫌を損ねれば俺は魔法で消されるのが目に見えている。


 魔法で殺されるのは別にいいとして、殺されることへの痛みは一応あるにはあるのだ。

 ただ単に筋肉が俺を引き付け、魂が筋肉を結び付けるから痛みは先に感じなくなるが、できる限りは今の俺である状態でありたいな。


 ここで起こすか。

 黙って寝かせておくか。


 今思ったが、筋肉が起きるように焦らしてきたのは、筋肉に本来触れるはずの無い体温が触れていたせいだろう。


 俺がどうすべきかと、悩んでいた時だった。


「……うぅん」


 マナミは小さく喉を鳴らした。

 まったりとした声なのも相まって、小さな鈴が自然に揺れて鳴ったと錯覚させてくる。


 マナミは強気な一面を多く見せていたが、ここまで幼い一面があるのは意外だ。


 そう思っていると、黄緑色の瞳を隠していたカーテンが潤いと共に上がっていく。


「お、おはよう」

「……ふぅ。見てない?」

「何を――」


 魔法で瞬時に消された、それがマナミの出した答えだ。


 魔法でいくら消されようと、俺は筋肉がある限り蘇るし、魂は筋肉を求めるんだが。


 マナミから非接触型の物理的な愛情を朝から受けた俺は、前開きにしたベストを着て、マナミと朝ご飯を食べてから外に出た。


 無論というか、マナミはその際に一言も発さなかったので、めちゃくちゃ怒っている可能性が高い。


 朝ご飯を食べている際、マナミはずっと顔を赤くしていたのだから。

 赤くした顔を両手で隠しては、指の隙間から黄緑色の瞳をウルウルと揺らして俺を見てきていたくらいに。


 寝起き姿を見られるのは恥ずかしいよな。

 俺も寝込みを襲われるのは良いとしても、寝起きだけは気高き筋肉としても見られたくないものだ。


「筋肉よ、手ごろな石は無いが、太い木は森にある。今日は何をしたい?」


 朝の挨拶として、筋肉への礼拝を終えた俺は、筋肉に訊ねた。

 筋肉は伝えてきた、魔女がずっと見ていると。


 筋肉の伝える方角を見ると、宙にマナミが座っていた。


「マナミ、どうした?」

「何、あのきし……変質者の舞?」


 マナミは俺が筋肉に礼拝していたのを見ていたのか、変質者の舞と名付けてきた。

 センスの欠片もないマナミに、名前の付け方を後で俺が直々に教えた方がよさそうだ。


 それに……。


 全身の筋肉に触れる。

 日を全身で浴びた。

 終えてから、筋肉を拝める。

 足の筋力だけでクイッと回って筋肉を輝かせる。


 朝の日課のどこに舞の要素があったのか謎すぎるだろう。


「マナミにも教えてやろうか? いや、語るべきだな。そうだよな、筋肉は筋肉であら――」

「話を聞くこと。召し使いクロジ」


 マナミは躊躇なく、俺の輪郭そのものだけ、に光のような魔法を浴びせてきた。


 いくら細胞が燃え尽きようと、魂は永遠に不滅だ。

 理由は必要ない。なぜなら、そこに筋肉があった、ただそれだけの話で済むのだから。


「みなまで言うな。恋を許す、と魔女であるマナミは云いたいんだよな?」


 筋肉が頷いているので、間違いようのない答えだ。

 これで間違いだというのであれば、俺が信じる俺はいないと言える。


「違う」

「なん、でだぁっあああ!?」

「……魔法よりも、精神攻撃が有効?」


 マナミに冷静に分析されているが、俺は魔女限定で精神攻撃に弱いに決まっている。

 魔女に恋をしたい、その欲望は尽きることなく燃えているのだから。


 しかし筋肉は絶望したのか、しゅんと黙ってしまった。

 上空を飛んでいるドラゴンの翼の音が、貴様は馬鹿か、と煽ってきているようだ。


 少しばかり俺は怒りそうなので、いつか出会ったら鍋にでもしたいな。


「悪意を空に向けない」

「安心しろ、鍋が駄目なら丸焼きにする」

「あの子たちに手を出させない。手を出したら、永遠に同じ苦しみを味わうべき」

「じょ、冗談だ。で、どうしたんだ?」


 話を逸らしたのは俺だが、マナミの話は聞くべきだろう。


 マナミは呆れたのか、軽く息を吐いていた。


「クロジ、しばらくは筋肉を強化する時間を与えない」

「なんて拷問だ! お前は魔女か、鬼か! 神を食らう罰当たりか!」

「私は魔女。王国から恐れられ、島に生きる全てが恐れる魔女。あなたが間違って、恋をしたい、と口にする正真正銘の魔女」


 魔女であることを強調するマナミは、俺に恐れてほしいのだろうか?


「それでね。クロジには今日から、ご飯係、掃除係をやってもらう」

「ご飯係?」

「私は忙しいから、暇なクロジにやってほしい」


 マナミが忙しいのなら仕方ない。

 俺が納得すれば、マナミは小首をかしげていた。


 筋肉的にも、ずっと果実単体を食べ続けるのも疲れるだろうし、マナミには俺が振舞う料理を食べてほしいのだから。


「……食材の調達は森で……肉が欲しかったら、言って。クロジは今、王国に出入り禁止だから」

「なんで禁止なんだ?」

「変質者だから」


 その変質者をお裾分けしてくれた人たちに紹介していたのはマナミだが、無自覚なのは恐ろしいものだ。


 マナミは宙から降りて、ぐっと距離を縮めてくる。

 そんなに距離を詰められたところで、俺はマナミに何もできないし、筋肉の良さを見せつけるしかないだろう。


「クロジ。料理は作れるの?」

「作れるさ。そういや、マナミ」

「?」


 質問返しされると予想していなかったようで、マナミはきょとんと固まってしまった。


「飲み水は確か、果実しか存在しないんだよな?」

「ここには。でも島の周りにある水は……クロジなら死んで飲めるけど、普通は毒」


 島を囲う、境界線を越えて続く果てしない海。

 水を飲めるのは当たり前、と思いたいが、俺が元居た世界でも飲める国と飲めない国があったから納得できる。


 だとしても、果実だけの水になるとだいぶ偏ってしまう。


 家にキッチンはあったが、料理を作る、普通に喉を潤すなら水は欲しい。


 俺は周囲の海を見て、家の後ろに吹き抜け口が無いのを確認した。

 この家の立地は、海に近い広大な丘の上にそびえたっている。そうなると、毒水を運ぶまでの道のりが存在しているのだ。


 崖を昇って丘の上まで持ってくるのは苦でもないが、元居た世界の知識を活かして少しだけマナミを驚かせてもよさそうだ。

 筋肉だけじゃない、脳筋戦法もできるってことを。


「なあ、マナミ。要らない丈夫な布はあるか?」

「……クロジ、筋肉を輝かせて、何をする気?」


 俺はマナミが不安げに聞いてくるので、堂々と答えた。

 その時、呼応するように筋肉がヒシヒシとやる気に満ち溢れたんだ。


「筋肉と、知識を持って――浄化された水を作る。もちろん、魔女と筋肉だけの秘密さ」

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