04 P・飛び降りた先で魔女に恋をできるなら。/魔女と暮らせる人生に祝福を
――魔女に恋をしたい。
俺はこの日、初めて筋肉に想いを吐き出した。
筋肉は伝えてきた『魔女に恋をしろ』と。
日課である、素手で太い木の幹を芯から折り、人よりも大きな岩に拳を突き出して粉砕した。
魔女に恋をするのは理論的に不可能だ。
それは筋肉よりも、俺自身が一番理解していたからこそ、迷いを振り払うために日課に没頭したのだろう。
筋肉が自然と動くからこそ、俺は筋肉を信じ、筋肉も俺を信じて語り掛けてくる。
この現代じゃ、俺を妄言者だの、野生児だのと言ってくる奴は後を絶えない。だからこそ、筋肉だけが一番信じられる神様だ。
人が望む神は死んださ。なぜなら、俺の筋肉こそが神であり、神である筋肉に好かれているのは俺一人なのだから。
神の代わりに筋肉は見せつけてやるが、この筋肉は俺を選び、俺が選んだ筋肉だ。
「筋肉よ。魔女に会うためなら、何でもしてやる」
筋肉を信じ、俺は様々なことに挑戦してきた。
紐無しパンジーで岩肌に着地し、無事に筋肉が残り、魂と筋肉は引き付け合うと初めて理解した。
警察にも捕まったが、牢屋の鉄は筋肉が適用して食べられるものだと悟ってからは、食で見失うものは無くなった。
素手で走っている正面からトラックを殴り、全身で抱きしめもした。
多くの経験でも満たされぬもの、それは俺自身だったのかもしれない。
この世の中じゃ、俺の筋肉を満たし、俺という存在を満たせるものは存在しなかった。
筋肉にはいつも満たされているが、満たされるだけで、それ以上のものは存在しないのだから。
「さあ、どう答える。筋肉よ」
筋肉は伝えてきた。
『高きとこから飛び降り、世界の味を噛みしめ、その身で魔女に会う決意を高めよと』
夕方くらいに日課を終え、筋肉の言葉の指し示す場所に俺は向かったんだ。
――魔女に会える、魔女に恋をできる。
実際は不安定な『しれない』だったが、その時の俺は笑いながら走っていたんだ。
何を目指し、何を愛すべきか知らなかった俺が、筋肉に初めて願いを聞いてもらえたのだから。
筋肉が伝えし場所、俺の住む町なら摩天楼とも言える、高い建物の屋上まで壁を駆け上がった。
屋上……ビルの上に広がる地に足をつけた俺は、初めて世界を感じた。
筋肉が感じる風は、とても心地よい。
ビルの下で光る人口の明かりは人の生きざまを謳歌させ、命の輝きを見せてくるみたいだ。
これが――世界の味を噛みしめる。
筋肉があるとはいえ、この世界での俺の残機は無くてもいいのだろう。
「筋肉よ。俺は云おう」
屋上で風を全身に感じて、俺は筋肉に叫んだ。
「魔女に恋をして、筋肉に全てを誓うと。そして、俺のこの身を捧げるにふさわしい筋肉であったと、証明してみせよう!」
宣言した俺は、下々に点灯する光めがけて、その場を駆け出した。
――魔女に出会い、恋をしてやる。
その心意気を、決意を更に固めて、ビルのふちから大きく飛んだ。
限られた残機が体全身に、打ち付ける風は最後の味と言える。
地上が見えた瞬間……俺の意識は消し飛んだ。
「とまあ、こんな感じで俺は転生したみたいだ」
俺は転生した経緯を話し終えてから、果実をもう一つ手に取って齧った。
果肉から溢れるジューシーな果汁は口の中に広がって、血液をめぐって筋肉にも栄養を伝えてくる。
――ああ、この世界の果実うめぇ!
俺はふと、プルプル震えて見てくるマナミに視線がいった。
その瞬間だった、テーブルに力強く手を叩きつけながら、まったりとした物言いのマナミは振り絞ったように声を出したんだ。
「クロジ。命を軽く見すぎ。……あなたの生み親は! 支えてくれる人は! 後世に残すべきものはどうしたの!」
「そうか。……マナミには先に言っておくか」
俺が筋肉以外を頼らない、その理由を。
それにマナミは魔女だ。俺の転生した目的であり、恋をしたい相手だから。
自分勝手なのは知っている。
だから、魔女には言葉にしてもいいと思った。
「俺の両親は、法律に殺されたよ」
「……法律?」
「そっか、ここじゃ法律はないのか。えっとな」
普段筋肉に頼っていたおかげで、普通に話すのは難しいと初めて知った。
「マナミに分かりやすく言えば、俺が閉じ込められていた牢の中で、何も与えられずに殺されたんだよ」
「クロジは、それで生きていた」
「俺は生きられても、両親は違うさ。無実で死刑になっただけだからな」
「どうして。どうして、あなたの生きた世界は、命がそんなにも軽いの?」
マナミは、命に対して深く関わってくる。
椅子に姿勢を正して座りなおしてまで、聞きたいと伝えてくる。
「ルールを守る。だけど、ルールの中で暴けなければ、それは命ある選択肢が死に絶えるしかないんだよ」
「……この島とは、随分と違う」
「まあ、筋肉は一緒だから気にするな。それと、俺は筋肉一つ、幼い時から一人で生きてきたから、ルールは俺のためにある」
「クロジ。あの王はきっと許す、だけど私は許さない」
つまりはあれか、マナミの管轄内では従えと言いたいのだろう。
俺はマナミに助けてもらった恩もあるし、魔女だから従え、と筋肉が伝えてくるから無問題だ。
「筋肉は魔女様の言う通りにするってよ」
「自立型の筋肉……聞いたことない」
「俺の筋肉は神を食らうからな」
「神は空想……ああ、ならクロジは空想、変質者だから関係ない」
「今、さり気なく馬鹿にしたか?」
首を横に振るマナミは少しだけ楽しそうに、右ワンサイドテールを揺らしていた。
「クロジ、王国に近寄らなければ、ここを自由に使って」
「いいのか? 俺はてっきり、外に放り出されると思ったんだが?」
「そのつもりだった。でも、考えが変わった。あなたを放り出しておく方が、勝手にどこか行きそうで危険」
俺が食料を置いた場所は、明らかに急ごしらえの犬小屋みたいなものだった。
マナミの話を聞くに、本来はそこに住まわせる予定だったのだろう。
「マナミ、優しい魔女なんだな」
「私は優しくない。兵士にも言われてる、絶島の魔女……国を守らないといけないの。それに」
それに、と言いかけたマナミは首を振った。
さり気なく自分の事を話すマナミは、やっぱり優しい。
魔女なのに皆を守る、俺が知っている御伽話の魔女とは段違いだ。
マナミの役に立つ、もしくは筋肉でマナミを助けられれば、少しくらいは気を許してもらえる可能性があるのだろうか。
筋肉もそのためなら動きたいと、俺と意見は一致している。
「話は終わり。食べ終わったら、片付けて、綺麗に」
「おう。マナミの為なら何でもしてやる」
「距離、近い。やっぱり、噂通りの変質者」
「そうか、俺はマナミが噂で聞いていた魔女とは違って、少しおど――」
瞬時に光のような魔法で俺という輪郭を焦がしてくるマナミのおかげで、魂が筋肉を引き寄せた。
偶然かと思ったが、筋肉は魂であり、魂は筋肉で間違いないようだ。
ふと思えば、マナミの魔法によって、布切れで隠された俺のダンディな獣がお見えしそうだ。仮に、この先も魔法を撃たれると隠しようがない。
「あなたなら、少しは信用できるかも。よろしく、クロジ」
「すまないが俺は筋肉が、魔女を絶対信用と言っているんだ。マナミ、よろしくな」
この日から、俺と魔女……いや、マナミとの生活が始まった。




