59 果実を愛せよ
国に着いてから、出店の並ぶ、城に続く道沿いを歩いていた。
どうやらここら辺のお店は、新鮮なものが並んでいたり、職人が厳選したものを並べたりする……所謂市場みたいなものらしい。
マナミとのデートを何気に意識してしまった俺からすれば、隣で歩いているだけでも鼓動がうるさいほどに痛い。
それよりも、手を繋いで歩いているのがむず痒い。
マナミが楽しそうにしているからいい、なんて頭では思っているが、魔女に恋をしたい、それ以上を求め始めているのは分かっている。
ただ何気なく会話をして、未来も傍に……ずっと一緒に居たい、そんな本音を隠しているせいだろう。
「クロジ?」
「ああ、すまない。考えごとしてた」
「せっかく王国に来てる。だから、楽しまないと駄目」
もう、なんて口元に指を添えながら言うマナミは、破壊力が抜群だ。
――にしても。
先ほどから通りすがる国の人たちが、マナミを見る度に珍しそうにしているのが気になる。
マナミが視線を集めやすいのを知っていたとしても、普段とは違う白いローブだからこそ、より目を奪ってしまうのだろうか。
魔女であるマナミを強襲する奴は……二人を除いて国にはいないと信じたいが、念のため、近くに寄せるように握った手を強めておく。
この手を離さないように。ただ俺のエゴだ。
マナミは少し距離が縮まったのもあってか、驚いた様子を少し見せたのも束の間、安心したように体を寄せてくる。
むず痒さもあるが、警戒されていないのなら良いものだろう。
「どうした、マナミ?」
「こっち。あれを見よ」
マナミがそう言って近づいて行ったのは、果実を売っている出店だ。
様々な色や形の果実が置かれており、どれも採れたて新鮮と謳っても違和感はない。
宝石のように黄緑色の瞳を輝かせながら果実を眺めるマナミは、果実に対する愛が凄まじいものだ。
俺もマナミの影響か、休憩がてらに果実をよく食べると言ってもいいほどに好きになったので見てしまうのだが。
恋をしたい魔女だからこそ……いや、好きな子に近づきたい、そんな思いが交差しているようで何とも言えないものだ。
「マナミ。少し買っていくか?」
「クロジ払えるの?」
「え?」
俺はマナミに言われて、初めて果実が置かれている土で造られた台を見た。
元居た世界のように、値札があったり、値段が付けられていたり、なんてことはない。
純粋に果実が置かれている、ただそれだけが事実だった。
価値がわからない、それが答えになっている。
俺は基本的にマナミが手にしたもの、渡されたものを運んでいただけで、今まで通貨なるものを意識したことが無い。
俺は本当に、恵まれていただけにすぎなかったんだ。
どういう価値なのか、と考えることを放棄した時、マナミが手を引っ張ってきた。
「クロジに言ってなかった。この国だと、対価は支払い」
「……どういうことだ?」
「働くものには生き残る糧を。奪うものには罰を。裁くものは王国の見極めを」
裁くものと言われた時点で、俺はようやく理解が追い付いてきた。
「つまりあれか、働かざるもの食うべからず。てな感じで、対価を行動で示せってことか?」
「そういうこと。クロジは……そもそも私の付き人だし、考える必要はないかな」
魔女が特別扱いされているのは知っていたが、ここまで差があっていいのだろうか。
と思ったものの、生まれるドラゴンを葬ったり、国の設備を魔法で維持したりしている時点で、それ相応の対価を与えられてもおかしくないのだろう。
結局のところ、俺はマナミと居られる時点で、一種の紐になっている可能性が……。
「付き人って言っても、料理や家事をやってるから、私への対価を譲渡できるの」
「人の思考を読むな」
「クロジは単細胞だから」
「久しぶりに聞いたよ、その言葉」
とりあえず、マナミが果実を愛している、それを見られただけで満足だ。
果実だけだと語弊を生みかねないが、語弊を生む果実とは何なのだろうか。
俺は邪な考えに首を振り、マナミをそっと見た。
「貰っていくか? 荷物なら俺が持つからさ」
「……うん」
なんて嬉しそうにマナミが言うから、俺はそっと顔を逸らした。
マナミは不思議そうに首を傾げているが、まったりとした声色の破壊力を本人が自覚していないのは恐ろしいものだ。
自覚させたところで、照れ隠し感覚で俺に魔法を放ってきそうだが。
マナミが欲しい果実を選ぶ中、俺も選ぶことになったので、マナミが好きそうな栄養価のある果実を何個か選んだ。
荷物が増えるとばかり思っていたが、マナミは布袋を魔法で出したかと思えば、全て包み込んで魔法の中に返却している。
目に見えていなくとも、果実の入った布袋は空間にあるのだろう。
先の問答の意味がさり気なくなくなった気もしたが、マナミを否定するのは良くないよな。
俺の筋肉が目立つのはあくまで、筋肉が目立てる時なのだから。
商人に感謝をして、俺とマナミは果実の出店を後にした。
荷物を持たないおかげで、俺は両手が手持ち無沙汰になっていたので、マナミの手をしっかりと握っている。
人混みに紛れて見失う、なんてことは攫われない限りないだろう。
「にしても、すごく繁盛してるんだな」
「王国の中でも、北から南に続く市場は、活気溢れる場所」
マナミが自慢げに言うのは、それ程まで自分事のように自信があるからだろう。
実際、現在いる北の部分だけでも、市場の通りには人が行き交っている。
少し間違えば、マナミの声が宙に舞ってしまう足音の波。
生きている実感をしつつも、悲しいものだ。
俺は自分を誤魔化すように、出店の後ろに隠れ気味なお店を探してしまう。
ここら辺にあるお店はどちらかと言えば、一見さんお断りのようなお店が多い印象だ。
とはいえ、マナミは全てのお店に顔を出せるみたいなので、マナミと居る時点で問題にならないだろう。
そこらかしこから、祭りの変質者、みたいな呆れ声が時折聞こえこそするが。
「……あれは」
俺は不意に、一つのお店に目が留まった。
一見すると外見は他の住居やお店と変わらない、土造りの家だ。
それでも正面に付けられた窓枠から見える、キラリと光るものに目を奪われた。
入り口はドアが無いからか、優雅な暖簾で彩られている。
俺が立ち止まったせいか、マナミが不思議そうに俺の顔を覗き込んでは、視線の先を辿っていた。
「クロジ、あそこに行きたいの?」
「行きたいっていうか、気になった」
「じゃあ、行こう」
「マナミは行ったことがあるのか?」
「無い。でも、前々から呼ばれてるから、良い機会」
「え……今、前々からって、なんて言った?」
マナミが言うと嘘か本当か分からないのが、怖いところだ。
俺の承諾も無しに手を引いてくるマナミは、幼くも好奇心の強い魔女なのかもしれない。




