57 魔女直々のお誘い
みなぎる体力。
溢れる汗。
輝く筋肉。
太陽の下で筋肉を照らし、俺は日課に励んでいた。
いつもより多めに、繊細ながらも熱さを加えて。
俺は今、何よりも楽しみになっているのかもしれない。
血沸き肉躍っているのは、いつぶりだろうか。
大魔女との戦い以降、完全に戦いから身を置いた俺としては、体が訛っていないようで助かっている。
この島に来てから培った、生き残るための力ですら、今ではリラックスして扱えるほどだ。
やはり筋肉は全てを記憶してくれているのだろう。
「普段よりもハードだけど……俺はまだいけるからなぁあ!」
普段なら、木の幹一つを素手で折るだけが基本だ。
だが今日という日は、木の幹を防御するように何本もの分厚い丸太をロープで周りに括りつけている。
それに加え、ロープの繊維が複雑だからこそ、拳一つじゃ届かない強度だ。
それなら拳を穿てば、全て解決できる。
なぜなら拳が解決できないことはないと、俺の信仰する拳が意味しているからだ。
俺は木へと全ての神経を集中させ、後ろ重心に体を構えさせ、拳を引く。
穿つ拳。それは、砂煙を巻き上げ、森の木々を大きく揺らしていた。
「森がかわいそう」
「マナミ、来てたんだな」
「クロジ。日課であっても、暴れすぎ」
やってきたマナミは呆れるように、木の後ろを見ていた。
俺も同じく目をやると、へこんだ木の後方は扇状に地面をえぐっている。
拳の威力だけで折るまでは届かなかったようだが、しっかりと衝撃は伝わっていたようだ。
マナミからジト目を貰っているので、少しばかり自重した方がいいのだろう。
自重したとしても、俺の筋肉に限度はないのだが。
「すまないな。楽しみが出来たから、試してみたくなったんだ」
「楽しみって……エルリッシュからの?」
「……複雑だけど、試してみたい気持ちはあるからな」
湯気を噴出している自分の拳を見た。
拳は気を纏うように熱を帯びているが、それは俺の鼓動と相対してくれているのかもしれない。
――俺の今が、魔女に届くならな。
エルリッシュ王からの誘い。それは、国である『ラスト・エデン』で祭りを開催することが急遽決定したという伝達が始まりだった。
エルリッシュ王曰く、魔女がこの島に一人加わったからこそ、魔女の力を民が見ることで守られていることをより深く実感させたい、という思い付きで行動に移しているのだとか。
偉そうな感じで言っていたが、その魔女の代表としてはマナミが抜擢されている。
マナミは島の中というよりも、国の人やドラゴンからの認知が高いからこそ、余興としては十二分な価値があるのだろう。
「クロジは、私に勝つつもり?」
「負けるつもりで挑むやつがどこにいるんだよ?」
「やっぱり変質者」
「変質者じゃない、妄想信者だ。それとも、筋肉について語ろうか?」
なぜだか、魔女の相手として俺が抜擢されている。
そこに至ってはメグちゃん曰く、俺という存在が国の一定数の人にとっては筋肉の恐怖として根付いているから、が問題に上がったからだそうで。
人を筋肉の亡霊か何かと勘違いしている国の人を問い詰めたいが、それをしてしまえば本末転倒だ。
だからこそ武を示し、勇気を示すことを課せられてしまった。
つまり、俺とマナミが一対一で命を仕留めるのは厳禁の戦い、を祭りとして開催することになったのだ。
島や国の人への被害を問題視したが、そこはマナミが創る舞台と、エルリッシュ王とメグちゃんが守護することで解決するのだとか。
ましてや大魔女の話も出ていたので、本当に島の人が一つの目的を見に来るのだろう。
「にしても、大掛かりな祭りに参加させてくれるなんて、転生者としては実にいい話だけどな」
「……クロジ。恐怖の感情が欠落しすぎ」
「怖いって感情はあるぞ?」
「クロジらしい。でも、恐怖が分からないと、生き残るその武すらも意味ない」
「すごい刺してくるな」
マナミの言葉は、いつか役に立ちそうなので深く受け止めておいた方がいいだろう。
話も程々にして、木を完全になぎ倒そうとした時だった。
「……マナミ?」
不意にマナミは、俺の肩に触れてきた。
俺がベストを脱いでいるからか、触れる場所に困ったのだろう。
少し困ったような表情こそしていたが、マナミは覚悟を決めたように息を吐き出している。
「クロジ」
「どうした?」
「そ、その……えっと……」
上目遣いで見てくるマナミは、揺れる右ワンサイドテールも相まって、熱い息を呑み込ませてくる。
上がる体感温度。
震える筋肉。
マナミの魅力は天井知らずだが、不意な可愛さは心臓の負荷が酷すぎだ。
「今度、王国の方に、二人で、その……ただ、おでかけ、しない?」
「ただの、お出かけ?」
「うん。王国の祭り事の下見……なのもあるけど、クロジとたまには、いいかなって」
「マナミ」
俺はぷるぷると震えてから、後ろの木に拳を放った。
立てる音を置き去りにしている木は、既に折れている。
何十の層とも言えるロープに巻かれた木すらも貫通して、幹が遅れて悲鳴を上げ始めたんだ。
「デートってことだよな! 俺は嬉しい! 行こう!」
「きょ、今日じゃない! ばか!」
「すまない。……恋したい魔女だから、つい嬉しくてな」
「もう。でも、喜んでくれるなら、嬉しい」
微笑むマナミは、何よりも愛らしさが溢れていた。
その後、燃料を投下された俺が勢いを増しすぎたおかげで、マナミに水責めをされたのは別のお話。




