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恋した魔女の中で生きる  作者: 菜乃音
第二章

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41 刺激的な魔女は夜の獣を知らない

 指の間を艶やかで柔らかな触り心地のある、黒い髪が触れては通っていた。

 俺は現在、目の前の椅子に座るマナミの髪を乾かしている。


 日課になってこそいるが、女の子の髪の柔らかさは男と違った髪質のせいか、むず痒さを感じてしまう。


 どちらかと言えば、マナミの今の姿に、が正しい気もするが。


「マナミ、これで終わり」

「クロジ。ありがとう」


 マナミはそう言って、当然ですが、と言わんばかりに俺が眠るベッドに腰を掛けていた。


 俺が半笑いしたところで、マナミはきょとんと首を傾げているので分かっていないのだろう。


 ――にしても、その姿で座られるのは夜が辛いな? 目覚めしは夜のダンディ狼か?


 マナミはいつもの寝間着姿ではなく、所謂ベビードール……極端に言えば下着姿に近い。いや、実際パンツが見えてしまっているので下着そのものを見ているようなものだ。


 若々しく潤う白い肌がちらりと見え隠れしつつ、ふくらみある部分を隠しながらも伸びたベールのような布で出来たピンク色のベビードール。

 マナミの白い肩を強調するように気品ある布地だが、肩紐の存在感は扇情的に誘発されそうだ。


 引き締まったお腹。

 開いたベールからおへそがちらっと見えるのは、男としては少々刺激的だ。

 誤魔化すように視線を全体に向ければ、太ももに連なる鼠径部が見えてしまう……端が紐で結ばれたパンツ。


 マナミを性的な目で見ているわけでもないのに、この無謀さは男心を鷲掴みどころか、交尾をしたことが無い男を勢い余って仕留めるには十二分すぎる。


 故意的にやっているのなら悪質だが、マナミは天然じみたところもあるので、俺を異性としての認識が薄い可能性もあるのだ。この世界での異性関係は、国にあまり立ち入っていない立場としては不明なのもあるので定かではないが。


 マナミと同居している上で、善性の心があるのか、男として最低にならないのか、そんな境目を歩かされるとは思いもしなかった。


 俺は息を呑みつつも、マナミをじっと見た。


「……クロジ、視線がえっち……」

「ああ、すまない。マナミが刺激的過ぎたから。でも、俺は見る」

「普通は見ないって言いそうなのに」

「マナミの姿をできる限り収めていたいからな。ていうか、なんで今日に限ってほとんど下着姿で俺の前に……」


 マナミは一度だけ、俺と一緒にお風呂に入った後に下着姿のまま待っていた過去があるので、無理に咎めることはできない。


 咎める以前に、マナミの自由を奪う権利などないのだが。

 不埒過ぎれば注意しようはあるが、俺だけの前だから云うに値しないだけだ。


 マナミはふくらみと布の隙間に指を入れて直す素振りをしながら、もう片方の手で扇いでいた。


「その、少し熱かったから……」

「もしかして、お風呂の火力調整がおかしくなっていたのか? 最初に入って気づかなかった。それだったらすまない」

「ち、違う……っ!」


 慌てたように手を横に振るマナミ。それと同時に、確かにあるふくらみも何気に横に揺れるので視線が辛い。


「考えていたら……のぼせていたみたい」

「そういや、今日はやけに長かったよな。……何を悩んでいたんだ?」

「なんで、悩みなのが前提?」

「俺が……マナミのことで悩んでいるから、一緒だったらいいなって思っただけだ」


 不意を突かれたように硬直しているのを見るに、俺がマナミのことで悩んでいるとは思いもしなかったのだろう。

 この時まで口にしていないのだから、マナミが知らなくて当然ではあるが。


 マナミは硬直が解けたのか、首を振ってうつむくように下を見ていた。


「付き人が主の為に悩んでいた、それを分からなかった、私……不甲斐ないのかな」


 俺に訊くように、口にするマナミは答えを探しているのだろうか。


「……マナミ」

「クロジ。クロジが私をどう思うかは自由。だけど、私は魔女。魔女なの……」

「……」


 何も言えなかった。

 言えなかったのに、ずっともやもやしてしまう。

 恋したい、それが俺の想う魔女(マナミ)だ。

 それと同時に……マナミという一人の女の子だからこそ、俺は俺の想いをぶつけている。


 どう思うか自由、それは俺に関係あることなのだろうか。

 生き残るための目的を分け与えられた傀儡(くぐつ)、とエルリッシュ王に評されたが、俺は俺なりの考えを持っている。


 確かに筋肉がどうの、と言って力押しをしてきた弊害もあった。だけど、今の俺が過去を蔑ろにするつもりはない。


 筋肉がくれた、この今を捨てたくないから。


「ちょっ、く、クロジ!?」


 俺は自然と、マナミをベッドに押し倒していた。

 仰向けになって俺の顔を見てくるマナミ。


 揺らめく黄緑色の瞳は、瞳の奥底でも俺を見ていそうだ。


 覆いかぶさる形でマナミの上を取った挙句、まじまじとした距離感は、何気に近しいマナミのふくらみが俺の胸板に当たる影響で脳が熱を生み出している。


 動揺か不安か……瞳が揺れているマナミを見ると、俺は本当に些細なことで悩んでいたのだと思わされそうだ。


「マナミ。俺はマナミの役に立ちたい」

「……役に立ってる、って起きた時に話したから」


 マナミは恥ずかしそうに頬をほんのり赤く染めながらも、俺から視線をずらそうとしなかった。


「もっと役に立ちたいんだ。俺の勝手だけどさ……マナミがあの力で悩んでるんなら、余計なお世話だろうけど少しでも力になりたいんだ」


 俺は身を乗り出すようにしながら、向き合ったマナミとの距離を更に詰めていた。

 呑み込む息が熱いのに、真剣な想いだけをマナミにぶつけている。


 マナミは軽くピクリと体を震わせていたが、少し悩んでから口にしたようだ。


「変わらない。私は、クロジが傍に居てくれるだけで力になってる。それに、あの力は私が向き合いたい。クロジが目の前で見せてくれた、自分の弱さを捨てる覚悟、持っていたように」


 マナミの真剣な言葉に、俺は口を出さなかった。

 マナミがそこまで本気で考えていたのなら、他者が口出しする必要はないだろう。

 それでも俺は、ちょっとだけお節介を焼いておく。


「そっか。それでも、辛くなったり、困ったりしたら、傍にいるだけの俺を頼ってくれよな。マナミを見ていたい、俺の気持ちだ」

「うん。受け取っておく」


 マナミが笑みを浮かべてくれたおかげで、俺はホッとした。

 押し倒すという強引なことをした自覚こそあるが、マナミに嫌われたら俺は正気でいられなかったのだ。


 まあ、嫌われていない、っていう保証はどこにもない。悲しいけど、それが現実だ。


 夜も遅くなってきたし、もうそろそろ寝た方がいいだろう。


「それじゃあ、寝る準備を……」

「く、クロジ……その、今動いたら、魔法を撃つから……」


 マナミがピクリと震えたのもあり、俺は首を傾げるしかなかった。

 視線を互いの体の間に向けているマナミの視線を辿るように、俺も視線を向ける。


「ご、ごめん! 気づいてなかった」


 今になって気づいたが、俺の膝付近はどうやら、マナミの足の間を通って軽く触れていたらしい。

 想いばかりが先行して、それ以外の事に気づけなかったのは良くない。

 どう動けばいいのか、と悩んでいたその時だった。


「本当に、強引すぎ……でも、クロジの想いは、心から優しいって分かる」

「ちょっ、マナミ!?」

「これは特別。恋は駄目って言ってるけど、付き人にご褒美をあげないほど落ちてないから」


 マナミは腕を回し、強引にも俺を抱きしめてきたんだ。

 おかげで体制を崩しかけこそしたが、マナミと密接に近づいたという意識がある。

 マナミが露出のある薄着なのもあってか、俺の素肌にぴったりと触れる柔らかい素肌の感触が鮮明に伝わってくる。それがまた、欲情をそそってくる。


 ダンディな獣ですらマナミを求めてしまうが、それはまだ早すぎだろう。


 俺はマナミを求めたいのだが、マナミは満足したのか、ぎゅっと抱きしめていた腕を離していた。


「その、マナミ。ありがとう」

「クロジ。寝てたら気づかないのに、今は気づくの?」

「……どういうことだ、それ?」

「なんでもない。クロジはそのままでいいから」


 マナミがわざとらしく笑うので、俺も釣られて笑っていた。

 こうして他愛もない会話で笑い合える関係。ある意味、望んでいた結末なのかもしれない。


 マナミはもぞもぞと動いてから、俺のベッドで居場所を見つけて横になっていた。

 結局、俺のベッドから離れる気がないマナミに不思議と疑問しか浮かばないのだが。


「……クロジが寝た後に、クロジの上に……忘れて。えっと、今後はクロジと同じベッドで寝たい。傍に居たいから」


 聞き逃したくない言葉を聞いた気もするが、触れたら触れられなくなりそうなので、心に収めておくべきなのだろう。


 マナミが無邪気な微笑みを浮かべるので、俺は自然と心が揺らいでしまう。

 マナミの柔らかな笑みは、何よりも心の栓を破壊する起爆剤だ。


「俺もマナミと寝たかったから助かるよ。あとでベッドを二人用にリフォームした方がよさそうだな」

「クロジが言うと冗談に聞こえない」

「本気なんだが?」

「もー。クロジ、早く、横に来て」


 マナミが催促するので、俺はベストを脱いでから、マナミの横に体を預けた。

 横を見れば、マナミの顔が間近に映る。


 ここまで間近でマナミの顔を見たのは先ほどぶりなのに、心拍数が自然と上がっている。


「ていうかマナミ、あの寝間着は着なくていいのか?」

「今日はこれでいいの。クロジも脱いだままだから、不公平」

「俺はこれがデフォルトだ」

「変質者」

「相対的に見れば、今はほとんど下着姿のマナミが手を出されぇええ!?」


 マナミが指を鳴らしたかと思えば、すぐさま俺は光に包まれた。

 久しぶりに魔法を食らったが、マナミの魔法は心地よいから問題ない。


 くすくすと笑いながらも、俺の胸元に手を添えてくるマナミは、小さないたずらっ子にも程がある。


 優しい温かさが手のひらから広がるように伝わるのは、自然と肩の力が抜けそうだ。


 そしてマナミがさり気なく寄ってくるので、より素肌が張り付くような感触を覚え、当たるふくらみと女の子の柔らかさがマナミらしさを物語っている。


 俺は男としての試練を与えられているのか、マナミも大魔女に似て厄介だ。


「それじゃあ、そろそろ寝るか」

「私がクロジに手を出すとしても、クロジは私に手を出したら駄目だからね」

「……どういう意味だ、それ? 俺はマナミに手を出さないさ。でも、寝返りで触れない保証まではできないけどな」

「クロジで安心した」


 マナミはそう言って、ちゃっかりと明かりの火を消していた。


 吹き抜けの窓から差し込む青白い光。


 その光は丁度斜めから入りこんでいたのか、マナミの輪郭を柔く照らしている。

 暗闇の中に不意に映る、黄緑色の瞳はより近く、向き合った状態なのもあってより意識してしまう。


「……おやすみ、マナミ」

「クロジ。おやすみ」


 俺はマナミの熱を感じながら、瞼を閉じた。

 寝静まった後、マナミがこっそりと動いていたことに、この時の俺はついぞ気づかなかったのだ。


 夢のように包まれる温かさが、愛おしかったからだろう。

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