50 繰り返し、縋って、確かめ合った先に
「じゃあ、マナミは俺が夢を見てたのを知ってたのか?」
「この子のやることくらい、お見通し」
無事に起きた俺は、食事を終えてからベッドに座っていた。
相向かいのベッドの上にはマナミが座っていて、呆れたように自身の太ももに目をやっている。
座るマナミの太ももの上には、頭を預けて心地よさそうに寝息を立てている少女、メグちゃんが陣取っていた。
メグちゃんは太陽が昇った早々に、この家まで朝ご飯を食べに来たのだ。
朝ご飯を食べ終えたら帰るのかと思えば、そのままウトウトし始めて、マナミがベッドに座って待っていた際に近づいてきては眠ったらしい。
この様子を見ると、夢で見たメグちゃんは本人か、と疑いたくなる。
それでもメグちゃんだと信じられるのは、夢の中だったからこそが大きいのかもしれない。
悪魔を意味する魔法は不可解でこそあるが、想像力が豊かな幼子が持ったら凶器になるくらいの認識で受け止めきれるのだから。
マナミのほっそりとした指先は、メグちゃんの頭を傷つけないように撫でていた。
「……マナミはどこから見てたんだ?」
「……教えない」
「なんでだよ」
微笑みも、蔑みも、戯れも、感情と思しき声色を感じなかった。
マナミはただ、純粋に答えている。
教えない理由もありそうだが、マナミが教えたいと思った時に言えばいいだけだ。
……思った時に。その都合の良い言葉を、俺はいずれ捨てないといけない時が来ると知っている。
ただ今は、マナミとの話に意味を見出している。
見出す必要も、会話に意味を求める必要も、マナミとの間に存在しないと知っているのに。
マナミは魔女だ。
誰よりも優しくて、人間よりも他人思いで、自然にすら目を向ける、慈愛に満ちているがしっくりくるほどに優しい魔女。
マナミが絶世の美女でなければ、この言葉は成り立たなかっただろう。
とはいえこの世界だと、相手が美女や美男などというのは関係ないみたいだが。
「……そうか。マナミは俺を傷つけないように、自分の感情を殺してる時があるよな」
「っ……!」
マナミは気づいてないと思っていたのか、見たところ図星だったようだ。
無意識のうちにかもしれないが、マナミの考えや行動はどこか、俺が傷つくことを恐れているように見えた。
普通は恐れる必要がない魔女なのに、誰かが、俺が傷つくことを。
「クロジ」
「なんだ?」
「いつから」
感情を抑えた、淡々とした口調でこそあるが、マナミはどうしても知りたいらしい。
「まあ、起きる寸前かな」
「起きる寸前?」
「前提として、俺がマナミの感情を深く注視するようになった、マナミの魔法が助けを求めての事は頭に入れといてくれよな?」
以前、俺は夢の中で幼いマナミを見た。
見ただけではなく、その会話を鮮明に覚えていられるほどに焼き付けられたし、ユリシアが感情によってあの力の有無が変わると言っていたのが脳裏に残響として揺らいでいるせいでもある。
あの力、それ自体はマナミが向き合っている。それでも、俺はマナミの傍にいるだけで役に立っているだけではなく、気づいてやりたいと思った。
両親の顔すらまともに覚えていない。
そんな俺が言っても説得力はないが、より親身になってマナミの力になりたいと願ったんだ。
マナミを意識する。俺はその段階に身を置かず、既に筋肉と共にマナミを守りたい……それだけの想いで動いていた。
「酷なことを言うかもしれないけどさ。マナミが同胞たちを、何十、何百、ってその手にかけたのはメグちゃんの魔法で見た。でもさ、俺はそれを誇っていいと思っているんだ」
普通に考えれば、頭がおかしい、考えが狂っている、なんて言われるだろうな。
俺はそれすらも承知の上で、言葉を続けた。
「マナミが自分の感情を押し殺してでも、その同胞、魔女たちを救うための最終手段だったのは、目に見てわかるさ。そうじゃなきゃ、わざわざ一人ずつ減らしたり、誘導したりする必要はないだろ? その優しさがさ、俺はどうしても、マナミらしさが溢れているって肯定したくなるんだ」
不意に自分の手を見ているマナミは、きっと感情を抱いている。
「クロジは、恐れないの? 戸惑いもなく、躊躇もなく、この手で殺めた数の多さ、その破壊の塊が目の前にいるのに」
まったりとした声色なのに、どこか自分を探している、紡がれた言葉たち。
俺は知っている。それは、かつて俺自身が筋肉に求めた俺だったから。
とはいえマナミに自身を重ねるほど、俺は落ちていないし、落ちるつもりもない。
マナミを救うのは俺でもなければ、筋肉でもなく、マナミ自身でないと駄目だからだ。
「マナミは優しいな。わざわざ自分を恐れろ、だなんて忠告をしてさ。そのうえでも、俺はマナミを一人にするつもりはない」
「……私は、クロジが見えた。でも、クロジ」
「どうした?」
マナミはただ、ただ純粋に、ただ姉のように、眠っているメグちゃんの頭を撫でていた。
「私はこの子が……メグが魔女の争いをクロジに見せてくれて、良かったって思ってるの」
「よかった?」
「うん。今でも、魔女の争いは続いてるし、メグも先刻までは助け……参加してた。だけど、私は魔女の争いからは降りてる。魔女として、あの力を恐れて、未熟だったから」
マナミは思い返すように、言葉を綴っていた。
ある時は力強く、ある時は寂しそうに、ある時は自信を込めて。
マナミの声には――感情が宿っていたんだ。
「どちらも選ばない、どちらにもなれなかった。だけど、私はこうしてクロジの前にいる。エルリッシュ、メグ、大魔女様……絶島の魔女として崇める島の人。私はきっと見つけてもらいたかった」
マナミに悲しい表情はなかった。
むしろ、微笑んでいた。
微笑みを浮かべるのではない。
人が言葉を発する時、その時の感情を出す者もいれば、その時にあった感情で対応する者もいるように、マナミは自然な動作で感情を咲かせていたんだ。
今もどこか迷っている。
そう受け取ってもいい感情でこそあるが、マナミは俺に対して、魔女であるマナミを見せているのかもしれない。
魔女と形容したが、マナミはマナミだ。
「魔法も、あの力も、全て私がやってきたこと。だから、見つけてもらう必要はなかった」
「そうか。俺はマナミを見つけた、それは歪むことも、変えることもできない事実だ」
「そうやって勝手なことを言う、だから変質者」
「残念だったな。その変質者は妄想信者以前に、マナミに恋をしている。ああ、確かに恋をしているさ、今のマナミの中で生きているかもしれない俺や筋肉じゃない、この俺自身がな」
「目の前のクロジは私の付き人。それ以下になることはない」
マナミは本当に優しい魔女だ。
「……マナミはやっぱり、過去は引きずっているのか?」
「少しだけ。でも、私は生き残る。唯一の魔女として、島を、王国を守らないといけないから」
「そうか。それじゃあさ」
「どこから『それじゃあ』が?」
「俺に時間をくれないか? 筋肉をもってして、この家を少しだけリフォームしたいんだ」
「……何をする気?」
マナミが問いただしてきたということは、リフォームをしてもいいとの判断だろう。
「内緒だ。筋肉は時に見せない美しさがあるからな」
「筋肉関係ない。……あ、クロジは筋肉だから、関係ある」
「お前の目に映る俺はなんなんだ?」
宝石のように輝く黄緑色の瞳には、俺が反射している。
俺を見ていると、明確に理解できるほどに。
マナミは俺の問いに対して、ゆっくりと微笑んでいた。
「――クロジ。それだけ」




