43 願いよりも、ただ魔女が好きだと知っている
……もう、朝、か……。
ぼんやりとする視界に、ほのかな明かりが差し込んでくる。
起きた眼には痛いはずの光が、どこか心地いい。
ふと気づく、やんわりとした感触。布団は無いはずなのに、確かな温かさ。
実にリアル、と言えるほどの奇妙な夢を見たせいか、未だに起きたという実感が湧かないせいだろう。
ここに来てからは眠る時も起きる時も、時間という概念に追われていないのに不思議だ。
筋肉は既に目を覚ましていたのか、血液の流れが鮮明に分かる。
ぼんやりとした意識の中、目をこするために腕を動かそうとした時だ。
「そっか、俺はマナミと寝たんだった。……てか、なんでマナミはいつも俺の上で眠ってるんだ?」
重い瞼を上げると、そこには俺を枕代わりにして、布団のように被さっているマナミの姿があった。
マナミは心地よさそうに、俺の胸板に頬をぺったりとくっつけては、すやすやと小さな寝息を立てている。
マナミは俺よりも背が低く小柄だからか、ここが居場所、と眠っているのに思わせてくるほどだ。
これがベールを付与した寝間着姿でなければ、俺の心はまだ平常運転だっただろう。
上を陣取られているだけでなく、マナミの果実たるふくらみの柔らかさを脳が破壊される以上に堪能しているせいだ。
とはいえ、マナミの寝顔を軽く拝めたのだから、どっちにしても幸福には変わりないが。
マナミの寝息に合わせてわずかに揺れる前髪は、微笑ましい、の一言で表すのが勿体ない。
――どうするか。
マナミを起こさないようにしたいが、動こうとなれば必然的に起こしてしまう。
筋肉を震わせようものなら、マナミに対して無駄に振動を与えかねない。
俺は今、心を筋肉にして落ち着かせているが、柔らかな素肌がほとんど密着した状態だからこそ、野心に帰らないようにするだけでも精一杯だ。
あの夢の言葉が本当であったとしても、俺はマナミを性的な目で見る気はない。
見る時は、お互いに望んだ時、それだけで十分だろう。
我慢こそさせたくないが、口を開くのも、時にはお互いの感情を見るということか。
自身を納得させようとしたところで、現状打破できるわけもない。
「仕方ないか。……マナミ?」
そっと声をかけると、小鈴を鳴らすように喉が軽く鳴った。
マナミが「うぅん」と声をこぼすものだから、俺はついつい頬を緩めてしまう。
「……クロ、ジ?」
マナミがやんわり気味に声を漏らしたのもあり、自然と手を伸ばしてしまう。
手が伸びた先は、マナミの髪。
眠気眼のマナミを見つつ、俺はゆっくりと、傷つけないようにマナミの頭を撫でていた。
手のひらから感じる、髪の艶やかさにきめ細かさ……一本一本にしっかりと栄養が通った髪触りは、指の合間に実感を残しては抜けていき、触っているだけなのに心地よさを覚えさせてくる。
マナミの髪によく触れてこそいるが、こうして無防備なマナミに触れることは今までなかった。
撫でていると、次第にマナミがふにゃりと表情を和らげるので、俺も誘われてしまう。
寝ている時は誰もが可愛いとはよく言うが、マナミはその中でも一番わかりやすいだろう。
「マナミ、そろそろ起きような?」
「うぅぅん。……え、あ、クロジ」
声をかけると、閉じていた瞼はゆっくりと上がっていく。
瞼の隙間から覗き込むように、水で濡れた黄緑色の瞳が輝いていた。
潤いを見せるその瞳にすら、俺はマナミの形を覚えてしまう。
意識していなくても、俺はマナミを選んだ、恋した魔女なのだと理解できる。
「おはよう。よく眠れたか?」
「おはよう。うん」
マナミは、じわじわと頬を赤くしていた。
そして俺の上で眠っていたと理解してなのか、慌てた様子で上半身を起こし、手を横に振っている。
「こ、これは違う。えっと、その、いつもの場所と違ったから、クロジの上が落ちつくとかじゃなくて、眠るために致し方ないというか……っ!」
「寝る場所なんてどこも変わらないだろ。俺はマナミが温かくて、ちょうどよかったしな」
俺からすれば、マナミがほとんど下着姿、ベビードールで手を横に振るものだから、胸部を隠す布から連なるベールが横に暴れて目のやり場に困る。
朝からマナミの胸下やお腹を見たところで、夜の自家発電をするつもりはないから良いのだが、男としては困るのだ。
俺は朝の獣を誤魔化すように、あることを口にしていた。
「『お母さま。私、怖いです』って言葉なんだ――」
「……クロジ。どこで、どこで聞いたの!」
俺は最後まで口にする権利を貰えず、瞬時に光が襲った。
頭だけを吹っ飛ばされこそしたが、魂と筋肉は一つとなり、俺はマナミに視線を向けておく。
「……『私のあの力は、魔法と言えるのですか?』もマナミであってるんだよな?」
「クロジ。もう、やめて」
マナミは悶えるように、俺の胸板におでこを押し付けてきた。
そこまで過去を悔いることではないと思うが、マナミにとっては黒歴史に近いのだろう。
マナミのライフはゼロかもしれない。だけど、俺は言っておきたい。
マナミにちゃんと伝えておくべきだと、勝手だと知っておきながらも口にしたいんだ。
「俺はマナミに恋をし続ける。だから、マナミもいずれ、答えてくれよ。いつまでも待ち続けるから」
「勝手すぎ……クロジ。その、どこまで見たの?」
マナミは夢で見たという確信を持っているようだ。
揺らがない瞳が、何よりも証拠と言える。
「最初に伝えた言葉から、ユリシアが俺に会える、ってことを伝える場所までかな」
「やっぱり、夢で見たの?」
「そうだな」
「……クロジは私と関係を持っている。だから、クロジにきっと、私の魔法が助けを求めた……のかも……」
「なんだよ。マナミが俺に愛を吐いてくれた、ってことで俺は納得しかないが?」
「そうやって納得しないで」
マナミはムスッとこそしたが、嫌ではなさそうだ。
ふと気づけば、マナミは胸を隠す布地の位置を指で直している。
男の前であろうと直すのを見るに、異性としてやはり見られていなそうだ。
もしくは見るに値しないか、特別なものとして扱われているのだろう。
魔女の考えこそ不明だが、マナミの考えくらいは理解したいものだ。
「そういえば、クロジはユリシア様って言ってる。いつから本来ある大魔女様の本名を知っていたの?」
「何度も殺されてるからな、筋肉が持ってきてくれた記憶が蘇っただけだ」
「変なの。……変質者」
「俺は変質者じゃない、妄想信者だ。それとマナミ、ずっと谷間が見えてるのは流石に辛い」
マナミはどちらかと言えば……いや、ある方だ。
それがマナミの前かがみによってなされる芸術になったのだから、俺の目線は先ほどから泳いでいる。
姿も相まって、目のやり場に困らない理由はずっと無いのだが。
「……この姿を見せるのは、クロジにだけ、だから……」
「それはありがたいけど、風邪ひくなよ? まあ、風邪を引く前に、俺の方が自家発電を開始してるけどな」
「クロジは私が魔女なのに心配してくれるから、安心できる」
微笑みを一つ置いて、マナミは俺の上からというよりもベッドから降りていた。
着替えるのかと思って視線をずらそうとしたのだが、それよりも先にマナミが声をかけてきた。
「クロジは、どんな服装が好き?」
「マナミだったらなんでも。……マナミだから、おっとりしていながらも凛とした感じの服なら似合うと思う。まあ、マナミは何着ても似合うだろうから、心配いらないだろ」
簡単に言う、とマナミは少し不満気な声こそ漏らしたが、それは微笑みに変わっていた。
――マナミと過ごして、答えを見つけるか。
マナミに何年、何百、何千、何万年経っても恋をされたいと、俺は想いを固く結ぶんだ。
この島で生き残る、その上の課程の一つに過ぎないとしても、マナミが大事だから。
「ふふ。クロジ、見ていてもいいよ」
「……それは、お互いに愛し合った時に堪能させてもらうからな」
「クロジのえっち」
決意を固めていると、マナミがわざとらしくパンツから手をつけて着替えようとしていたので、俺は静かに後ろを向くのだった。
マナミに試されている、それだけでも魂が鍛えられそうだ。




