37 ここが終着点であるのなら、この先も歩くだろう
大魔女との関係に一つの点を打ち、マナミと帰宅した夜のことだった。
「見かけによらず賑やかだな。……筋肉にも見せてやりたかった。いや、ただマナミに集中しろってだけで、お前は見ているよな」
ラスト・エデンと呼ばれる国の中は現在、至るところ見るところ人々で溢れていた。
道沿いすらも埋めるようにしながら、様々な果実や料理を提供している人々、それを美味しそうに食べる人や、裸踊りでバカ騒ぎをする人。国の人たちにとって、今日は一つのお祭りとでも言うべきなのだろう。
これでも万人行くか行かないかくらいの規模らしいので、それを全て一人残さずまとめ上げているエルリッシュ王は流石なものだ。
すれ違う人波をかき分けるように、俺は中央にそびえたつキノコ頭の城を目指した。
月明かりが地を照らしてくれるのもあり、俺は抱えた布袋を落とさないようにして、城の外壁をカサカサと這うように昇っていく。
影で筋肉が黒光りするのは、意外と様になっているのかもしれないな。
壁を昇りつつ地上を見ても、催しごと、と言ってもいいほどの賑わいだ。
どうやら今日は、俺とマナミが南西の『死の大地』と呼ばれる場所から帰るのを前提にして、出迎えるために国を開けて祭りごとを開催してくれたらしい。
これも全て、魔女であるマナミが国の人々……島の人々に愛されている証拠だろう。
ようやっと屋根の頂上にたどり着こうとした時、声が聞こえてきた。
「そうか。大魔女……いや、母なるユリシアめが、魔女らに試練を?」
「うん。でも、クロジは乗り越えて、新しい自分……この先の見ていなかった物語、人生と向き合えるようなことを言っていたの」
「……此度の大魔女との再会は、魔女めにとっては幸福だったと見える。随分と声が楽しそうではないか」
どうやら、屋根上ではマナミとエルリッシュ王が話しているみたいだ。
俺の気配にマナミは気づいているのかもしれないが、知らないのを前提で話しているのだろう。
覗くように顔を上げると、そこには屋根上に座るマナミの姿と、国を見下ろすように堂々とした面構えでエルリッシュ王が立っていた。
「……魔女めの線かと思ったが、実際は大魔女とあやつの事とは、ワレェイも随分と見誤ったものだ」
「仕方ないと思う。だって、私が中心となった元凶だし……記憶を持った大魔女様と、わずかな導きで立っていたクロジが相手じゃ、生き残るために戦う私たちじゃ見えるわけがないよ」
「魔女めは元凶ではなかろうに。あやつと合わせる顔が無くなるぞ。……魔女よ」
エルリッシュ王は布服をなびかせながら、マナミに訊いていた。
「あの魔法、いや、あの力を制御できそうか? これは貴様の、ワレェイの妹の命ではない、ワレェイ自身が気になったことだ」
「できるよ。私は、みんなから恐れられる魔女だけど……大切な人がいるから」
「ふん。以前よりも頼もしく見えるな」
ちらり、と後ろを見てくるエルリッシュ王は、俺の存在に気付いていたようだ。
壁に張り付いているのも無駄だと思い、俺は足の力だけで前に出た。
布袋を手に持ちながら、堂々と。
「マナミ、遅くなった。エルリッシュ王、今日はありがとう」
「クロジ。待ってないから」
「此度はご苦労だった。国を開けての祭りごとだ、十分に体を休めるがよい」
「王は民の元に行かないで、見下ろしたままでいいのか?」
俺は皮肉を言ったつもりだったのだが、エルリッシュ王は鼻で笑っていた。
「二度云わせるではない。王が居ては、民が心身ともに休むことなどできぬだろう。だが、貴様の案も一つある」
「ほう、それは?」
「王が自ら楽しんでいる姿を見せ、民を宴へと引っ張ればいい。時が違えば、民や国、王、それぞれの考えや法など、全て答えそのものよ」
「……あの王も大概だろ」
「そうでしょう。エルリッシュも魔女に近しい血筋……私の妹の兄だから、血筋的には吹っ飛んでるのは当然かな」
地へと飛び降りたエルリッシュ王の背を見ながら言い切るマナミだが、俺は初耳だ。
とはいえ、エルリッシュ王がマナミに興味なさそうなのは、俺としては嬉しい判断材料になる。
悩みの種がさり気なく消えたのは、ある意味好機なのかもしれない。
マナミを好きにできる、は語弊こそ生まれそうだが、邪魔が入らないのは嬉しいものだ。
俺はマナミの横に座りつつ、作った料理を布袋から取り出し、マナミに手渡した。
「ほら、マナミ。お店の器具を借りて作らせてもらったんだ。これなら、マナミも食べられるだろ?」
「クロジ。私は国のものも食べられるから。……でも、クロジが作ってくれたのは、美味しくて好き」
マナミはそう言って受け取り、包まれた葉を解いていた。
葉の中から出てきたのは、こんがりと焼けた果実と、果実の種で作ったおにぎりだ。
簡易なものではあるが、十分に栄養を補える料理だと言える。
筋肉と話せなくなったものの、脳髄に栄養価などが浮かんでくるものだから、実質的な被害は筋肉ナレーションが減ったくらいだろう。
マナミは少し口にしてから、口を開いた。
「……クロジ。クロジは、いつから思い出していたの? 私の知らない、その……」
マナミが聞きたいのは恐らくだが、俺がマナミに何度も出会い、この島に輪廻として転生してきている話のことだろう。
俺自身、記憶こそ定かではないので、全ての真相は大魔女の記憶の中だ。
それでも答えられるのは、マナミの質問である。
「……マナミと、あの洞窟で話した時、なんとなくかな」
「そのなんとなくの勘を大魔女様にぶつけるって、クロジはやっぱり変質者」
「久しぶりに聞いたな、それ」
不確かな記憶は一つの賭けだったかもしれないが、未来をこの手にできるなら、筋肉との会話を捨ててでも価値はあったと思っている。
いや、価値なんかで図るものではない――俺はただ、マナミとの今が欲しかっただけの筋肉だ。
とはいえ、マナミに名前を付けた、それすらも忘れていたのは恥ずかしい話ではある。
マナミも俺にクロジってカタカナで名前をくれたのだから、お互い様だろう。
「確認しても、いい?」
「随分と控えめだな。変なものでも――なんで腹を殴ってぇ……」
マナミは間髪入れずに、俺の腹を強めに殴ってきた。
魔法を使わないあたり、間違いなく自重しているのだろう。
「クロジは筋肉を失った。それは、再生がもうできない、クロジはの命は一回限りってことなの?」
「ああ、そういうことか。……さっき間違って火を浴びた際に筋肉が再生したから、筋肉がもっていた機能自体は失ってないみたいだな。まあ、筋肉は何でもできるから、当然だよな」
「……何をどうしたら火を浴びるの? 筋肉はクロジにとって薬なの?」
マナミは疑問しか浮かんでいないようだが、ピンとこなかったのだろうか。
火を浴びたのはただ単に、俺が筋肉で木の棒に摩擦で火を起こした際に近すぎたのが原因だが。
ふと空を見上げると、星々が煌めき、共鳴しあっていた。
俺とマナミを空が祝福してくれているのなら、自然とは優しいものだろう。
「マナミ。俺は、マナミに会えてよかった。だから……その、困ったことがあったら力になりたいから、気軽に言ってくれよな。俺は、魔女に恋をしたい、それは変わらないんだからさ」
言いたいことばかり自分勝手に言ったのだから、何を唐突に、と言われるとばかり思っていた。
だけどその言葉は返ってこず、間だけがあった。
恐る恐るマナミの顔を覗くと、上目遣いで俺を見てきていたんだ。
マナミは俺を見て、優しい微笑みを浮かべている。
隠されない口元からあふれ出る、マナミの優しさ。
夜の下に輝く、宝石のような黄緑色の瞳。
首元で揺れるストールが、地上の光も相まって、揺らめきながら白い粒を反射して川を生み出している。
不意に見惚れたその姿は、間違いなくマナミだ。俺の知らない、初めて見るマナミ。
「もう。云いたいことばかり言って……恋は、駄目だから。でも、クロジは召し使いから……付き人に昇格。裁定は、私」
マナミは自身の唇に指先を当ててから、その指先を俺の唇に触れさせてきたんだ。
――え、あ、これって……魔女の口づけってやつじゃ!?
俺の驚きをよそにクスクスと笑みを浮かべるマナミは、自分が何をしたのか理解していないのだろうか。
危うく心臓が爆発する、そう思えるほどの爆弾を一つ置いたのすら気が付かない?
「クロジ、驚いてる」
「驚くに決まってるだろ。やっぱり、マナミは優しいな」
俺がそう言った時、肌にぴとりと柔らかな感触を感じた。
横を見ると、マナミは俺の方に寄り添ってきていた。
「マナミ、夜になると弱いな」
「クロジにだけ、だから」
「そうしておいてくれ。……俺は、魔女の中で生きている、そんな妄想信者だからな」
「そっか」
そっけなく返してくるマナミは、静かに振動を伝えてきている。
国の明かりよりも、空の明かりよりも、マナミが眩しいと俺は知った。
マナミは立ち上がり、手を差し出してきていた。
「クロジ。私たちも行こう」
「マナミ。そうだな。この先は、俺も知らないから気になる」
俺はマナミの手を取って立ち上がった。
そして顔を見合わせて、屋根から飛び降りるんだ。
覚悟も、未来も、希望も、生き残るために、マナミの手を離さないように。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
無事、第一章は今話で完結となりました!
思った以上に長かったようで、短い話だったような、と感動深いものです。
次から第二章に突入となりますが、明かされていない謎、二人の恋の行方が気になるよ、って方はブックマークや評価で応援していただけると幸いです。
物語自体は完結まで毎日投稿(作者の体調管理不足は除いて)になりますので、不定期更新になるなどの心配なく読んでいただけることは保証できます。




