51 紡ぐなら避けては通れない道がある
マナミに家をリフォームすると宣言してから、朝と夜を何度も繰り返して、今日という日に向けた準備を無事に終わらせた。
家を目の前にして、俺の後ろには大量の木材たち。
少なからず大きさを合わせる加工を国の職人に手伝ってもらいこそしたが、その過程が今回においては一番大きなものとなるだろう。
それは全て、この島内だけ、で調達した素材だからこそ成し得ることだ。他の場所、そんな不純物が一切混じっていない、純粋にして自然からの最高の贈り物。
木材こそ大小さまざまだが、本番はここからだろう。
「よし。筋肉の調子は問題ない。始めるとするか」
「……なんで脱ぐの?」
俺は着ていたベストを天に扇ぎ、太陽の光に己の肉体を沈ませる。
太陽を受けて緩やかに光合成をし始める筋肉。
流れる血潮が体内を循環し、俺の行く先を祈るのだ。
筋肉こそ神であるが、その筋肉に選ばれた俺も神と称されてもおかしな話ではない。
そんな神すらも食らうのが何かと聞かれれば、俺だ。
そう、俺のマナミに向ける恋をしたい気持ちが、晴れた空よりも晴天を意味しているのだから。
マナミは恰好つけている俺に呆れているのか、宙に座るように浮きながら見てきている。
「それで、リフォームって何をするの? 増改築? 模様替え?」
「何、簡単な話さ。増改築、模様替え? 否ぁああ!」
「騒ぐ変質者」
「答えは簡単!」
俺は足に力を籠め、屋根の上へと登った。
登ったというよりかは、飛び乗ったが正しい。
この家自体、ログハウス。所謂、木を中心に造られた家だ。
丸い原木が四方の壁と三角屋根を再現しているが、これは全てマナミの魔法で出来たものだと知っている。
魔法だけならまだしも、この原木自体、この島が出来た記憶と共に今へと流れついた、過去からの遺物だ。
壊そうものなら、魔女であるマナミへの敬意が無いも同然。そう思われてもいいほどに、この家の存在感は島に住む者からすれば高いらしい。
木を加工するために国の人に手伝ってもらった際に聞いたので、間違いない事実だ。
そんな遺産、島の歴史に根深い形に等しいその屋根の一角である原木に、俺は手を触れさせる。
――やっぱり、いくら魔法でも弱ってるな。
丸い原木に触れてわかったが、原木の内部は既に朽ちているに近い状態だ。
いや、既に朽ちていて、魔法で現状を保っている、と言ったところだろう。
筋肉が弱っていると判断したが、魔法で崩れることがないとはいえ、心配になってしまう。
原木に触れていると、マナミが同じ高さまで浮かんできた。
「マナミ。この屋根や壁って、今でも魔法がかかってるのか?」
「この家自体、再現できない魔法、本来は見えない木をそのまま出して保持しているだけ」
「なるほどな。それじゃあ、俺の筋肉が勝てるな」
「クロジ、本当に何をするつもり?」
既に家の中の家具等には、特殊な繊維でできた布をこれでもかと被らせてきたので、多少手荒な真似をしても傷つくことはない。
俺は丸い原木の間に手を無理やりねじ込み、力を籠める。
「今を作るのが過去だというのなら、今を歩むは未来。形を失えど、羽が幾度落ちようと、己を形作るものであったと謳う!」
三角屋根の半分がぎちぎちと音を立てている。
マナミが動揺していると、見なくても分かった。
マナミからすれば、当たり前だった家の一部が壊されていくのだから、当然の反応だろう。
だけど俺は、俺自身が信じた言葉を口にし続けた。
誰かに伝えたい、誰かに届けたい、誰かの夢でありたい、そんな曖昧な気持ちは存在させない。
向ける想いは、向ける意義は、向ける存在感は、最初から変わらないまま此処にあるのだから。
「背負いきれない、抱えきれない。業として俺が背負い、魔女に捧ぐと決めた志として誓おう! 夢は追いかけるからこそ美しく、夢は見るからこそ望みであると! 魔女の生きた証を、今ここに再構築する!」
高らかに宣言した、島全体に響いてもおかしくない声量。
俺はもう、諦めることをやめたんだ。
諦めるのは、本当にどうしようもなくなった時、筋肉が妄想であっても声が聞こえなくなった時くらいだ。
力を入れた手が屋根の半分を浮かび上がらせ、メリメリと剥がしていく。
普通なら剥がせないだろう。
だけど魔法にも勝る筋肉だからこそできる、魔法のような解体だ。
解体ではない、マナミの証を魔法ではなく、今として見せるためだ。
屋根の半分に乗ったまま、俺も地へと落ちていく。
その時、俺は確かにマナミが動揺しきった表情で、俺を真剣に見つめているのだけは分かった。
俺は魔女に殺されても文句を言えない。それほどまで、重大な過ちを許可なく起こしているのだ。
過ちではない、と俺が決めればそれまでだが、今回ばかりはマナミの判断次第と言える。
砂煙を立てながら、屋根の半分は地へと着いた。
俺はその瞬間に離脱こそしたが、問題はこの先だ。
今目の前に、マナミがゆっくりと降り立ってきていた。
「……クロジ。どうして、どうして? 家を破壊する真似を」
マナミの手は、ぎゅっと握った拳となって力が籠っている。
見せかけた拳を緩めて、ただ吐き出すように、俺に聞いてきた。
魔法を使うことなく、感情を押し殺したようにマナミは俺に聞いてきたんだ。
「マナミにとってさ。破壊は、それだけなのか?」
「それは……」
質問返し。卑怯な手を出したが、マナミは思うところがあるようだ。
マナミは確かに、その場に本来はあるもの、をその場に顕現させる魔法を使っている。
それとは逆に、あの力と呼ばれる破壊に等しい力を持つ、マナミ自身の見立てによって性質が変わる力もある。
云うなら、創成と破壊、両方を持っていると断言してもいい。
マナミが躊躇った様子を見せるので、俺はわざと息を吐いた。
「マナミは、一人なのか? それとも、見ているのに、一人になろうとしてるのか?」
「そ、そんなはずない……そんなはず、ないの……」
肩をすくめるマナミに、これ以上を口にするのは酷だろう。
俺は軽くマナミの肩に手を置き、家を見た。
「マナミが作った形あるものを、俺は確かに壊す。だけどさ、最後まで見てから、決めてくれないか? これは魔法じゃ解決できない、筋肉だからできるリフォームだからな」
既に屋根の半分を剥がしておいてあれだが、俺は何も考えずに剥がしたわけではない。
この日まで、国に出向いたり、メグちゃんやエルリッシュ王にも話を聞いたりして、俺なりに考えたリフォームの形を考えてきたんだ。
マナミに相談しなかったのは、俺のエゴそのものと言える。
今、マナミが内心どういう感情をしているのか、それを理解する術は俺にはない。
だとしても、最後にマナミが涙を流す絵は既に描かれている。
妄想じゃない、今に映し出すからだ。
「……マナミは、俺に預けるのが怖いか?」
「クロジは、恐怖、その感情が抜け落ちすぎ。好きにやって、いい。でも、危険だと思ったら、私は止める。クロジが頑張った痕跡を、全て消してでも」
「そうしてくれ。決めるのは、マナミでいい」
俺は一つ息を置いて、紡いだ。
「――造るのは地に立つ俺たちだからな」




