64 全力をぶつかりあえる相手であるのなら
島が、空が、国の人が、ドラゴンが…勝負場に立つ、俺とマナミを見ている。
マナミとの戦いに、恐れはない。
全てをぶつけられずに、悔いを残して、先に進めなくなる。恐れるのは、それだけで十分と知っているんだ。
「いくぞ」
「来て。クロジ」
俺は瞬時に足に力を籠める。
幾つもの光を紡ぎ、マナミの眼前に俺は既に迫った。
「ふん!」
迷わず、俺は拳を突き出した。
拳の先から目を逸らしこそしなかったが、結果に言葉が出なかった。
――突き抜けない。いや、違う。
俺の拳がマナミの空間に、壁のような厚みを拳が覚えた。
周囲に強烈な風を巻き起こし、ぶつかり合っている。
ふと、ぼんやりとする視界。その中に、俺とマナミの間を隔てるような輪郭が映っていた。
マナミはローブが激しく背になびく中、俺に微笑み、片手を前に出している。
「……何度も見てきた。私の魔法は、それすらも凌駕しているの」
ぶつかりあう拳と魔法。
吹き荒れる風圧は全て周りの空間が吸収しているのか、島自体に被害はなさそうだ。
マナミは俺の心配を手に取るかのように、口を開いた。
「クロジ。手加減しなくてもいい。……全力で来ないと、私は魔女として、あなたを選定する」
「距離を取ったところで、魔法がどこからともなく来るから、拳一つの俺にとっちゃ難しい話だな」
「そんな無粋な真似、島の民の前ではしない」
瞬く間もなく、マナミの周囲に大小さまざまな光の弾幕が浮かび上がっている。
俺は距離を取るために、空間に拳を当てつつ、風圧の勢いを利用して後ろに飛んだ。
そう……飛んだはずだった。
「なっ!?」
「――再現性の無い魔法。魔女の宴を、此処に」
離れたはずの場所に立っていた俺は、マナミが放った弾幕全てを身で受けたんだ。
筋肉が無かったら、間違いなく即死していただろう。
腕を上手く挟んだが、着ていたベストは破け飛び、両腕が黒く焦げている。
――おかしい。
威力を伝えるように土台である石が抉られた。
腕が魔法を受けて、痺れている。
俺は確かに、マナミの魔法を避けるために、後ろに飛んだ。
それにも関わらず、マナミの前で魔法をもろに受けた。
筋肉ですら把握しきれない初見殺し。
やっぱり、マナミは俺の憧れる……いや、恋をしたい魔女で、誇りだ。
焦げた両腕を見ながら、俺はマナミに苦笑を浮かべる。
「油断した。やっぱり、魔法か」
「次」
「話す隙も無い、と」
俺はマナミと距離を取った。
刹那、俺はマナミの前に居る。
マナミは既に、周囲の風を刃の形状に変え、瞬く間もなく放ってきた。
焦げた腕が宙を飛んだ。
「だっぁああ……」
遮断しているはずの痛みが後からやってくる。
吹き飛んだ両腕が鈍い音を立てて、赤いペンキを吹き散らしていた。
吐き出す息が、土台に赤色の花を咲かせている。
俺はマナミと距離を取りたいが、戻されるに近い状態だ。
マナミから視線を逸らさないようにして、腕の再生を遅らせつつ、思考を巡らせた。
魔法にしては、明らかに練度が違いすぎる。
マナミが持つ魔法。
再現性の無い魔法だが、その場にあるものを現、この場で見えないものを実体化する魔法だ。
光の弾幕、風の刃、空間を隔てるほど幾重もの実体化、をマナミはこの場で見せている。
――その場から一歩も動かないで使う、制限でもあるのか?
否だ。俺がこの場に戻るからこそ、動く必要がない。
わずか秒にも満たない中、少ない情報をまとめた俺は考える。
しかしマナミはそんな時間を、許すはずがないよな。
「次」
「またか!」
何度躱しても、何度防御態勢を取っても、その瞬間には無防備で同じ場所に俺は立っている。
風の刃に串刺しにされた、光の帯に何度も包まれた、空間を破壊されるように体を壊され続けた。
一方的なワンサイドゲーム。
周囲からはどよめきの声が上がり、魔女を恐れる、魔法を恐れる声が……風に舞っていた。
エルリッシュ王とメグちゃんの声すらも、聞こえてしまう程に。
「魔女め、力を秘匿……いや、本能でも掴んでいたか」
「姉たまに負けてほしくない。でも、でも、クロジたまぁああ! 頑張ってぇええ!」
いくら再生できる、いくら魂で筋肉を観測できると言っても、手出しができない一方的な状況。
何度目かの死を知り、ついに俺は膝をつき、地に視線を向けてしまった。
「……クロジ。確かに、魔女である私やメグに……魔女の台にまで登り、筋肉だけで武を示したのは認める。でも、あなたは魔女本来の恐ろしさを知らない」
見下すように云うマナミの声色に、一切の躊躇は見えない。
俺はマナミに負けている、それが今の事実だからだろう。
マナミは俺に魔法を向けているのか、赤く眩い輝きが視界へと映り込んでいる。
祭典の最後として、とどめを刺そうとしているのだろう。
地に映る影が、静かに揺らめく。
……俺は、何を忘れかけていたんだろうな。
何よりも、誰よりも、俺はマナミの事を強く想ってきた。
マナミが居てくれたから、マナミが居るから、俺はここまで歩めたんだ。
それなのに一つだけ、重大なことを頭に入れていなかった。
マナミに何度も相談されて、俺の方からも持ち掛けていた、話なのに。
「終わりにしましょう、クロジ」
その言葉と共に、視界に映る全てが赤く染まり始めた。
俺は自然と立ち上がり、迫る赤き光を拳で宙へとはじいた。
赤い光が宙で弾け、島全体を揺らしている。
揺らされる衝動。立ち上がった俺の腕に、心臓の位置から手の先に向けて一本の光の線が走っている。
マナミは動揺したのか、この時、初めて焦った声を出した。
「どうして……」
「何も不思議がることはないさ。俺の体は本来、筋肉で出来ていた。あの日食べた魔法が体内で過去を更に加速させ、メグちゃんにかけられた魔法が、俺の筋肉に魔法への耐性を強めただけだからな」
何を言っているのか、俺が一番理解している。
今、この場に立つ俺は、幾重もの俺が紡いだ俺だ。
俺は一人であり、クロジという存在の一人だからこそ、紡がれた全てが俺に流れ込んできている。
いつかの時なら、魔法すらも筋肉で少しは使えたように。
息を吐けば、世界がゆっくりと動き始める。
細胞の一つ一つ、流れる血の加速、肌に触れる不確かな風、その全てを今なら鮮明に感じ取れるんだ。
慣れない感覚だからこそ、時間の流れをよりゆっくりだと思えるのだろう。
気づけば、手の甲に不思議な紋様が浮かび上がっている。
「マナミ。俺は、筋肉が持つ拳で、全てを貫いて繋げる」
「やっぱり、クロジは危険。でも、そのおかげで全力を出せる」
マナミの周囲に、今まで使った魔法が浮かび上がる。
影か、風か、光か、水か、一瞬の隙すらも見逃さない物量。
俺は息を吐き出し、その魔法一つ一つに拳を振るった。
瞬間、拳を振るう前へと戻っている。
だが戻った瞬間に、拳を振っていたんだ。反射的なものではなく、未来を目指した拳がここにはある。
一つに集約された魔法を、一撃で粉砕した。
「……気づいたの」
「マナミ、あの力、完全に魔法との共存を選んだだろ?」
「クロジは、よく見てる」
微笑んだマナミは更に、魔法の物量を上げる。
再現性の無い魔法。
あれは元来、その場にあるものしか実体化できない、一度きりの魔法だ。
一つ疑問だった、なぜマナミは同じ魔法を何度も使えるのか。
それは簡単な話だったと、今なら云える。それは、マナミが魔法を使った後、魔法として使われていないことになっているからだ。
マナミの持つ、あの力。
時間にすら干渉する、破壊する力だ。
その力が再現性の無い魔法と共存した今、マナミが望んだ範囲の時間であれば、容易く破壊できるだろう。
俺が何度もその場から離れられない状況に陥っていたのは、それを実感できなかったからだ。
数秒前だろうと、数分前だろうと、破壊された時間を相手が感じる間もなく、誤認として記憶が書き換えられているのだから。
全てが一本の線上で繋がっているのであれば、壊した時間を今の時間で過去を上書きすることで、あった未来は再現性の無い時間へとなる。まさに、マナミの魔法の真理だ。
幸いなことに、過去へ戻ったわけではなく、過去にあった分岐自体が無かったことにされる。
つまり、未来は現在、過去から見た未来が現在の状況へと変わってしまう。
厄介極まりないが、俺はそこを筋肉で貫けばいいだけだ。
気づきを得てから、魔法と筋肉を何度もぶつけ合わせ、お互いに疲労困憊、息が上がっていた。
「はあ、はあ……俺の体力的にも、マナミを本気で相手取れるのは、これが最後になるな」
「……クロジ、私は、今までの全てをぶつけるから」
マナミのローブが激しく乱れる。
吹き荒れた風が右ワンサイドテールをあらぶらせ、結んだアクセサリーが光を乱雑に反射していた。
俺に向けて突き出されたマナミの腕は、光を手のひらに集約している。
――懐かしいな。
俺はあの光を、最初に受けた。
今じゃあの時と比べれば、威力も、覚悟も、魔法も違う。
マナミに応えるように、俺も腕を引きながら構える。
「再現性の無い魔法」
地面を抉りながら、光線は俺の眼前へと迫っていた。
「最後だぁああああああ!!」
俺は声を振り絞り、構えた拳を上から振り下ろす。
紋様がより一層強く輝く中、光線を地面へとねじ伏せる。
刹那、勝負場は白い光を発し、亀裂を生み、大きな音を立てて砕け散ったんだ。
――光が収まった時、俺は地面へと膝をついた。
目の前のマナミは傷一つなく、唯一壊れずに残った石の足場に立っている。
「負けだ。やっぱ、マナミには勝てねぇや」
「私は、魔女だから」
浮かんだ石の足場に座るマナミは、俺を見下ろしている。
その時、エルリッシュ王の声が全体へと響き渡った。
「両者の意を決し、この祭典の行方、絶島の魔女とする!」
俺とマナミを称えるように、国の人が、ドラゴンが、島が、惜しみない拍手や声援を送ってきたんだ。
ずっと余韻に浸っていたいが、俺は先に進まないといけない。
疲れ切った身体に鞭を撃ち、立ち上がる。
ゆっくりと目の前に降り立ってくるマナミを見て、俺は言葉を交わす。
「……マナミ。俺は、約束通り、行くよ」
「……クロジ、これを」
マナミはそう言って、俺の手を両手で包んできた。
小さな手の平から、優しい温もりが、体温が伝わってくる。
消えかかっていた紋様がまた、輝きを取り戻していた。
「マナミ。俺が帰ってくるまで、エルリッシュ王とメグちゃんと一緒に居てくれ」
エルリッシュ王とメグちゃんを見ると、黙ってうなずいてくれた。
「クロジ。いってらっしゃい」
「いってきます、マナミ」
俺は飛ぶように地を蹴り、南西へと瞬時に向かった。
――俺にとっての戦いは、終わってなんかいなかったんだ。
「……私も、後で行くから」
マナミがぽつりと呟いた言葉を、向かう俺はついぞ気づかなかった。




