44 未来に種を蒔く
「これは、結構いい感じだな」
俺は土を手に取り、軽く口に含んだ。
土のミネラルこそ強いが、ポンプで引いている海の水をある程度調整したのもあってか、毒素のない水として最適化された土壌の成分が出来上がっている。
マナミに頼み、俺は家の近くに土改良の場所を得ていた。
これ自体はエルリッシュ王との話にも関与しているが、マナミの許可が下りたのはここ最近だ。
俺が土を口に含んでいた時、マナミが横から覗き込んできた。
「クロジ。土なんて食べて、お腹空いてるの? おじいちゃん、さっきご飯は食べたでしょう?」
「マナミ、俺をなんだと思っているんだ」
「変質者」
「孤高なる筋肉と思ってくれているのか、助かる」
一言も言ってない、と不満そうに頬を膨らませるマナミだが、特段興味がなさそうだ。
筋肉の良さをマナミにも知ってもらいたいが、筋肉をより極めなければいけないので長い話になるだろう。
とはいえ、マナミが俺の筋肉の虜になるのも近いはずだ。
一重で筋肉と言わず、俺の筋肉は筋肉であり、俺自身が筋肉なのだから。
俺はそんなことを思いながらも、土を呑み込んだ。
案の定、魔法特有の苦みがするので、創られた土であることに変わりはない。
苦虫をかみつぶしたような表情こそしてしまったが、本題に移っても問題はないだろう。
土壌的には、筋肉としても問題なければ、目的の種を植えるにようやっと適してくれたのだから。
「えっと、どこだっけな。あったあった。この種が必要だったんだ」
「……どこから持ち込んだの?」
「マナミ、話を聞く前に魔法を用意するのだけはやめてくれ?」
マナミは、分からなければ斬る、といった感覚で魔法を撃つことがあるので困ったものだ。
斬って分かれば苦労しないが、理解しがたいものではあるだろう。
「持ち込んだ、っていうよりも作った」
「クロジ。作るにしても、種を作る……ってどういうこと?」
「マナミ、顔を赤くしてるけど、別にエロい発言はしてないからな?」
「分かって言ってるの?」
「何、簡単な話だ」
「……もう、触れないから……」
俺は呆れ気味のマナミに筋肉を見せつけ、説明した。
誰でも分かる、筋肉方式種づくり。
この島にある種を二種類用意。基本的に、種は果実の中か、そこらへんに生えている草に埋まっているので十分だ。
二種類用意したら、筋肉で力の限り潰す、竜の玉砕きのように粉砕する。
種が粉になったのを確認した後、筋肉で種の相性を確認するんだ。
この時、種の相性確認を怠ると筋肉に悪影響だから、指先で触れる程度にしておくこと。
相性確認を終えたら、粉を手に取って、筋肉に力を入れて握り潰す。
筋肉を拝み、筋肉を信仰し、筋肉を信じ、筋肉の赴くままに、手の全てに力を入れるんだ。
そしたら何億の圧が粉にかかるから、手を広げれば粉が融合して種が出来上がっている。
「これなら誰でもできるだろ?」
「……民の人外化計画でも企てているの?」
「おいおい、冗談きついぜ、マナミ。みんなが筋肉を信仰できるように、簡単な調合方法を教えただけじゃないか。この島だと、科学技術がないから仕方なく、な?」
「むしろ、自分の筋肉を使えてクロジが一番喜んでる」
やっていることは筋肉頼り、俺の専売特許だから嬉しいに決まっている。どちらかと言えば、これで筋肉が科学に勝っていると知らしめて、筋肉像を知性的に建てたいだろう。
表には出していないつもりだったが、マナミに見抜かれるのは意外だ。
マナミは呆れたのか、首元のストールを軽く直してからため息を吐いている。
期待されていると思えば悪くないので、俺は良質な土に指の第一関節ほどのくぼみを隣接しないように何個か作った。
「この土なら、数日もあれば花が咲くだろうな」
「……はな? 咲くってことは、あの花?」
「マナミ、見たことが無いのか?」
マナミは首を横に振っていた。
この島に草花こそ咲いているのは確認済みだが、花と言い切れる花が咲いているのは確認していない。
魔女であるマナミが花を見ていても違和感はないが、どこで見たのか知りたいものだ。
ふと気づけば、マナミは崖と海の境界線に目を向けていた。
ローブの裾が風に揺れて軽くなびくものだから、やんわりとした立ち姿も相まって、どこか寂しさを感じてしまう。
「……この島を創る前、元いた土地ではよく見てた。でも、この島はドラゴンが湧くようになってから、花がむやみに散るのは嫌だから再現しなくなったの」
「マナミは本当に優しいな。そこら辺の感性だったら、日常にあったから、なんて理由に散ることすら考慮しないだろうな」
「クロジに言ったはず。残すものは、って。私は、島を守るのもあるけど、背負った罪滅ぼしじゃないけど、限りある命をできるだけ残したいから……」
初めて、マナミの想いを強く理解できた気がした。
この島は確かに、命の価値を重視している。
命の価値と一概に言っても、生きる命の方だ。
果実に関しては生きる支えとなり、民と呼ばれる国の人々の血肉に代わり、子孫たる人を残している。
果実だけを見るなら、果実無くして生きることはできない、と言い切れるほどだ。
どこで生産しているのか未だに不明だが、料理に時折使う肉ですら、元となっている餌は果実らしいのだから。
マナミはきっと、限りある命を残すために、果実にたくさんの想いを詰め込んだのだろう。
魔女にしか分からない、途方もない時間の概念をそこに詰めて。
「そっか。じゃあ、今俺がやっている行為は、マナミの想いを無下にしそうだな」
「……大丈夫。クロジが国のためにやるなら、私が守るから。約束して、より色鮮やかにするって」
「ああ、約束だ。それに、花は果実と違った綺麗な染料になるし、花びらだけを取っても大丈夫なタイプを作ってるからな」
「咲いていないのに言い切れるなんて、変なの」
俺は何度も自然と触れ合っていたおかげか、種から生まれる形すら筋肉で理解できるようになっていた。
だからこそ筋肉で種を作り、こうして別の花へと生まれ変わらすことができるのだろう。
「まあ、これは試験的だから、染料も家で使う分で十分だけどな」
「……家の色を変えるのはいいけど、目に悪くしないこと」
「わかった。だから、そんな目を向けないでくれ」
マナミがジト目で見てくるのもあり、俺は苦笑するしかないのだが。
種を植えた土を軽く手でたたき、成長が楽しみになった、その時だった。
「――なんだ!?」
大きな轟音と共に、島全体が揺れたんだ。
島全体と感覚で分かるくらい、大きな地震に近しい揺れ。
俺が動揺していると、マナミは国のある中央の方角を向いて、俺の方に手を伸ばしてきていた。
「これは、王国の方。範囲外の……クロジ、私の手を掴んで!」
マナミが険しい表情で言ってくるので、俺はマナミが向けた手を掴んだ。
刹那、マナミは俺ごと宙に浮きだし、空を一直線に割いて移動している。
「……壊れてる……まさか。本当に、来たの?」
「マナミ?」
「クロジ、今言えることは。私の手を離さないで。民の無事を……今は祈って」
「分かった」
突然の事態に焦るマナミと共に、風を切り裂きながら王国の方へと急ぐのだった。




