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恋した魔女の中で生きる  作者: 菜乃音
第二章

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52 またここから始まる物語を迎えに行く

 マナミの魔法。

 再現性の無い魔法……それがある意味固有名称であり、マナミの持つ魔法を表す言葉だ。


 俺には見えないその場に元からあるものを現世に映し出すもの、だとは聞いている。


 俺は何度かその魔法をこの体で受けているが、同じと思ったことは確かにない。

 輪郭を捉えるような光であっても、ヒリヒリ焼けていたり、じんわりと焼けていたり、瞬く間もない質量に押されたり、と様々なほどに。


 マナミが俺に効く魔法を物理的に試している可能性もあったが、マナミの優しさ故に、命に至らないで済んでいるのだろう。


 筋肉計算を既に済ませているとはいえ、零から一、と断言してもいいほどの魔法だ。


 零がその場だとすれば、マナミはそれを一と呼べる現世に映す、相対的な理論だろう。


 そんな再現性の無い魔法で、マナミは島を生み出し、島にある国の人々を守ってきた。

 マナミが、国の人からは恐れられている、絶島の魔女である、と本人が自負しているのは重々承知だ。


 だけど俺はこの手で、人が神の手を借りずに行ける領域だと証明したい。……マナミの魔法は神の業に近しい、だからこそ魔法=神の手だと認識したのかもしれない。


 マナミの為になるとは言い難いが、少しでもマナミに知ってほしい俺のエゴが先走っているんだ。


 だからこそ、俺は家をリフォームしている。

 屋根を全て剥がし、壁すらも剥がして原型を無くしこそしているが、原型はあったのだから。


「クロジ。本当に大丈夫?」

「ああ、すまない。夜にまでは終わるって筋肉計算はできてる。食事の準備は少し遅れるが、下ごしらえは済ませてあるからな」

「それは心配してない。それか……私が作る?」


 マナミの言葉に、俺は思わず持っていた木材を落としかけた。


 マナミが一人で作る料理。確かに気になりこそするが、俺は正直作らないでもらいたいと密かに思ってしまう。


 マナミに料理を教えて以降一度だけ見た……それ以降は俺が全力で阻止しているほどに。


 俺が苦笑していると、マナミは不思議そうに首を傾げていた。

 マナミが時折見せる幼い仕草は自家発電の良い燃料だが、少しばかり刺激が強すぎる。


「まあ、マナミはゆっくり休んでてくれよ。いつも島を守っているわけだしさ、体を休めるのも大事だからな」

「それをさせない変質者」

「いつも苦労かけてるな。まあ、さっきも言ったけどさ、これは人の手でやり遂げる、大事なことなんだ」


 俺は以前の跡があった場所に四本の木材を柱のように設置し終えた。


 用意してあるのは木材と称しているが、どちらかと言えば原木……丸太のままに近いが。


 国の職人に教わり、手伝ってもらい、丸太のまま圧縮し、長く使えるようにした程度の木材だ。


 さすがに長さや厚さを揃えるのは無理だと思っていた。

 だけどあの国の職人はそれすらもやってのけては、魔女の為なら、と交渉材料すらも無二帰されたほどだ。


 エルリッシュ王も何気に協力してくれたのは意外だったが、マナミがそれほどまで国の人に愛されている理由の裏付けにもなるだろう。


 見えない想い、それが確かにあったのだ。


「……クロジを人と称していいの?」

「お前はいったい何を見てきた?」


 俺は流石にツッコミを入れざるを得なかった。

 マナミは都度、俺を変質者と言ってきたが、それ以上の価値観を付与できていなかったのだろうか?


 マナミが手で口元を隠すあたり、誘われたようだ。


「ふふ、冗談」

「……マナミ、随分と可愛く笑えるよ――」

「付き人である自覚があるなら、手を動かす」


 光を浴びてから、嘘のない木材で壁を再構築していく。

 造っている時、マナミは家の方にやってきたメグちゃんに誘われて、国の方へと出向くことになった。


 それが全て、仕組まれていたとは気づかないのだろう。

 純粋なマナミの心を扱うのは、少しばかり心の痛みを知るが、それは家の出来上がり次第で帳消しになってほしいものだ。




 マナミが帰ってきたのは、もう少しで太陽が雲に隠れる頃だった。


「マナミ。おかえり」

「ただい――っ!」


 マナミは俺の後ろにある建造物を見て、目を見開いていた。

 その顔から取れるのは、感情。

 動揺、感動、驚き、俺が知っている感情の名だ。


 マナミは口元を手で押さえ、震える声で言った。


「クロジ、この家、この形」

「ああ。マナミの魔法なら、再度再現するのは不可能だろうな」


 俺の後ろにある家は、マナミの帰りを待っていた。


 正面から見れば、壊す前と何ら……いや、少し変化こそあるが、正面の見栄えは変わらない、マナミが魔法で作ったことのあるログハウスだ。


 四方を丸太の壁が覆い、丸太の三角屋根が特徴的な、魔女の家。


 壁自体に変化はなく、左右に一つずつ窓が設置されている簡易な造りだ。


 ――よかったんだ。ああ、これで、良かったんだ。


 俺は何も間違ってはいない。

 俺がこの日のために、黙って国まで足を運び、国の人に手伝ってもらった理由。

 それは人の手で……いや、この島の素材を使って、この家を再構築したかったんだ。


 エルリッシュ王とも照らし合わせたが、この家は夢で見た通り、島が出来た当初に生まれた歴史ある建造物の一つであった。


 魔法で生み出された、魔女の家。


 俺はその家を魔法の手助け無しに、再現し、島の技術そのものを結集させたんだ。


 何よりも届けたかった思いが、マナミの見えていないものを見せたいと、俺が勝手に突っ走った結果にすぎない。だから、自己満足そのものであって、支配に近しいのかもしれない。


「俺はこの家が好きさ。だから筋肉の記憶をたどって、国の人にも木の採取やら加工やらを手伝ってもらって……マナミの、マナミが守ってきたもので造りたかったんだ」


 これは間違いなく、マナミの功績あってのものだ。

 マナミが自然を無視して、島や国の人に手を差し出そうとしなければ、何も生まれなかっただろう。


 どうしてか、俺は声が震えていたんだ。

 悲しくないのに、求めていないのに、どうして吐き出す息が熱くなるのか。


「……ラスト・エデン。ドラゴンもそうさ。全てマナミが守ってきた。それはみんな、マナミの優しさを知っているからこそ、快く受け入れてくれたんだ。俺が勝手な真似をしたのにも関わらずな」


 マナミは瞳を揺るがせながら、頬に雫を辿らせていた。

 光っているのに、透明で、今まで我慢してきたものだと鮮明に分かるほどに。


「私は、私が、全てを壊したのに……どうして……」

「俺も驚きだったよ。国の人だけに手伝ってもらうつもりだったのに、ドラゴンのやつらがマナミの話を聞きつけて木材を運んだりしてよ。……まあ、マナミにバレないよう、メグちゃんが隠ぺいしてたみたいだけどな」


 マナミ。この名前一つで、島のみんなは動いてくれるのだろう。

 魔女は確かに困っていること、悲しいこと、辛いことを口にしないで、一人で解決するはずだ。


 その付け入る隙の無さに、恩を返したい、力になりたい、そう思う人たちにとっては今までが苦渋の判断に近しかったと言える。


「マナミ。マナミは魔女かもしれない。だけどさ、あの力を恐れて、マナミが距離を取っているって……エルリッシュ王やメグちゃんが教えてくれたよ」

「二人が?」

「ああ。実際、国を守るためにあんな防壁を用意したけど、本当は自分が傍で守りたかったんじゃないのか?」

「それは……」


 マナミは涙をぬぐいながら、躊躇っている。

 明らかにマナミが過干渉気味なのは近くで見ている俺が一番分かるし、だからこそ休んでほしいと思う程だ。


「みんな、マナミに感謝してるんだ。別に、マナミが仮に壊したとしても、それは意味あっての行動だ、って思うだろうよ」


 俺は正当化するために真逆なことをした挙句、勝手なことを言っている自覚はある。

 だけど訂正をしないのは、マナミに今を伝えたいからだ。


 マナミが過去に捕らわれているのは家が原因とは言いすぎだが、明らかに捕らわれている事実がある。


 その過去を前に向かせたい、俺はその一歩の後押しになりたかったんだ。


 マナミは右ワンサイドテールを風になびかせ、もう一度、その濡れた黄緑色の瞳で家を見ている。


「……上になんか増えてる」

「マナミが国を見やすいように、二階を増築したんだ」


 この家が建っているのは、この島で一番高い丘の上だ。

 とはいえ丘の斜面的に、家の外に出て国の方を見るのには限度があった。

 国の明かりこそよく見えるが、国の形がぼんやりとするほどに。


 しかし家の原型を崩さないようにしつつ、二階建てにしたことで見える範囲をより広くすることができたのだ。


 正面からの見た目は前のままだが、二階は奥行きを確保しつつ増設したことで、三角屋根の良さを崩さないログハウスを完遂している。


 マナミの許可次第では、左側にベランダをそのまま設置したいほどだ。


 俺は二階を眺めているマナミに近づき、そっと肩に手を置いた。


「これができるのも、マナミのおかげだ。マナミが守ってきた、何回も伝えるけど、マナミが守ってきたものがあるからできたものなんだ」

「クロジは何度、なんど、私を驚かせれば気が済むの」

「……何度でも、かな。それに、マナミの泣き顔も、可愛いからな」


 マナミは俺が恋をしたい魔女だ。

 マナミの可愛さは誰よりも知っているし、譲るつもりはない。


「本当に、変質者。なんでもできすぎ」

「それは誉め言葉として受け取っておこうかな」

「……クロジ」


 久しぶりに、名前だけを呼ばれたものだ。


「どうした?」

「クロジが造ってくれた、二階に行ってみたい」


 柔く微笑むマナミに、俺はただ頷いた。

 新しくなった家の正面ドアを開ける頃、太陽はもう一つの明かりを出迎えようとしていたのだった。

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