表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
恋した魔女の中で生きる  作者: 菜乃音
第二章

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

62/67

62 筋肉として、魔女として、交差する立場があって

 俺はお風呂に浸かりながら、ぼんやりと夜空を眺めていた。


 ――明日は、マナミとの……。


 伸ばした手から、水滴が落ちていく。

 お風呂のお湯に跳ねる水滴は、俺の心を刺激しているようで気恥ずかしさがある。


「クロジ」

「ま、マナミ!?」


 水面が揺れて、近づく反響。

 水音がゆっくりと、徐々に、鼓動を刺激してくる。


 後ろを振り向くことをしないのは、俺が男としての意志ではない。

 マナミをただ、大事にしたい、その想いがあるからだ。

 マナミの事を一番に思っている。それは、筋肉を優先するのと同じほどに、俺にとってマナミはかけがえのない存在……マナミ以外は考えられないだけだ。


 魔女に恋をしたい。その願い一つでここまでやってきたが、マナミ以外の魔女と深く関わったことは一度もないのだから。


「嫌、だった?」

「嫌じゃない。むしろ嬉しいというか、マナミは……いや、嬉しい。俺以外に、無防備な姿をさらすな――」

「クロジだけだから。それに、お風呂は、ここしかない。クロジ以外とは、入りたくない」


 マナミが心を許してくれているのならいいが、少しは警戒心を持ってほしいものだ。

 とはいえ、一瞬で魔法の光に包まれた時点で、いつでも覚悟はしておいた方がいいのだろう。


 この場だと立場が逆な気もするが、魔女と筋肉ではここまで差があっても仕方がない。


 思わず息を吐き出した時、背中にぺったりとくっつく、小さな手のひらの感触があった。

 唐突なことに震えてしまったが、マナミが大胆なのは今に始まったことではない。

 マナミは何かと大胆な時もあれば、慎重な時もあるほどに、マイペースの権化そのものなのだから。


「マナミ。今日はどうして一緒に?」

「……クロジ、明日のお祭り、緊張してるのかな、って」

「……よくわかるな」

「クロジは顔に出るから。それに、私も緊張してる。だから、一緒だったら、いいなって」


 恥ずかしそうに言うマナミは、手を動かしたのだろう。

 揺れる水面がマナミを中央にして広がり、体に伝えてきたのだ。


 マナミも緊張している、と分かったのは気恥ずかしいものではある。


「そうだな。一緒だ」

「嬉しい」

「マナミ、素直な気持ちには正直だよな」

「そういうの、言わなくていいの」


 くすくすと笑うマナミを中心にして緩やかに広がる水面の波紋は、彼女の気持ちを露わにしているのだろうか。


 俺が望んだ、魔女に恋をしたい、そんな願いが叶っていたのなら……叶ってこそいるが、その先をついつい望んでしまう。


 今までの記憶なら、俺はこの時点を知らない。そう、知らない筈だ。

 大魔女であるナトゥーラと対峙し、必ずマナミによって俺の物語は涙に呑まれて終わる。

 涙を流してくれる存在が、俺は辛かったのに。


 誤魔化すように、空を見上げた時だった。


「っ、いてぇっ……」

「クロジ? 大丈夫? 具合、悪い?」


 空を見た瞬間、記憶がかき混ぜられた気分だ。

 筋肉のいたずらなら笑えるが、どこか違う感触に、何とも言えない。


「……大丈夫だ。少し、思い出しただけだ」

「クロジは、ずっと、ずっと、繰り返してた……」

「まあ、所謂輪廻転生みたいな状態ではあったな。筋肉の発作だ、気にするな」

「……隠しごとは、恋以上になるのなら、私はきっと消す」


 マナミの言葉に、俺は振り向きたくなった。

 それでも振り向かないのは、素肌を露わにしているマナミをタダで見るつもりがないからだ。タダで見ることはできないと、重々承知していても、だ。


 直接素肌に触れていなければ、なんて言葉をマナミは以前言っていたが、きっと忘れているのだろう。


「そういや、マナミはどうして一緒に?」

「そうだった……!」


 話題を逸らしたつもりだったが、マナミは本当に忘れていたようだ。

 天然なのか、マイペースなのか、どっちもマナミらしくて微笑ましい。


 後ろを見ていないのに、マナミが呼吸を整えていると知っている。


「クロジ」

「ああ」

「――明日の祭典、私はクロジに、今の私を全てぶつける。だから、クロジも本気で、来て」

「……それ、別に対面した時に言えば……そういうことか」


 俺は理解した。

 マナミはきっと、国の人が見ている中では、魔女として振舞うだろう。

 だからこそ、今ここで宣言した。


 魔女としての威厳を俺の前では捨てて、マナミはただ一人の女の子として、一人の個として、俺に言葉を贈っている。


「マナミ。俺の拳は負けない。だから、マナミも全力で来てくれ」

「クロジらしい。……でも、私は絶島の魔女。簡単に負けないし、負けるつもりで戦わない」

「まあ、殺し合いじゃないからな。ただ、俺はこの戦いに、想いを伝える気だ」


 マナミは魔女だ。

 俺が恋をしたい、魔女だ。

 魔女だからこそ、俺は負けない。

 たとえ戦いに負けたとしても、歩いた道に答えはあったし、この先も、さらに先も、俺はマナミと歩むと決めている。


 負けないのは筋肉が残してくれた、俺の記憶に誓ってでも、全ての終着点にしたいからだ。


 ――筋肉よ。俺は、俺は、俺らしくいるか。


 眺めた空。

 その先に、置いてきてしまった俺は居るだろうか。

 空の先、時間の先、空間の先、俺の拳は全てを貫いて届けられる。いや、届けなければいけない、穿たなければいけない想いがあるんだ。


「■■■としてじゃない。私は、マナミ。クロジにもらった名前に恥じない、クロジがずっと追い求め続けたいと思える、魔女」

「大丈夫だ。俺はマナミ以外に興味ないし、たとえその他の魔女が相手だろうと、俺はマナミ以外には負けないさ」

「そういうこと、サラッと言うの、変質者」


 何度も聞いているはずなのに、変質者、なんて久しぶりに聞いたものだ。


 ――驚いた……。マナミ、本当にいたずら好きだ。


 ふと気づけば、背に柔らかな感触を感じた。

 正面に回されている、お湯に滴った白い腕。

 小さな手が重なって抱きしめてくる。だからこそ、背に当たる餅のように膨らんだ柔らかい感触を覚えてしまう。


「……マナミ。嬉しいよ」

「変質者」

「そうかもな」


 お互いに笑っている。

 その鼓動が重なって、理解できた。


 暫くしてマナミが先に上がろうとした時、俺は振り返らずに止めた。


「マナミ、お風呂から出た後――頼みたいことがあるんだ」

「クロジの頼みなら。私にできることなら、全て……」


 背合わせで交わした約束。

 どうして生き残るのか、どうして生きるのか。

 俺とマナミは最初こそ持ち合わせているものは違った。だけど今は、お互いがお互いを尊重している。


 交わした言葉は、水面に揺れる波紋として静かに交じり合っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ