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恋した魔女の中で生きる  作者: 菜乃音
第二章

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60 原石に似合う宝石はある

 お店に入った瞬間、俺は思わず息を呑み込んだ。

 運命の悪戯。そんな言葉を贈りたくなるほどに、俺は自分の好奇心を疑ってしまう。


「小物やアクセサリー専門だったか」

「他の魔女にとっては……価値の無いもの」


 マナミはテーブルに並べられている宝石を見て、水槽の中を覗くように呟いていた。

 今日ばかりは見ないと思っていた、感情の無い感情。

 マナミが他の魔女について触れるようなことを避けているのは、傍にいる俺が誰よりも知っている。


 まさか、宝石やアクセサリーが引き金になるとは思いもしなかったが。


「……出るか?」


 俺はマナミが嫌だと思うのなら、今すぐにでもこの場を去りたかった。

 マナミの悲しむ……いや、何かを抑え込むような感情を、見たくないだけだ。

 俺が自分勝手なのは今に始まっていなくとも、今日という日くらい、マナミの笑顔を見ていたい、ただのエゴだ。


 マナミの言葉も聞かずに、背を向けようとした時だった。


「マナミ……」


 ベストを引っ張られるような感覚があって後ろを向けば、マナミが引き留めるように掴んできていた。

 その顔には、動揺も、不安も、先ほど見えた陰りもなかった。


「クロジ。私、まだ見たい」

「そうだな。もう少し見ていくか」


 テーブルに置かれている宝石やアクセサリーを眺めるマナミは、何を考えているのだろうか。


 向き合うことについては必要かもしれない。だけど、絶対に向き合え、なんて都合の良い言葉を使う気はない。


 俺はマナミを横目に、店内を見渡した。


 人々が行き交っていた外とは違い、外の光を遮る内側の静寂。

 耳を澄ませば、呼吸の音が聞こえそうな程に。


 少し通りから離れているとはいえ、ここまで賑わい声を遮る造りは神業に等しいものだ。下手すれば、防音室よりも防音している可能性だってある。


 ――これも、デートだからいいのか。


 俺は正直、デートを知らない。

 それでも、マナミとどこかに行く、マナミの傍に居る、ただそれだけでも心は満たされている。

 筋肉は拳として割り切ったが、どうしても人肌を求める時があった。

 その時に、必ずと言っていいほど、今はマナミが居る。


 この先の答えはまだ知らない。

 答えを知るのは今じゃなくてもいい。だけど、今という道なりを、俺は知りたいと思えた。


 普段とは違う白いローブに内側ワンピース。そんな姿をしたマナミを宝石よりも、アクセサリーよりも目にしていたい、そう思えている。


 ……俺は、少しくらい変われたのか。


「……ロ……クロ……クロジ」


 気づけばマナミが呼んでいた。

 俺は思わずボーっとしていたようで、マナミが声をかけていることに気が付いていなかった。

 マナミはぷっくりと頬を膨らませては、付き人だからしっかりして、とでも言いたげな視線を向けてくる。


「すまない。どうした?」

「違う」


 マナミはそう言って、首を横に振っていた。

 左右に揺れる右ワンサイドテールは、マナミの動作と重なって緩やで優雅な滑らかさを見せてくる。


 それなのに、何かが足りないように見えた。


「違うって、どういうことだ?」

「クロジ。何を見ていたの?」


 どうやらマナミは、俺の視線を追っていたようだ。

 マナミは時折俺の視線を辿っているが、それを知ったところで何かあるのだろうか。


 同じのは見えないまま、それだけでも良い気もするが。


 だけど、誤魔化すのは良くない気がした。

 俺は探すように、宝石に目を通してから、アクセサリーを視線だけでたどる。


 磨かれた宝石であるもの、原石であるもの、と元居た世界じゃ見ることのない加工技術や原石が視界内を泳いでいる。


 アクセサリーに至っては、島の自然をモチーフにしたものや、女性が使うようなヘアゴム的なものが置かれている。

 どれも見ただけで分かるほどに高品質で、職人が丹精を込めて作った、と直感に直接伝えてくるようだ。


「これ、マナミに似合いそうだな」


 俺は思わず、目についた物を手に取った。


 一本の糸で括られている髪留め。


 双葉がモチーフになった、銀色のアクセサリーが付いたシンプルなものだ。


 合間に見える糸ですら作りが凝っていて、きめ細かな繊維が一本ずつ丁寧に編み込まれているだけでなく、髪に対して摩擦が限りなくゼロに近いものだ。

 この髪留めを付けた程度なら、摩擦で髪を駄目にする、なんてことが無いと言えるほどに。


 そして無駄に目立つようなものでもなく、双葉の中心に黄緑色の宝石のようなものがはめ込まれているのがお洒落だと思える。


 俺が手に取ったものを覗くように、マナミが背伸び気味に見てきた。


 マナミの視線の高さまで手を下ろすと、ほのかに口角を上げたような。


「クロジ、これ欲しいの?」

「俺が欲しいっていうか……いや、欲しいな。これなら、マナミに似合うって俺が断言できる」

「クロジの印付きだと、信用性が無いような」

「なんでだよ」

「冗談。それ、貰っていこう」


 マナミはそう言って、俺の手から髪留めを取り、勝手を知っているようにお店の奥へと上がっていった。

 老女と思しきご老体の拝むようで驚いた声が聞こえてきたが、マナミの立場は一体どうなっているのだろうか。


 暫くして、マナミは小さな布袋を手に戻ってきた。


「クロジ、お待たせ。もらってきた」

「それ、簡単に貰っていいものなのか?」

「うん? そもそもこのお店自体、王や側近、王が返礼品として指名してないと入れないような場所」

「なんでマナミは……いやまあ俺もだけど、簡単に入ってんだよ」

「私は魔女。絶島の魔女」

「便利な言葉だな」


 苦笑していると、マナミは持っていた布袋を手渡してきた。


「それに入ってるから、クロジの好きにして」

「……分かった。マナミ、次はどこに寄って行く感じだ?」


 布袋をズボンのポケットに大事に入れてから、マナミの手を握った。


 マナミが俺に託してきた時点で、この髪留めは俺の所有物に変わったのだろう。

 それでもきっと俺は……。


 妄想を浮かべながらも、横で楽しく笑みを浮かべるマナミを見て、共に外に出るのだった。

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