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恋した魔女の中で生きる  作者: 菜乃音
第二章

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49 夢を見るのが悪夢だというのなら、抱く希望を夢と称せるのか

 白い線が割れた硝子のように走る黒い空間に、魔女は居た。

 居たというか、繋がった、が正しいのか。


 ローブについたフードを被った魔女、メグちゃん。

 蒼い瞳が見え隠れするように、前髪は緩やかに揺れて、風が無いのに風を感じさせてくる。


 ――本当に風は吹いてないんだよな。


 夢の中とはいえ、筋肉が風を理解できないはずがない。

 俺の筋肉は特別だ、それ以上の根拠は必要ないだろう。


「それで、何をしに? まさか、ただ人様の夢に遊びに来た、なんて戯言を言うような子じゃないだろ?」


 メグちゃんは確かに幼かった。

 だけど今目の前にいる魔女は、メグちゃんの皮を被った何か、悪魔に近しいものだろう。


 ――悪魔を意味する魔法。間違えば、俺は悪魔の手によって捕らわれるな。

 ――仮にマナミが助けてくれる……いや、今この状態が本来メグちゃんの魔法の根本だとすれば、マナミは恐らく天秤にかけて、選べないで様子を見るか。


 俺は最低な奴だ。

 マナミがあの力と向き合っている最中だというのに、あの力を使うこと前提で考えてしまった。


 マナミにはできれば無理をしてほしくない。最終的な思考の行きつく先は、俺がメグちゃんと向き合うことだ。


「クロジたま、今のメグをどう見てるの?」

「控えめに表現するなら、隠れた筋肉を見せている、だな。ひょろよわに見えても、実際は整った筋肉を持つ奴は何万と居たからな。まあ、俺に筋肉を見せたところで、筋肉は俺にとって一つしかないけどな」

「言葉が多い。姉たまが離れない、傍に居る、分かる気がする」


 メグちゃんはどこか別人のような雰囲気こそあるが、言葉遣いが少し大人びただけで、中身に幼さが残っているのは良心的か。


 メグちゃんは俺の心を撫でるように、いたずらに笑みを浮かべて、人差し指を口元に当てていた。


「ふふ。それじゃあ、今からクロジたまを壊しちゃいます」

「可愛い顔して、さらっと怖いことを言うな。メグちゃん、夢の中とはいえ、ここは俺の夢だ。一体なにをしよ――」


 俺が最後まで言い終わることなく、目の前の魔女は魔法を口にした。


魂を悪魔(ワンス・)に捧げて昔に(アポン・ア)戻る夢を見た(・ドリーム)


 その言葉は、外の世界から来た俺に対して使う言葉だと、瞬時に認識できた。


 考えよりも先に止めようと体は動いた。

 それよりも早く、世界を魔法は浸食している。


 夢=幸せ、なら夢を見ないのは悪夢ではない。

 夢を侵されるのが悪夢であり、夢の中だと認識する。


 そんな文字列が俺の頭の中に浮かび上がるだけではなく、身動きがわずかに鈍った。


 メグちゃんの悪魔を意味する魔法、その意味を俺は身をもって体験しているんだ。


 拳が空間を打ち砕くよりも先に、空間が移り変わっていた。


 ――ここは?


 見た感じ、どこかの街だ。

 街というよりも、街だった、が正しいのかもしれない。

 見えている視界の中だけでも、至る所は砂煙や家の壁が崩れ、廃退した街中を連想させてくる。


 先ほどまで吹いていなかった風が、肌を撫でた。

 鼻をつつく、土の匂い。

 本当に夢なのか、と疑いたくなるほどにリアルだ。


「これはまだ始まって間もない頃」

「メグちゃん。そもそも、ここはどこだ?」


 不意に止まった風。

 肌を撫でていた風が止まったのを見るに、この夢は何かの再現をしている可能性が高い。

 にしてもリアルすぎるからこそ、俺はどこか危機感を覚えているわけだが。


 夢の中で物理的なダメージを受けようものなら、現実の俺が体を震わせる可能性だってある。それは、マナミの負担を考えれば避けたいところだ。


「クロジたまに分かりやすく言うと、島の外。長い長い海を越えた先にある大陸、って言ったらいい?」

「なるほどな」


 この場所自体に名前こそなさそう……いや、無くなったが正しいかもしれないが、住んでいる島からより離れた場所にある陸地なのだろう。


 荒れた跡地を見ていた俺は、ふと上を見上げて言葉を失った。

 この場で立っていられるのも、見上げる続ける理由が無ければ出来なかったほどだ。


「どうしてあいつが……どうして、マナミがここに居るんだ」

「あれはクロジたまの知っている姉たまじゃないよ?」

「じゃあ、誰だ」

「知っている姉たまじゃないだけで、今から知るから」


 メグちゃんがそういった瞬間、時間は動いた。


 空に浮かんでいたマナミは、何やら警戒している。

 警戒をしていると捉えたのは甘かったようで、既に臨戦態勢に入っていたんだ。


 空が謎の煙を吸い上げたかと思えば、永遠に残る傷を残していた。


 マナミの周りに、多くの人影が、同じく空に浮かんでいる存在が現れたんだ。


「あれは、魔女か?」

「うん。クロジたまが恋をしたいって言ってる、他の魔女たち。もとは、私の姉たまたち」

「……もとは、ってことは既にか」

「気づいた? 今見せているのはね、メグの記憶と母たまの記憶で再現した、遠き日に起きた魔女の争い」


 思わず呑み込んだ息が熱かった。


 俺は最初から、メグちゃんの手で踊らされていたらしい。


 最初に見た、俺とマナミがこの時間に辿り着くキッカケとなった夢は、恐らくユリシアがメグちゃんに手を貸した可能性がある。もしくは、メグちゃんが別の意味を使って持っている記憶。


 記憶は時間。

 言ってしまえば、恐れた記憶を悪魔として形作れば、悪魔を意味する魔法の(ことわり)に刻まれてもおかしくない。


 だとしても、メグちゃんがあの光景を見ていない、ましてや記憶が残るのはあの場だと三人のみの筈だ……。


 俺に考える時間を与える気はないのか、既に動き出していた。


「きっと、クロジたまの見ていた姉たまは、優しいんだよね」

「優しいな。ああ、優しいさ」

「……メグね、クロジたまが姉たまを壊したの、許せないの。だからね、クロジたまも一度壊れるべき。うん、そうすべき」


 幼さ故の無垢。

 メグちゃんの純粋な気持ちを、無視することはできない。


「なら、特等席で見学させてもらうとするか。筋肉が話せたら、マナミを知るキッカケになる、って口にしただろうからな」


 皮肉を口にしたつもりだが、メグちゃんは特段気にした様子を見せていない。それどころか、どのように俺が苦しむのか、その姿でも想像していそうだ。


 夢の中ですら想像するのは、器用すぎて尊敬できる。


 流れる夢は実に、俺の想像を遥かに超えていた。


 マナミは多くの魔女に囲まれたとしても、傷一つなく凌いだだけではなく、正確に一人一人確固誘導していたんだ。


 ただ一つ、マナミ自身が魔法を抑制していることを除いて。


 そんな俺の心を読むように、メグちゃんは口を開いた。


「姉たまの魔法は、他の魔女を対象にはできない。どうしてか分かる?」

「……魔女が魔法を扱うから、か?」

「うーん、それだと曖昧。姉たまの魔法はね、自然の形を崩すくらい魔女の魔法で乱される。だから、限定的に出来ない、見えていないものでも周囲に出すのが限度」

「それはさ、マナミが魔法を使うこと前提だよな」


 無視するようにマナミの行方を目で追うメグちゃんは、俺の言っている意味を理解しているのだろう。

 幼げな言動が多いとはいえ、相手は魔女だ。


 俺よりも長く生きているだけではなく、魔女同士の探り合いなら俺より何枚も上手だろう。


 流れていく映像に、俺自身が壊れることはなかった。

 なかったが……目を疑うことくらいはした。

 目を疑っただけで、それがマナミだ、と受け止めて終わっている。


 マナミは縦横無尽に空を制覇するだけではなく、誘導した魔女はマナミの仕掛けた魔法の玉に触れて再起不能に陥っている。


 魔女は原型こそあった。

 ただし、白い花が咲き、壁を背にして力なく咲くことを忘れているが。


「ほら、これが姉たまの正体。優しいように見えて、本当は自分だけが生き残るためにあがいている、悪魔そのもの」


 壁を背にしたそれを、マナミは持っていた剣で突き刺したんだ。


 ――マナミ。俺は、気づいてやれなかった。すまない。


 感情を殺しているように見えたが、マナミは確かに泣いていた。


 横たわったそれに、花を置いて。

 その花を俺は知っているし、マナミが添えているのを見たことがある。


 マナミはその場で瞬時に、花を魔法で編み出したんだ。


 マナミの顔に飛び散っていた赤い花弁は、ジュワッと音を立てるように湯気を昇らせていた。


 何本、何十本、何百本と、その映像は続いた。


「なるほどな。それで、この島が出来たと」


 マナミは疲れた様子で、どこか遠い場所。

 陸地から離れた魔法に侵されている海をずっと一人で彷徨い続け、魔法を集めていたんだ。


 海には毒があると言っていたが、陸地から広がった魔法の残滓によって、人が飲んだら死に至る海域になっていたのだろう。


 マナミが島を創り、国である『ラスト・エデン』が出来ようとしているところで、その映像は止まった。


 止まった中、俺は島の大地に降りている。

 目の前にあるのは、マナミの家だ。


 出会った時と何ら変わらない、見方を変えれば過去を映しているようなログハウス。


 俺は横に降りてきたメグちゃんを見て、頭を下げた。


「どうしたの? もしかして、やめてほしい、とか言う訳じゃ――」


 メグちゃんが言い終わるよりも先に、俺は言葉を口から吐き出した。

 感情的ではない、ただ、感謝を口にしたんだ。


「マナミの過去、今に至る経緯、それを見せてくれた小悪魔には感謝をする」

「いきなり何? 壊れすぎて、正当性を図ってる?」

「哀れる必要はないさ。……俺はそもそも、マナミがどうあれ、マナミを愛したいし、恋したいって決めた相手だ。マナミが他の魔女をその手にかけたなら、俺はそれに理由が無いとは思えない。生き残ることをマナミは強く望んでいるし、俺はそんなマナミに憧れを抱いたからな」


 メグちゃんは確かに、俺を壊す目的で過去を見せたのだろう。

 俺にとってはこんな過去程度、むしろ見せてもらえただけ儲けものだ。


 マナミは過去を話したがらないだけではなく、魔女の話になると暗い一面を見せていた。


 その回答として言えば、南西の開拓……マナミの了承を得た上で、エルリッシュ王から頼まれている依頼を更に深く知る悪くない機会となった。


 俺がマナミから期待を受けている以上、本腰を入れたかった理由が明確にできる。


「はあぁ……。これは、メグが思っていた以上に、魔女に対しての執着……姉たまに対する思いが強い」

「魔女に恋をしたい。それは変わらないし、困ったら筋肉で解決すれば済むからな」

「……」


 メグちゃんは俺を蔑んだような目で見てきた気がしたが、それはすぐに幻想へと消えた。

 消えただけで済まずに、メグちゃんの隣の空間にヒビが入っていくのが見えた。


 割れた空間は全域に広がったが、その空間の中心に残った存在に――俺は息を呑み込んだ。


「姉たま、こんなことを言ってるけど、どうするの?」

「変質者。それ以上の裁定は必要ない。クロジ、あとは現でね」


 その言葉を聞いたのが、夢の最後だった。

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