06 月よりも美しい魔女の笑み
マナミと照らし合わせたおかげで、この世界についてある程度は理解できた。
どうやらこの世界、元居た世界と比べてしまえば……科学が発展しなかった世界線に近いようだ。
筋肉が伸び伸びできるのは良いとして、発展をする必要が無かったと言えるのだろう。
時間に縛られない……時間という概念が存在しないが、朝と夜の概念はあり、それによって島で暮らす人々は生活基準を整えているらしい。
筋肉が一か月もかからず適用できたのは、元居た世界に近かったおかげだろうか。
朝と夜が分かったとは良くても、夕方が無いのは寂しいな。
俺が最初に計算した通り、空にある光を放つ天球が近くの雲に隠れるのを機に、光を放つ天球がゆっくりと変わる。
俺の中では分かりやすく、太陽天球、月光天球、と名付けたが、朝と夜の概念があるなら太陽と月の略称でもよさそうだ。
また最初にマナミに出会った時の疑問の答え自体が照らし合わせられたのも、予想外な収穫だった。
マナミ本人の口から聞いてはいないが、マナミは恐らく――時間に縛られるのが嫌いだ。
マナミは俺が転生した初日、兵士にすぐ来るように言われたらしいが、一か月後に来た。そして、マナミはまるで忘れていたかのように、転生者の噂を耳にしたからお城に寄った、とも言っていた。
内容を踏まえても、マナミに時間を押し付けるのは良くなさそうだ。
外で時間を計測できるものでも作ろうかとは最初考えたが、魔女に恋をしている以上、作るのは合理的ではない。
そもそも俺には、筋肉が体感時間を教えてくれるから必要ないのだが。
魔女やラスト・エデンと呼ばれる国については未知のままだが、いずれ筋肉が信仰すれば理解できるだろう。
なぜならば、筋肉が伝えてくるんだ……今は魔女との時間を大事に過ごせ、と。
「クロジ、意外と考えるの? 筋肉ばかりで、何も考えないと思った」
月明かりが差し込んだ家の中。
マナミはストールをテーブルの上に置き、白い肩を露わにしていた。
ワンピースのようなローブを着用しているのは見て分かっていたが、まさか首元がフリーなものだとは思わなかった。
綺麗な鎖骨のライン。異世界の人とはいえ、筋肉的な細胞の作りが違うだけで、俺の知る人と近しい形だ。
ローブで隠れてはいるけど、マナミは整った体型だし……その、ふくらみもマナミの体型的には十分な存在感だ。
仮にマナミが一般人であったとすれば、絶世の美女、と名を知らしめると言えるだろう。
以前なら筋肉以外は気に留めなかったが、マナミ自身に興味が湧いている証拠なのかもしれない。
ため息を吐きたくても、今宵は飽きずに見る可能性を否定できない夢見心地か。
「そういや、なんでストールを外したんだ?」
「……ベッドで眠るのに、邪魔だから」
小首をかしげながら言うマナミは、さも当然のようにベッドに視線を向けた。
何気にベッドは二つあったが、元居た世界と変わらない作りだ。
万物共通とはよく言ったものだろう。
変わっていると言えば、柔らかそうな藁みたいな草が敷かれているだけ、という点だろう。
筋肉的に掛け布団は邪魔だからありがたいが、藁のシーツは斬新だ。
加工されているのか、すっぽりとベッドの枠に収まるだけに限らず、しっかりとした反発力があるのはマナミが座っていたのを見て確認済みだ。
初めてへのワクワク感。男っていうのは、未知に溢れたロマンが好きな生き物だ。
「クロジはこっち、私は奥の使う」
「俺も使っていいんだな」
「小さくても、文句言わないなら」
「むしろ十分だろ。俺がどんな巨人に見える?」
ベッドのサイズだけを見るなら、成人男性が普通に寝ても余るくらいの大きさだ。
マナミは確かに俺より慎重は低いが、筋肉が肥大化すると考えたのだろうか?
筋肉が肥大化するのは、見せつける時か、仰々しく鍛えぬく時だけで十分だろう。
微笑むマナミは何となくだが、俺をからかいたかったのか。
俺はとりあえず、着ていたベストを脱いだ。
寝る時は筋肉を休めるからこそ、上半身はさらけ出すに限る。
「やっぱり、変質者」
「今日一日で、俺の評価が変わらなすぎだ」
「なら、次から私の召し使いとして精進すること。クロジは、心配いらなさそうだから」
「どういう意味だ、それ?」
「内緒」
そう言ってマナミは、ベッドに体を預けていた。
無防備なのは別にいいんだが、下から覗くような形になるのだけは控えてほしいものだ。
今思うとストールは外すのに、髪飾りの見えないサイドテールは崩さないんだな。
――この世界にはお風呂がないみたいだし、わざわざ髪を解く必要はないのか。
マナミはリラックスしていると思うが、芯から温まるリラックスを教えたいな。
そんなことを考えながら、既に眠りについていた筋肉を起こさないようにして、俺もマナミが指図したベッドに背を預けた。
「うお、思った以上に寝心地がいいな」
「島の人たちが頑張っているから、当然」
まるで自分が褒められたように嬉しそうな笑みを浮かべるマナミを見ると、国から離れて暮らしている理由が余計に分からない。
その時、家の中を明るく灯していた天井の火が消えて、開いた窓から差し込む明かりだけが自然を伝えてくる。
青白い光はどこか月のようで、安らぎを与えてくるようだ。
「マナミ、おやすみ」
「……クロジ、おやすみって?」
「ああ、寝る前に伝える……明日もよろしく、って元の世界に居た時の意味だ」
とはいえ、俺もその言葉を口にしていたのは、両親が居た時限りだった。
「そうなんだ。クロジ」
名前を呼ばれて横を向けば、マナミがこっちに視線を向けていた。
薄っすらとした明かりの中で輝く黄緑色の瞳は、宝石のように美しく、到底魔女とは思えない愛らしさを覚えさせてくる。
「おやすみ」
「ああ、おやすみ」
俺は疲れていたのか、マナミの優しい声に瞼は自然と落ちて、すぐに意識は眠りについた。
きっと明日から、俺はこの島の住人として暮らせる、そんな期待に胸を膨らませたんだと思う。
そしてこの日だけで、魔女に出会えた、魔女に恋をできる。ワクワクがあって、マナミとの明日が楽しみで仕方がない、筋肉ではなく俺自身の想いがそうさせたんだ。
壁を食った一か月も、今考えれば悪くなかったと言える。
「クロジ? もう、寝た? ……少しだけ、だから……いいよね」
寝静まった時間に、ひとまわり小さな温かさが重なっていた。




