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恋した魔女の中で生きる  作者: 菜乃音
第二章

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61 咲き誇る花は美しくあるべきだ

 あれから、国中を見て回って、帰路を辿っていた。

 この世界には夕方の概念が無いのに、俺の見える世界……いや、体感はどこか夕方の、そして別れるような雰囲気を感じている。

 マナミとは同じ場所に帰れる、そんな関係であるはずなのに。


 ――そういや、渡すタイミングが無かったな。


 森に入ったところで、俺はポケットに触れていた。

 ポケットには布袋の感触がある。それと同時に、あのお店でもらったアクセサリーの形がしっかりと伝わってくるんだ。


 マナミに渡すタイミングはいつでもあったのに、渡すタイミングが無かった。


 マナミは、俺の好きにしていいと、その言葉と共に渡してきた。

 今までなら、意味が分からなかっただろう。

 分かっているのか、と聞かれれば、今でも分からないに近くはあるが。


 それでも俺は、貫き通したいと思った気持ちがあるから、答えが無い答えを知っているんだ。


「クロジ」


 静寂。

 その空間に音を響かせたのは、マナミの声だった。


 繋いだ手を辿るように、俺はマナミを見ていた。

 木々の隙間から差し込む光の刃が、微笑むマナミの眩しさを加速させてくる。

 ほんの数秒。そんな時だったはずなのに、何分、何時間と、マナミを見ていた気がする。


 黒髪は少しばかりの光すらも吸収して、艶めかしく輝いている。

 森の妖精、と言っても差し支えないほどだ。


 絶世の美女、なんて言葉だけでは物足りないほどに、マナミは魔女としても、存在としても完成されている。


 見惚れていた気持ちに首を振って、声を吐き出す。


「どうした?」

「そ、その……一緒に見たり、食べたり、回ったりしたの、どうだった?」

「楽しかった。マナミといつも一緒にいるけど、やっぱり、俺はマナミが好きなんだって確信したよ」


 何気なく言ったのだが、マナミは顔をじんわりと赤くしていた。

 不完全な明るさの中でも分かるほどに、白い肌はお化粧をしている。


 左右に揺れるワンサイドテールが、マナミの感情を代理していたら、なんて思うのは野暮なのだろう。


「でもさ、俺は満足してない」

「どうして?」

「どうして、って言われたら、その……」


 どうして言葉に詰まっているのか。

 マナミに髪留めを渡せていないから、と言えば済む話だ。


 彷徨っている。

 終わってしまう。

 終わりたくない。

 まだ見ていたい。


 幼い一面が多いとマナミをみていたが、実際は俺の方が多いのかもしれない。

 楽しいを終わらせたくない、幼い頃にずっと続くと思っているべき感情が、今になって邪魔をしてくる。


 繋いだ手を離さないように、俺はただ歩幅を合わせた。


「魔女に恋をしたい。その延長を、望んでるからかもな」


 少し、うつむきながら言ってしまった。

 曇る必要は無いはずなのに、顔には出さないようにしていたはずなのに。


 俺はマナミに何も出来ていない、あげてすらいない。

 貰ってばかりで、何も返せていない、ダサい筋肉だ。


 筋肉に顔向けできないくらい、俺は……。


「……えっ」


 その時、頬に触れる温かさを見つけた。


 驚いて目を見開けば、マナミが背伸び気味に、俺の頬に手を触れさせていた。

 小さな手なのに、それ以上に大きな手のひら。


「クロジは傍にいる。ずっと、この先も。絶島の魔女の名が果てない限り、付き人だから」

「……それ以上を望まないのは、マナミらしいな」


 マナミが首を傾げているのを見るに、理解していないのだろう。

 とはいえ、恋は駄目、と言ってくる魔女だから当然かもしれない。


 そんなマナミを鼻で笑うと、ぷくりと頬を膨らませている。

 何気なく可愛い一面を見せてくるのが、マナミの良いところで、戸惑う鼓動にとっては毒のようなものだ。

 下手すれば、大魔女の毒よりも恐ろしいが。


「クロジにも、恐れる感情はあった」

「どういうことだ?」

「内緒」


 マナミはそう言って、俺の手を引いてくる。


 今まで永遠と続いているような感覚だった木々が退いていくように、森全体へと明かりを吸い込み始めたようだ。


 流れる時間。なんて言葉じゃ足りないほどに、マナミに引かれた手から先へと、光は後ろへとかけ流れていく。


 手を引かれていた時間はあっという間で、森を抜けた先にある帰る場所が見えた。

 丘上の終点、獣道のように続く地の道の先で待つ、二階建てになった木の家。


 マナミは口を閉じていたが、手の先から触れる温もりは、愛おしいほどに冷たくない。

 呆気に取られていた俺は、何も声をかけられなかった。

 声を喉の奥から出そうとした、その時だった。


「終わりはいつか必ず来る」


 マナミのその一言で、世界の景色が変わった。

 変わったわけではなく、太陽が入れ替わるように、月へとバトンを渡しただけだ。


 マナミとの時間はあっという間だったようで、長かったような。


「でも、終わりが来たとしても、終わりを辿ったもの達は刻まれてるの」

「マナミ?」

「私は時間が嫌い。だから、クロジも分かってくれたら……えっと、その、嬉しい」


 恥ずかしそうにもじもじして、白いローブの裾を揺らすマナミ。

 差し込んだ月明かりがマナミを照らし、上目遣いで見てくる黄緑色の瞳を妖艶に輝かせている。


 空は既に黒く染まっている。それなのに、目の前に星があるようで、俺の目の前に星自体が降ってきたみたいだ。


 俺は思わず、笑っていた。

 声は出していない。微笑んだ、に近いのかもしれない。

 笑い方は生まれた時から覚えていたはずなのに、今では忘れてしまったように、ぎこちない笑い方だ。


 俺は自然と、ポケットに手を入れて、布袋を取り出した。

 マナミが俺の言葉を待ってくれているかもしれないのに、俺は布袋から取り出した髪留めを手にして、ゆっくりとマナミに手を伸ばした。


「やっぱり、これはマナミが持っててくれ」

「……え?」

「貰いものかもしれないけどさ、俺はマナミが好きだから……マナミのおしゃれしている姿を目に焼き付けたいんだ」


 マナミの右ワンサイドテールを崩さないように、俺は糸を回し、双葉モチーフのアクセサリーが前を向くように付けた。


 今までマナミが、合うものが無いから、と魔法で結んでいたその髪に、俺は自分の跡を入れこんだ。


 右ワンサイドテールに結ばれた髪留め。

 銀色の双葉はゆったりと星粒のような輝きを控えめに出しながらも、黄緑色の宝石がマナミの瞳と相まって、一体感を醸し出している。


 マナミに似合うと思った。それは間違いなかった、と俺は断言できるほどに、マナミに見惚れている。


「似合ってる。ああ、俺が保証するほどに、マナミにその髪留めは持っていてもらいたいほど、似合ってる」

「あ、ありがとう。クロジ、その……」

「どうした?」


 マナミは軽く肩で息をしてから、柔く笑みを浮かべた。


「クロジからもらえて、嬉しい」

「……俺も、マナミに渡すことが出来て、嬉しいよ」


 嬉しいという言葉を気兼ねなく使える日が来るとは、筋肉は思いもしていなかっただろう。


 髪留めに手を触れさせるマナミは、また一段と、笑みを咲かせた。

 双葉のアクセサリーも相まって、花が咲いた……いや、元から咲いていた花がより美しく、咲き誇って見えたのかもしれない。


「クロジ」

「……ああ」

「料理、美味しいもの作って」

「マナミらしいな。デートの最後を飾る、それほど美味しいものを作ってやるよ」


 俺はマナミの手を取り、ゆっくりと家に向かって歩いた。

 ただ歩いていた森の時とは違い、動かす足が軽く思えている。


 きっと俺は、マナミに渡したい、そんな不安に押しつぶされていたのかもしれない。


 ドアを開けると、灯った火の明かりが外へと溢れてくる。


「ただいま、マナミ」

「ただいま……クロジ」


 マナミが家の中に入ってから、俺はドアを静かに閉める。

 その時、庭に生まれた双葉が月明かりで輝いているように見えた。

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