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恋した魔女の中で生きる  作者: 菜乃音
第二章

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53 誰もが必要とされている

 マナミと二階に上がり、部屋の中を見ていた。

 太陽はいつの間にか隠れ、薄暗い部屋の中には青白い月明かりが一つの窓から差し込んでいる。


 明らかに殺風景な部屋の中。

 出来上がって間もないし、何も置いていないので当然といえば当然だ。


 とはいえ二階への上がり方が隠し梯子限定なのは、ロマンが詰まっているので相殺しているだろう。


 本当に……四方が壁に囲まれている、何の変哲もない二階の内装。


「これだけ?」

「気づいたか」

「え?」


 俺は徐に、西の壁に歩んだ。

 確かに壁で、反対側には窓がついているのに、こっちには窓がついていない木が主張する壁。


 だがこの壁こそが壁ではなく、足場だとしたらどうだろうか。


 マナミは勘づいていなかったが、答え合わせをするように、俺は壁を押した。

 押された壁は、ゆっくりと音を立てて、月明かりをより鮮明に部屋の中へと吸い込んでくる。


「壁が、倒れた」

「これは国の人ってよりかは、俺がマナミに贈る造りだ」


 そもそも二階建てにしたのは俺の都合だ。

 一つだけと言わず、マナミに贈りたいものがあったから。

 贈りたいものは、既にマナミが家に戻ってきた時点で何度も言葉にしているが。


 そう、俺だけで贈れるものではない、贈りものを。


「ほら、外に出ようぜ」


 倒れ切った壁は宙にとどまり、足場となって一つのベランダに変わっている。

 代わりに壁が無くなった部分は吹き曝しになっているが、マナミの今後次第で変えられるように設計済みだ。


 俺は自然とマナミの手を取り、ベランダに足を踏み出した。

 さっきまで外に出ていたのにまた外に出る、これも人らしいものだろう。


 ベランダに踏み出たところで、見渡す限りの景色は、月明かり以外暗いままだ。


 普段なら火が灯っている国の方を見ても、見えるのはどこまでも続く暗闇。

 マナミが二階に上がりたいとは言ったが、一体何を見せているのか、と不安を覚えてしまうような景色だ。


 それでも、星の明かりが夜の空を染めている。

 暗闇に海の波音が、風に揺れた木々や草花が、鳴り響いている。

 まるで二人だけの世界、とでも言えるほどに静かだ。


「……これが、私の守ってきたもの」


 何を思ってマナミが口にしたのかは、本人にしか分からない。それでも、俺が伝えたこと、口にしたことは無駄ではなかった。


 見えうる限りの暗闇。

 マナミの目に映るもの、俺には理解できない。

 それでも分かるのは、この世界……いや、この島の全てを、世に咲く宝石のように輝く黄緑色の瞳は見ているんだ。


 魔法で視界を変えていない、それだけが分かる。


「……そろそろかな」


 この日に限り、国にいつも通りの火が灯らないのには理由があった。

 云うまでもなく、俺が原因なのだが。


「なにこれ……すごく、きれい……」


 マナミの言葉よりも先に、暗闇が下りていた島に花が咲いたんだ。


 島の中央にある『ラスト・エデン』に、次々とほのかな暖色の明かりが灯っていく。

 どれだけ孤高の筋肉であっても、ここまで輝くのは無理なほどに、国は輝きだしたんだ。


 国の中央にそびえたつキノコ屋根のお城は、開花し始めた花のようにゆっくりと、周囲に光の帯を浮かばせている。

 その花は共鳴するように、国の家から家を伝い、一つの明かりある花々へと姿を変えていく。


 云うならば――夜の地に咲く生きる花(ライフ・フラワー)


「言っただろ? マナミが守ってきたものだ。マナミがいくらあの力を嫌っていようと、魔法で補っていようと、マナミの守ってきたものは確かにあるんだよ」


 俺はただ、どうしてもマナミに知ってほしかった。

 マナミが距離を置いているこの家からでも、国に生きる、生き残る人々を見られるのだと。

 マナミの魔法やあの力は、確かに常人が思うよりも深く、自分自身を苦しめる鎖かもしれない。


 それでも俺は、マナミの後押しをする、手を取ることを選んだ。

 エゴだと知っている……魔女に恋をしたい、その願いを叶えるためだけに。


 気づけば、マナミは瞳をウルウルとさせていた。

 声に出していないのに、今にでも泣き出してしまいそうな、溜め込んでいた感情が垣間見えている。


「クロジ。そのために、ここを……?」


 マナミは袖で軽く目を拭いてから、俺を見てきた。

 その目は真っすぐなのに、どこか迷子で、助けたいと思わせてくる。

 今日は何度だって泣かせておきたいが、これ以上は俺の筋肉信仰の元、許されざる行為だ。


「そのため、っていうよりかはさ」


 俺は少しためらった。

 だけど、言葉にしなければ伝わらない、そう思ったんだ。


「……俺は、マナミがあの力を捨てたいのか、それとも、守ってきた島の為に魔法として使いたいのか、この景色で後押しを出来たらいいなって思ったんだ」


 マナミが今も尚、あの力を嫌っているのかは不明だ。

 エルリッシュ王やメグちゃん曰く、マナミはあの力を制御できないからこそ、国の人から距離を取っているらしい。


 それでも、マナミはあの力を使って守ってきたものがあったんだ。


 いや、今も、が正しい。


 今でも輝いている国や島は、マナミが守ってきたもの意外に何かあるのだろうか。


「……私は、私は」


 マナミを見ると、声が震えていた。

 きっと、感情が溢れているのだろう。

 俺の欠落した感情の一つ、恐怖が混ざっていても、おかしくは無いはずだ。


 マナミは乱れた呼吸を落ちつかせるように、深く息を吸い込んでいた。

 膨らむ胸が、何気に目に入ってしまうのは事故だ。事故としか言いようがない、事故だ。


「クロジ」


 マナミは息を吐き出してから、俺の名前を呼んできた。

 そこに、恐怖、喜び、挫折、概念、形づけるものを感じることはない。

 俺はそれでも、マナミが生き残ることに更なる()をつけたのだと、直感で理解できる。


 俺が頷くと、マナミは言葉を続けた。


「ありがとう。私、今でも、傷つけるかもしれない……また一人で彷徨うかもしれない、って怖さはある」


 マナミは辛かったのだろう。

 メグちゃんの共有してきた夢でしか見ていないが、マナミはこの島を創るまでは、幾年と彷徨っていたのだから。

 果てしない海、毒に侵されていることしか分からない、世界のどこかを。


「だけど、私は、守りたい。生き残るのはある。でも、この力は、私の本来の魔法」

「……魔法だったんだな」

「うん。それに、クロジに影響を与えた魔法。この魔法が無かったら、きっと今の私はいなかった。ううん……いなかった」


 マナミは思い返すように口にしているが、そこに迷いは一切感じない。


 感じるのは、ただ未来を、ただ希望を、ただ幸せを、人類の誰しもが一度は夢見た想い。


「向き合ってきたのに、変だよね。あの力、って言って恐れていた私は、クロジにこうして守っているものを見せてもらわなかったら、気づけなかった……私は、私が思っている以上に、狭い鳥籠の中で遊んでいた」

「マナミは遊んでなんかいないさ」


 そうだ、マナミは遊んでいない。

 遊びだというやつがいるなら、俺が手を出してでも否定する。

 それほどまでにマナミは自分自身の使命を全うしていた、と俺が肯定するんだ。


 自然と力を込めた拳。

 痛みがあるのに、埋めるものがある。


「みんな、マナミが守ってきたものだ。それは、何度だって、いつだって、どこまでだって――俺が伝え続ける。マナミは間違ってないし、マナミのおかげで……国の人たちが笑顔でいられるんだからさ」


 誰かの犠牲の上に成り立つ笑顔。


 そう言いたいわけじゃないが、言葉を聞くだけなら捉えられてもおかしくない。

 俺は正直、マナミに欠けているもの、強がらなくていいと教えたかっただけなんだ。


 マナミは、生き残るために、と自己犠牲をし続けたのかもしれない。


 国の明かりを見ているマナミに、俺は言葉を続けるように声をかけた。


「マナミ」

「……うん」

「あの力を嫌うのか決めるのは、俺じゃない。でもさ、その力があっても、いいんじゃないのかなって俺は思うんだ」

「どうして?」

「……マナミの感情。あの力は、マナミを形にしてるし、それ以上に共存することで見えるものもあると思うんだ」


 明らかにユリシアの言葉を借りているが、これは俺の言葉だ。

 空間を時間だと指すなら、それを壊している魔法に、そこから再現する魔法。

 少しばかり魔法の質が違う時もあったが、同じ場所でマナミの魔法を浴びた時に、俺は何度か知っている感覚を覚えたのだから間違っていないはずだ。


 筋肉がずっと見てきたマナミなら、いつかの時で知っていたのかもしれない。


 マナミが最後には決めてほしい……当たり前だが、自分で決められない後悔より、決めた後悔の方が見つけられるものもあるのだから。


 決めて後悔することが前提ではなく、俺はマナミが間違えないとしか思っていないからだ。


 俺が信じる筋肉があるように、俺の信じるマナミだからだ。


 勇気と無謀が混在しているとは、よく言ったものだ。

 マナミに真剣な眼を向けていた時、マナミが不意にベストを掴んできた。


 ほのかに震えている、小さな手で。

 俺を見てくる黄緑色の瞳は揺れていないのに、どこか助けたい、そう思わされるほどに吸い込まれそうだ。


「クロジは、私にできると思う……?」

「生憎、俺はマナミと筋肉を信じられなくなるほど、落ちた記憶はないな。あれか、マナミは過去にすがる気はないみたいだけど、俺との出会いを否定したいのか?」

「ち、違う! そ、そうじゃなく!」


 マナミはなぜか慌てていて、初めて見る表情だ。

 間違っていないのに、どこか見せる予定が無かった、そんなマナミが素で見せてくれる姿。


「もう……。私、クロジのペースに呑み込まれてる、良くない……」

「さり気なく俺を異物扱いするな」

「クロジ。でも私、答えたくなった」

「答えたく?」


 うん、と頷いて国の方を今度はしっかりと見るマナミ。

 その横顔に、立ち止まっている様子も、迷っている様子も見当たらない。

 あるのは未来を見たい、そんな希望だ。


「私は制御できない、それで迷惑をかけるかもしれないって……守りたいものも、また壊すかもしれない」

「ああ」

「でもね、クロジの言葉、信用してみたくなった」

「信用してくれ。きっと、マナミが恐れなければ、国の人も、全てが生き残る段階を上げるだろうな」


 なんで他人ごと、と頬を珍しく膨らませるマナミは、何を考えているのだろうか。

 それでも普段と変わらない、ただ緩やかな表情を見せるマナミに、俺は自然と吸い込まれそうになっている。


 気づけば、小さな手が俺の指の合間を縫うように握ってきた。


「クロジ。どんな私でも、見てくれる?」

「見るさ。ああ、俺は魔女に恋をしたい、その思いをマナミ以外に向ける必要が無くなったからな」

「変わらない、クロジ。変質者」

「お褒めに預かり光栄だ」


 俺とマナミはただ、国の方を二人で見ていた。

 家を改築こそしたが、それはマナミに気付いてほしかった、俺のエゴそのものなんて知る由もないだろう。


 何も壊れてない。そうだ、マナミが守ってきたものは、ここのベランダもそうだが――形あるものとして、未来に立っているんだ。

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