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恋した魔女の中で生きる  作者: 菜乃音
第二章

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54 魔女との限りなく平穏な日常

 マナミに守ってきたものを実感させてから、どのくらい過ぎたのだろうか。

 時間に捕らわれないのもあって、いつか見た花の名前を忘れてしまいそうな程に、穏やかな時間だけが流れている。


 マナミとの関係は良くも悪くも、変わることはなかった。


 強いて変わったと言えば、マナミが魔法と真剣に向き合い始めたことだろうか。

 今までなら魔法について触れているのを見ていなかった。俺が見ていなかっただけで、マナミは元から向き合ってはいたのだろう。

 マナミは魔法で島を形あるまま保つためなのか、咲く声を未来に当てている気がする。


 俺が恋した魔女なのだから、誇れるものでありながら寂しい、そんな矛盾を抱えそうだ。


 誇れると言えば、家の外見に変化があったことも触れるべきだろう。

 以前二階を増やしこそしたが、ベランダは壁に搭載されたギミック式になっていた。

 俺自身、マナミの帰る家だからこそふざけた真似はしたくなかった。だが、あの後マナミがベランダは常に設置していていいと、ベランダは地面から伸びた原木で支えられる形となって今では備わっている。


 懸念点として、一階の光の入射角が変わる可能性もあった。

 ベランダが出来たにも変わらず、太陽の明かりは家の中に自然と差し込んできている。それは、丘の上にある家だからこそ感じられる、心の在り方なのか。


 暫くの間にあったことを俺が頭で整理するとは、筋肉頼りじゃなくなった証拠だろう。


 もしくはマナミに触発されている、そんな好奇心だ。


 俺が恋をしたいと願った魔女が頑張っている。

 その後ろ姿を見て、触発されない理由はないと断言できるものだ。


「マナミ。よかったらこれでも飲むか?」

「……」


 マナミは集中しているのか、テーブルに広げた紙と向き合っている。

 紙と言っても、俺がよく知っている文明の紙ではない。


 この島特有の木から出来た、木の皮をそのまま利用したものだ。

 どうやらこの島の木には種類があるようで、その中でも筆記用の紙として使える木は、皮を剥いだ木の表面を薄く切ることで文字を記載できる優れたものらしい。


 薄く切った時点で筋肉よりも弱く見えるが、特殊な繊維で作られた木の幹は簡単には破けなかった。

 本気で破く気はないので、試しに力を入れただけだ。実際、マナミにすごく睨まれていたのだが。


 ――集中力が高いな。……なんて書いてあるんだ、これ?


 マナミが指の先で紙をなぞると、文字が書き記されていく。

 俺は正直、読めない。

 言葉は筋肉で翻訳していたが、文字となると弊害が出てくるのだ。


 下手をすれば、今までアドリブで乗り越えてきたやつ、と変質者扱いされかねない。


 俺は変質者というよりも、妄想信者の名を刻みたい方だ。


 マナミの邪魔をしないように、俺はお茶の入ったコップをテーブルの空いている場所に置いた。


「あ、クロジ」

「マナミ、おつかれ。すごい頑張ってるな。少し休憩した方がいいんじゃないか? ずっと座りっぱなしだろ?」


 マナミはドアの近くにあった、用途不明だったテーブルに向き合っては、ずっと椅子に座っていたのだ。

 テーブルには紙が広げられているのに、宙には物騒な入れ物が浮いている。


 変に触ると、俺が被検体として呪われそうだ。


「ありがとう」

「久しぶりにそのお茶を作ったから、よかったら飲んでくれ」

「うん」


 マナミはコップを手に取るなり、喉を鳴らした。

 作ったお茶は、マナミと初めて水のある食事をした時に採用した茶葉だ。

 俺が草を食べて厳選した甲斐があった、思い出のひとつ。


「おいしい」

「それなら良かった」


 マナミはいつも美味しそうに作ったものを食べたり飲んだりしてくれるから、嬉しい限りだ。


 マナミが口元を緩ませている際、俺は紙を覗いた。


「……マナミ、それ、なんて書いてあるんだ?」

「読めないの?」

「俺は外からの住人だ。読めたら苦労しないさ」

「……なんで会話できるの」

「俺が筋肉を信仰しているからだ、それ以上に理由は必要か?」

「聞いた私が変だった」


 まるで腫物を触るような扱いを受けたが仕方ない。


 マナミはコップを置いてから、俺に教えるように、文字に指先を添えてなぞらせた。


「これは、大魔女様への成長報告」

「成長報告?」

「……大魔女様は見てると思う。だけど、伝えたかったの」

「試練を与えてきても、マナミにとっての母親だからか?」


 マナミが頷くあたり、間違っていないみたいだ。


 母親。俺は自分で言っておいて、少し思うことがあった。

 俺自身、母親の愛情をまともに知らない。

 物心ついた時には既に、両親共々、無罪の罪で会えないまま息を引き取ったようなものだ。

 いくら生きるために足掻いたところで、あの現実が変わることはなかった、と今なら分かる。


 前回の俺がマナミの中で生きることを決意したからこそ、あの力と呼ばれる魔法が変わることを許さなかったのだろう。


 俺は少し暗い顔をしてしまったのか、マナミが心配した様子で見てきていた。


「クロジ、大丈夫?」

「ああ。すまない。少し考えてた」

「…………そう。えっと、これは私の魔法」

「マナミの魔法?」

「正確だと、あの力……実際は魔法。フィニスに使った時からの計測上……相手の時間、その一部を切り取って戻す力、とは思ってる」

「間違いじゃないだろうな」


 俺は答えを言う程、ユリシアの考えを否定する気はない。

 自分で気づかないといけない、本当に良いことを口にしたな、あの大魔女。


 今のマナミならきっと、ユリシアですら想像していなかった、魔法と共存する道を進めるだろう。


 それは俺が保証するし、傍で見守り続ける。


 気づけばマナミは俺の顔をじっと見ては、おかしそうに笑っていた。


「クロジ。私のことなのに、嬉しそう」

「嬉しいな。俺が好きな魔女、ましてやマナミが成長してるんだ。それを実感できるからな」

「……変態」

「なんでそうなった!?」


 俺はただの一度も、マナミのふくらみに視線を落としてはいない。

 マナミのローブ姿によって強調された、首元のストールに目が行くときはある。

 ストールに隠された白い腕が魅力的なのは、誰よりも知っているつもりだ。

 それでもダンディな獣を吠えさせるほど、俺の獅子の鼓動が甘くなった覚えはない。


 ジト目を向けてきていたかと思えば、まったりとした視線に変わるあたり、マナミは俺を試していたのだろうか。


「後は……」

「マイペースなんだよな」


 マナミはゆったりとした手つきで、宙に浮いた紙を手に取った。


「エルリッシュとメグに頼みたいことを記載してる」

「それは聞いてもいいことか?」

「内緒」


 わざとらしく口元に指を添えるマナミには、無邪気さ故の愛らしさを感じるものだ。

 ふと気づけば、マナミは思い出したように声を鳴らした。


「そういえば、クロジ。一人で国に……あの子に用があるの?」

「そうだな。できれば、明日くらいにでも行かせてほしいな」


 マナミは俺のベストに指先を触れさせて、魔法を描いたようだ。

 魔法と分かるあたり、俺はマナミの事をだいぶ理解できているのではないだろうか。


「魔女として、許可します」

「それはありがたいな」

「でも、あの子に恋心揺らいだら、駄目。恋も、駄目」

「……もしかしてマナミ、やきもち焼いているのか?」

「焼いてない」


 そう言いながらも俺に光を浴びせるあたり、間違ってはいなさそうだ。


「おわっと。マナミ?」

「少しだけ、充電(休憩)

「好きにしてくれ」


 マナミが不意に俺の胸元に頭をつけてきたのもあって驚いたが、マナミが嬉しそうならそれでいいだろう。

 マナミが素直に甘えてくれる……その時間が俺は好きだ。

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