05 妄想信者は筋肉という名の変質者
「……そういえば、服、腰巻しかつけてない。変質者」
「マナミが魔法で消し飛ばしたんだろうが!! まあ、俺の筋肉を拝めたい気持ちは分からんでもないが、時に筋肉は見せつけるにあらず、自然と居座って美しいものだ」
俺は筋肉が導くままに、椅子に片足を置き、浮き出る筋肉を照らし輝かせた。
当然、囚人服だった布切れは上半身だけは吹き飛んで、今やダンディな獣をギリギリ隠せるくらいの腰に巻いた布切れしか残っていない。
筋肉的にはこれでもありだが、座して筋肉、王として筋肉の威厳に関わるというものだ。
マナミが呆れたように見てくるが、筋肉が不服だったのだろうか。
呆れを通り越したような目。そんな目でいくら見られようと、譲る筋肉もなければ、人として失うものはない。
「あなたの元居た世界は分からない。でも、この島では服を着ること。その状態で出会えば、変質者として扱われる……ああ、その意味では変質者」
「おい、待て。なんで既に変質者として決まっている?」
「クロジ。最初の信号で、危険対象だから」
筋肉曰く、俺が出会った最初の人が空に撃った銃……あれはどうやら、この島内だとドラゴンに出会った危険な際に撃つものらしい。
それなら筋肉が止めてほしかったが、あの時は寝ていたのだから仕方ないか。
「クロジ」
「どうした?」
「あなたの世界の人は、生まれた時の肌を隠す?」
「普通は隠すな。まあ、国によってだが」
「もう一つ。性別……えっと……」
マナミは性別と言うなり、顔をうっすらと赤くしていた。
まるでさっきまでは俺の事を獣か何かと認識していたが、この瞬間だけ、自分とは違う性別を見たような目だ。
マナミは魔女だけど、やっぱり俺と同じ人間らしくて、悪くないな。
俺がニマニマしたのがいけなかったのか、マナミは俺に片手を向け、もう一度筋肉を魔法で吹き飛ばしてきた。
手荒な愛情は最高だが、恋とは実に儚い。
筋肉が喜んでいても、何度も再生する俺の身にもなってほしいものだ。
「体の作りが違う人は、この世界でも同じか?」
俺の筋肉が多少なりとも異世界の言語に合わせてくれるから、通訳をしないで済むのは円滑に進むものだ。
俺は最初に出会ったのが男女らしき二人だった。だからこそ性別があるのは知っているが、魔女と知識を共有しておくのは後の栄養剤と言える。
「そう、男性と女性。私が女性なら、あなたは男性」
「それは知っているさ。だからこそ、俺は栄光ある筋肉を持っているからな」
「話が早くて助かる」
マナミはまったりとした口調をしながら、微笑ましい笑みを浮かべた。
「あなたは定義上、私の召し使い。だから、それ相応の服をあげる」
マナミは本が乱雑においてあったテーブルの上から、獣の皮のような布を手に取った。
そして手に取った布に、魔法を使ったんだ。
騙されたとでも言うべき程に、布は四つの服へと変化を遂げた。
シャツ、ベスト、長ズボン、下着。見ただけで作れるマナミには驚きだが、妙に不慣れで恥ずかしそうなのは、やっぱり異性だからなのか?
とはいえ用意してくれた服は、黒髪ショートの俺には似合いそうだ。
俺自身、筋肉で出来ている良い男だから、下さえ隠せば服の心配は要らないのだが。
「これを着て。そしたら……クロジには自由に使ってもいいと言ったけど、あなたの居た世界と、ここでの生活を照らし合わせる」
ちょっと言い方はあれだが、マナミは優しい魔女だ。
俺はマナミから服を受け取って、シャツ以外を身に着けた。
「……なんで、前開き。シャツ着ないの? 変質者?」
「筋肉が伝えてくるんだ。シャツを着るべからず、己を偽るな、とな」
「最低限、クロジが人として生きていないのは分かった」
さり気なく人外扱いされたが、俺は俺だ。
俺以外、俺を強調するものは筋肉だけであり、それ以外が存在意義を証明するのは不可能なのだから。
己を偽ったところで、生きづらい……ただ、それだけが俺の象徴だったから。
俺は少し暗い表情をしてしまったのか、マナミが心配した様子で見てきた。
揺れる黄緑色の瞳。マナミは魔女だけど、想像とは違うし、噂で聞いていたほど怖い魔女じゃないと思える。
国の中で生きる人には、明らかに親しまれていた。そうじゃなければ、大量に食料の差し入れを貰うのは、たとえ同じ土の上で生きていたとしても不可能に近いだろう。
筋肉が俺の考えについて黙っているのも、考えていることが同じでいい。
――筋肉のやつ、実際は魔女よりも照れ屋なんじゃないか?
「クロジ?」
「すまない。少し考えてた」
「考えられる筋肉」
「あのさ、それよりもさ?」
「どうしたの?」
聞かれると思っていなかったのか、首を軽くかしげるマナミは、少しばかりあどけない表情を見せてくる。
……俺と同じだとすれば、マナミはきっと、悩んでいたうちに大人になったのか。
「マナミ言ってただろ? 俺の居た世界と、ここの世界の状態を照らし合わせたいって」
「うん、言った。よく覚えてる、えらい」
「俺は犬じゃないんだが……まあ、いいか。だから、筋肉は少し黙るみたいだから。空が黒くなって明かりを差す前に、照らし合わせておきたいんだ」
「筋肉は感情?」
「感情が筋肉というのなら、それは――」
「クロジ。この世界を教えてあげる。だから、男は黙ってそこに正座」
マナミは二つあったベッドのうち、奥のベッドの上に座り、目の前の床を指さしてきた。
俺に話をさせたくない、そんな視線をひしひしと感じる答えだ。
まあ、俺はマナミから服を貰ったし、今回ばかりは木の床を使うべきだろう。
俺は堂々と、正座の構えを足だけ取ってから、両手の親指を床に突き立てて自身の体を浮かせて宙に静止した。
「……うん、正座」
「俺は筋肉を鍛えなければいけない。それは、日課だ」
「どうして、普通じゃないの?」
「俺は普通だが? なに、筋肉を信仰しない周りがおかしいだけだ」
「……クロジ。変わった存在だけど、それくらいがクロジには、丁度いいのかも。……変質者」
取り次ぐろう必要が無い……俺はマナミに、魔女に恋をする以外で何を期待しているのだろうか。そんな疑問は、魔女に恋をした時点で捨てたつもりだった。
マナミに微笑まれながらも、俺はマナミと知識を照らし合わせた。




