56 他の魔女の口づけは尋問の対象だと体で知る
俺は無事に帰ってきたはずなのだが、どうしてこうなったのだろうか。
「……あの、マナミ?」
マナミは口を聞いてくれない。
聞いてくれないどころか、俺は身動き一つ出来ないのだ。
帰ってくるなり、マナミの魔法がかけられたロープのお出迎えに遭遇し、今では天井から吊り下げられている。
体を亀甲縛りして身動きを封じるロープ。
さすがに山中でたまたま拾ったエロ本であっても、ここまで過激ではなかったのだが?
筋肉で振りほどこうにも、魔法の圧力が高すぎて手の出しようがない。
少しでも両手両足を動かせれば変わったが、腕だけを動かすのは無理がある。
両手両足に限って、天井からぶら下げられるように上を向いているのだから。
「俺が何をしたんだよ! って、あぢぃいい!?」
マナミにもう一度聞いた瞬間、俺をあぶるように真下から炎の柱が生まれていた。
マナミからは強烈に、ジト目を向けられたままだ。
マナミの視線は冷たいが、下は熱い不思議な関係になっている。
「俺は豚の丸焼きになった記憶はないぞ! てか、なんでこの縛りだ! 俺の筋肉が映ってないエロ本があっていいものか!」
縛り方の文句は聞き入れたのか、縛っていた縄はミノムシさながら、ぐるぐる巻きへと変わった。
結局のところ、縛って吊るされることには変わりないのだが。
「あのさ、マナミ? 俺が本当に何をしたんだよ」
「……どうして。あの子のマーキングがされてるの?」
まったりとした声色。
それなのに、深い闇のような重圧を感じさせてくる。
微笑んでいるのに笑っていないとは、まさしく今のマナミを指すのに適切だ。
そして『マーキング』と聞いて俺は思い当たる節が一つしかない。
悪魔を意味する魔法。それは、マナミの狂気に触れかねない現状ですらも意味するのだろうか。
そうだとすれば、俺の現状は間違いなくやばいのだが。逆から読んでも、やばい、と言える程やばい状況にある。
既に火あぶりにされている時点で、逆魔女狩りをされているようなものなのだから。
冷静に考えれば、マナミが俺に恋をし始めていると、熱い炎に誓っていいのかもしれない。
「あのな、マナミ」
「遺言は決まったの?」
「聞けよ! これには深いぃいいい!?」
「深い、何?」
マナミは完全に機嫌が悪いようで、容赦なく風を操り、俺を縛るロープを高速回転させてきた。
人を遠心分離機さながらの中心に置くとか、鬼か魔女だ。
その意味で言えばマナミは魔女だから、間違いではないのだが。
「端的に言えば、メグちゃんに相談した結果、俺がメグちゃんの魔法を受けてみたい話をしたらこうなったんだ」
「今置かれている自分の立場をわきまえて」
言ったのがよくなかったのか、蔑んだ視線を貰っている。
隠したつもりはないが、マナミはどうしても不服なのだろう。
俺も仮に、マナミが別の存在に恋をしていたら、なんて手垢を想像しただけで辛いのは分かるものだ。
メグちゃんにどんな魔法をかけられたかは未だに不明だが、マナミはそれが気に入らないからこそ、炎で俺を炙ってでも解こうとしているのかもしれない。
「マナミ、気に障ることをしたなら謝るから!」
「謝ったら、全て終わるとでも?」
「終わる必要はないさ。俺とマナミ、魔女に恋をしたい、俺の想いが未だに届いていないからな」
「クロジ。安心して、付き人には、しっかりと覚えさせるから」
マナミはそう言って、手を向けてきた。
風に浮かび上がるローブの裾を見るに、マナミの本気度が窺える。
炎の明かりに照らされる、マナミから静かに溢れ出る光の粒。
俺が覚悟を決めて、目を瞑った時だった。
――こんな時に、人?
外が夜に切り替わった瞬間、ドアをノックする音がしたのだ。
それでもマナミは止める気が無いのか、俺に狙いを定めている。
「マナミ、お客さんじゃないのか?」
「……はあ。クロジ。気持ちの整理をする時間、よかったね」
マナミは暗に、生きる時間を噛みしめろ、と言っているようなものだ。
俺を縛ったまま、マナミはドアの方に出向いていた。
その時、ドアを開けたマナミから不意に声が漏れていた。
敵というよりも、本来なら招かれるべきではない存在だったからだろう。
マナミ越しでも見える、特徴的な青い肌に、青い耳。
間違いなく、メグちゃんの魔法である悪魔だ。
「……手紙? 今取り込み中なの。受け取るから、あの子の元に帰って」
一応受け取るマナミは、優しく律儀なのだろう。
マナミが悪魔から手紙を受け取るなり、悪魔はマナミの手によって消されていたが。
命の配達をしてしまった悪魔には、心から合掌礼拝した。
手紙には目を通すようで、マナミは俺の前で開いている。
手紙に目を通し終えたのか、マナミは重く息を吐きだしていた。
「はあ。クロジ、私の勘違い」
「あっぢぃいいい!?」
マナミがそう言った瞬間、俺を縛っていたロープは消えて、垂直落下を体験した。
炎の海を泳ぐ体験をしたのは、言うまでもないだろう。
炎から解放されてから、俺はマナミを見ていた。
なぜか正座をさせられているあたり、完全には許してもらえないのだろう。
ついでなのか、太ももには見えない重力が鉛のようにのしかかっているのだが。
「……エルリッシュ。あの子にとって、見えない思想を広げるのには丁度良すぎるほどの兄なのを失念してた」
「どういうことだ?」
「あの子、エルリッシュが私の手紙を読む前に、入れ知恵をされていたみたい」
「入れ知恵?」
「そう。だから、今クロジにかけられた魔法は無害。無害だけど、余興としては悪くないの」
「何を言っているのかさっぱり何だが?」
俺が首を傾げても、くすくすと微笑むマナミは教える気が無いのだろう。
ふと気づけば、マナミは俺の視線まで腰を下ろしていた。
「クロジ。おかえりなさい」
「……ただいま、マナミ。誤解が晴れたようで、よかった」
「マーキングの誤解は晴れてないから」
「……おぉぅ」
ちょっとの隠し事で亀裂が入るくらいなら、俺はマナミに物事を隠すことはしないだろう。
マナミは優しさのあまり、人の心配をできる存在なのだから。
冗談めかしそうに微笑むマナミに安堵を覚えつつ、俺はマナミの機嫌を取れる料理を振舞うために立ち上がるのだった。




