45 もう一人の魔女
急を要する出来事だった。
種を土に埋めていた時、島全土を揺らす地響きが起きたんだ。
その地響きの中心と思われる国――ラスト・エデンに俺とマナミは飛んで向かっていた。
マナミの魔法での移動速度は、体感だが秒すらかかっていないだろう。
歩けば半日はかかるような距離を、コンマとも言える速さで移動したんだ。
周りの風が音速、所謂ソニックブームを出していた時点で予想はできていた。
国の真上に差し掛かると、マナミは険しい表情をしている。
「これは……国よりかは、城で煙が上がってんな」
南から襲撃があったのか、お城のエルリッシュ王が位置する間である南側の大きめな壁は半壊し、砂煙を立てて室内を露出させている。
眼を凝らせば、砂煙の中に人型のような、うごめく怪しい影が見える。
それだけではなく、防衛するように空を裂く跡、エルリッシュ王の剣筋と思わしき気配があった。
エルリッシュ王が自ら防衛に当たっているとなれば、事態は思った以上に深刻だ。
空に浮いたまま事態を把握していると、マナミが声をかけてきた。
「クロジ」
「どうした?」
「ここから投げる。だから、先にエルリッシュと合流して」
「……分かった。マナミはどうするんだ?」
「この元凶、あの子を、魔女を止めてくる」
マナミが目をやった先を見ると、俺らと同じく宙に浮いている、ローブを着た魔女がいた。
体系的にはマナミより小柄。表情に至っては、ローブに付いたフードを深くかぶっているので顔を視認することはできない。
ぼんやりとだが、あの魔女は自身の周囲を歪ませるほどの力を宿しているように見える。
俺がマナミと向かう手も考えたが、魔法相手に筋肉は武が悪い。ましてや、筋肉が効くかどうかで話が変わるだろう。
「マナミ。俺をエルリッシュ王のいる場所に飛ばしてくれ」
「うん。クロジ、空中分解しないでね」
「俺は機械じゃあすてぃぃぃいす!?」
マナミは俺が言い終わるよりも早く、お城の方目がけて、俺を発射するように砲弾のような勢いで傍から打ち出したんだ。
空気抵抗を無視して、俺は突き刺さるようにお城の外壁を上から貫いた。
「よし、無事だ」
「よもや屍ではないだろう。貴様、ふざけている場合か」
エルリッシュ王は無事だったようで、床に突き刺さった俺の足を持って、力強く床から抜いてくれたんだ。
瞬間的にエルリッシュ王を見ると、布を腰巻にし、手には装飾のない無難な剣を携えている。
鋭いような視線を向けてくる蒼の瞳は、どことなく圧がある。
「構えよ。奴の第五群が迫るからな」
「第五? ……なんだ、あれ、人か?」
俺はエルリッシュ王に言われるなり、拳を構える。
こちらに向かってくる、青色をした異形の人。
人にしては目が無く、耳もない。
手足があっても関節があるかは不明だが、後ろに翼を携え、頭には角らしきものがある。
その異質な存在は、風圧を感じさせる勢いで近づいてきていた。
後ろを見るとエルリッシュ王の座っていた玉座が崩壊しているので、あの異形の仕業だろうか。
「たわけ。王の椅子が破壊されたのは模造共ではない。……向こうで魔女めが対峙し始めた、ワレェイがよく知る人物の仕業よ」
奇声のような風切り音と共に、青き異形は前に来た。
顔面を打ち抜くように、容赦なく手を振ってくる。
――変化系か!
わずかに手を避けたはずが、頬から血がにじんでいた。
皮一枚を削るほど、鋭利な手に、足を持っているようだ。
そんな奴らが十体ほど来たが、六体はエルリッシュ王と間合いを取っている。
俺は開幕の合図として、瞬時に反撃に出る。
核が分からないので、とりあえず拳を胴体へと叩きつける。
重い一撃になった拳は、内部にまで響く。
まず一体、水袋が弾けるように消し飛んだ。
弾けた青い雨が、ジュワッと音を立てて床に付着している。
「なんだ。簡単に倒せるな」
「油断するな。今こそ魔女めが猶予を生んだ。だが、簡単にはくたばらん模造品よ」
エルリッシュ王は一振りで六体を消し飛ばしたようで、剣筋が空と海の境界線を斜めに割っている。
エルリッシュ王の威力に驚く間も与える気はないのか、異形が迫っていた。
形こそ人に似ているが、人とは別の物。
言ってしまえば、人を超えた存在に近い。
俺はカウンターで合わせるようにして、二人目の両手両足を逆関節に曲げ、宙に投げる。
「ふん!」
青い雨が降る中、続いて三人目の脊髄をひねり、四人目の方へと力強く投げた。
二人目が真正面に落ちてくる瞬間、俺は溜めた拳を振りぬき、三人まとめて胸部を貫通した。
俺の右半分が青色に染まり、ジュワッと溶解液みたいに溶ける音を立てている。
「なんだ、これ」
「ふむ、それでもくたばらぬか」
エルリッシュ王は異形の溶けて倒れた残骸に目を向け、剣を下ろしながら続けた。
「こ奴らは悪魔よ。貴様の言う世界ならば、伝承や御伽話に近いか。貴様にかかったのはこ奴らの血、元来は骨をも残さぬ戒めよ」
「なるほど、つまりは苦しめるための毒と。あの大魔女の毒に比べると優しいな」
「メグめ。ワレェイの妹ながら、こんな奴すら始末できぬか」
「何さり気なく俺を事故に装って駆除しようとしてるんだ?」
エルリッシュ王が冗談で言ったのは分かるが、今はそんな場合ではないだろう。
俺の気は既に、視線の先の宙に浮く、マナミの方に向いている。
マナミは加減をしているのか……エルリッシュ王にメグと呼ばれた魔女と拮抗した状態が続いている。
魔法が空を支配しているものの、マナミの魔法は光弾による置き型。見たところ、守りに徹している。
国の上空を考えれば、被害を出したくないのだろう。
――俺は、マナミの力に、慣れないのか。
付着した青い血はぎゅっと握りしめた拳を辿り、落ちては床を溶かしていた。
マナミは魔女の攻撃を捌いてこそいるが、決定打を探している状態だ。
俺が悩んでいると、エルリッシュ王が肩に手を置いてきた。
「クロジよ。下にいる民は全て退避させてある。そしてメグには、魔女めのあの力以外効かん。魔法以外なら物理的な威力こそ剣と成し得るが、力なき魔女めは無理だろうな」
「マナミには、なのか?」
「ワレェイの妹たるメグは島の結界を破るだけで魔法の大半を消費している。脳ある愚者ならば、云わなくとも伝わろう」
「エルリッシュ王。俺を向こうまで投げてくれ」
俺は多分、言う相手を間違えていたのだろう。
言い切るや否や、エルリッシュ王はどこからともなく鎖を取り出し、俺に巻き付けてきたんだ。
そして勢いよく、俺もろとも円状に振り回し始めた。
「よくぞ言った! その身をもって行くがよい!」
エルリッシュ王がハンマー投げのように振り回す手を離せば、俺は弾丸の勢いで宙の壁を打ち抜いていく。
「止まらねぇぇえええ!?」
「えっ、クロジ!?」
一直線すぎたのか、二人の間を通過してしまった。
その時、一本の白刃のような空気が城内から飛んでくる。
俺はその空気を使って体を勢いよくひねり、魔女の頭上を取った。
フードを被っている魔女にとっては、真上にいる俺は完全なる死角だ。
「マナミ! 俺の拳に風の魔法をかけてくれ! 頼む!」
マナミはすぐに通じたのか、俺の拳は風が加護するように螺旋状の空気を纏う。
魔女は俺に気付いたらしく、すぐさま腕で防御する姿勢を取っていた。
「それくらいの防御……筋肉にとっちゃ、甘いんだぁあああ!」
この拳は魔法の加護を得たものだ。
俺は空の面を真下に向かって蹴り、勢いのまま拳を突き出した。
拳は魔女との間にできた風の層を押し込み、魔女諸共地上へと瞬時に落ちていく。
豪快に風を穿ち、砂煙を巻き上げながら地をえぐった。
地盤には影響がなかったのか、俺と魔女を中心にクレーターだけが出来ている。
これには耐えられなかったのか、魔女は軽く伸びた様子だが、命には別条なさそうだ。
とはいえ、周りの家は数件ほどクレーターの餌食になって崩れているが。
魔女をどうすべきか、と悩んでいるとマナミが下りてきた。
「マナミ」
「クロジ。無茶しすぎ。でも、ありがとう」
「ああ。それより、その子は無事か?」
「うん」
マナミはすぐに魔女の方に手を伸ばし、フードを脱がした。
フードが外れると同時に、黒いストレートヘアーがふわりと広がり、前髪にメッシュ程度の銀髪が見える。
目を閉じているが、瞼の隙間から薄っすら透きとおるような蒼い輝きを感じた。
幼い顔立ちをした少女を起こすように「メグ」と名前を呼んでマナミは抱えながら軽く体を揺らしている。
「ふむ、どうやら無事のようだな」
「エルリッシュ王」
「エルリッシュ、国はごめんなさい。さすがに、この子相手じゃどうしようもないの」
「ワレェイが何よりも理解している。妹とはいえ、手を随分と焼いていたようだな」
「クロジが居なかったら、困っていたでしょうね。あっ、クロジ、この子はメグ。私の妹で、私と同じ魔女。……えっと、今は気絶しているから、あとで自己紹介させる」
マナミが半笑いで言うのを見るに、メグと呼ばれた子に手を焼いているのだろう。
マナミ以外の魔女は何気に初めて見たが、御伽話で聞くようなおぞましい印象を感じられない。
むしろメグに至っては、幼い風貌もあるが、マナミよりも幼さを感じさせてくる。
困惑していると、エルリッシュ王が声を響かせた。
「貴様らにはワレェイの妹が迷惑をかけたな」
「迷惑だなんて、そんな」
「壊れこそしてしまったが、ワレェイの妹を迎えた宴をするとしよう」
意気揚々とお城に戻るエルリッシュ王を見て、マナミはため息を吐いていた。
「クロジ、あまりメグを人目に晒しておきたくない。だから一緒に」
「わかった」
フードをかけてから、マナミは慣れた手つきでおんぶしていた。
完全に親子関係のように見えるが、これで姉妹なのは驚きだ。
驚きを隠すように、俺はマナミの後に続いて、お城へと向かうのだった。




