36 チェンジ・オーダー
見上げると、そこにはマナミに『大魔女様』と呼ばれた存在がいた。
きめ細やかな、銀髪のロングストレートヘアー。
白がかった藍色の瞳。
艶やかな白い肌からなる、若々しさのある顔立ち。
上品なローブを身に纏い、先端が丸み帯びた木の棒を持っている。
一目見ただけで言うのなら、憧れを絵に描いた存在、とでも言うべきだろう。
マナミが似た服装なのは大魔女ありきの可能性もあるが、印象の刻まれ方では間違いではないだろう。
ましてや周りが宇宙のような謎の空間に変わっているせいで、より仰々しさを感じてしまう。
「マナミに、クロジ。ここに来られたこと、それは褒め称えよう」
美しい声色から紡がれる言葉は、どこか他人事だ。
どちらかと言えば、人として見ているのかも怪しいだろう。
大魔女はマナミを見てから、俺の方を見てきた。
「祖は大魔女」
「へー、随分と美しい姿をしてんじゃねぇか」
「クロジ。大魔女様に失礼なものいいは良くない」
「マナミ、仕方ないこと。彼の立ち位置からすれば、祖は其方らの敵、敵に対して敬意を払わないのは当然の理」
マナミを簡単に手玉に取るあたり、この大魔女、やれる。
「悪夢を見せられたのにも関わらず、目覚めがよさそうか」
「残念だったな、俺はマナミの事をいちばーん、良く知ってるからな」
「魔法が使えたら、今頃クロジの頭を私が飛ばしてた」
マナミが敵になろうとしているのは不明だが、最低でも親である大魔女に敬意を払っているのだろう。
ふと気づけば、マナミが浮くようにしながら大魔女を見上げていた。
「……大魔女様。いますぐ、クロジの魔法を解いてください」
「随分とそのものを気に入っている。マナミ、かけられた魔法を己自身で解けないものに、魔女の傍に座る資格はない」
「なっ! クロジ、はなれ――」
マナミが言葉を最後まで言う前に、大魔女の杖が光った。
その光は俺を照らすようにして、既に標的にしていたんだ。
――この熱さ……またか。
筋肉は焼かれるように炎を帯び、魂はどんどんと蝕まれていくのを感じる。
筋肉が内側から焼かれるのならよかったが、腕を見れば炎が湧き上がってきている。
マナミが居なければ、俺は今すぐにでものたうち回りたかった。
それほどまでに、血は沸騰するように熱く、吐き出す息が喉を焼き、全身が干からびそうな程に熱を血液の如く生み出している。
心配して見てくるマナミに対して、俺はどうにか立ったまま耐えていた。
「大魔女様、今すぐこんなことは――」
「マナミ。それなら、其方が彼の魔法を消せば済む話。彼は魔法に耐性こそないけど、マナミならできるでしょう?」
全てを見据えたように、まるで何回も試行錯誤したような物言いは、明らかにマナミの力を知っている口ぶりだ。
その口ぶりに隠された意味が、マナミの生み親だからではない、と俺は知っている。だけど、今ここで口にすれば、あの大魔女の描いた通りになってしまうだろう。
どうにか筋肉は耐えてくれているが、いつまで持つかは予想がつかない。
もしかたら、先に毒が魂を壊すかもしれないし、細胞が再生できないほどに焼き尽くされる可能性もある。
その可能性を全て否定することだけを……俺は目を瞑り、魔女たちの会話を聞きつつも、真剣に考えた。俺自身の答えを、その場で証明するために。
「……私の、魔法」
「かの力を嫌っていようが、それは魔女を形づけるものの他ならない」
大魔女は含んだ笑い声を口にし、言葉を続けた。
「祖の魔法が彼を終わらすか、マナミの魔法が彼を壊してしまうか……どっちにしろ、彼は死ぬしかない」
「……どうして、どうして、どうしてクロジにそんな真似を!」
「――彼は、黒次はマナミを変えてしまった。ナトゥーラならば、そう口にし、マナミすらも手にかける」
まるで他人事にように、めちゃくちゃなことを言う大魔女だ。
子の持つすべてを奪い、壊し、醜い世界に導くっていうのか。
マナミは、人形じゃない、二回目の人生じゃないんだ。
――マナミが傷つく前に、壊れる前に、この魔法を……。そういえば、魔法に耐性が無いって言ってたけど、今の俺には一度きりだけどあるじゃねぇか。
この島に来てからの事を、俺は不意に思い出した。
マナミの魔法を初めて受けた時、俺は再生すると同時に、魔法を受け流せるほどの力を体内に宿していたことを。
あれは恐らく、城で食べた壁が原因だ。
あの壁はマナミやエルリッシュ王から聞いたが、魔法で出来た壁らしく、本来は食べるものに適さないらしい。壁自体食べるのがおかしい、とその時は極論に至りこそしたが。
そしてその後、ポンプを作るために時折食べた土。
あれもマナミが魔法で生み出した島だからこそ、魔法が宿った土であり、常人が多量に食べれば命を失う程の毒らしい。
――ここまで食べてきたものは全て、筋肉の導きだ。
そして今、筋肉は魔法を受け付けてこそいないが、あと一つ足りないものがあると伝えてきている。
マナミでも、大魔女でもない、俺自身。
最初から答えはあったんだ、あの場所に、あの時から。
目を開くと、マナミと大魔女は話を終えたのか、マナミが目の前で手を向けてきていた。
マナミの頬を伝う水は、悲しい感情に包まれているのか……。
「ごめんね、クロジ……私のせいで、私の、せいで……すぐに、楽にして――」
「マナミ、その必要はない」
「え?」
俺は気づいた。
俺自身、どうして大魔女との戦い以外は手を引くとマナミに口にできたのかも。
それは俺にとって、一つの別れを意味していたからだ。
――筋肉、今までありがとう。
――寂しかった俺を救ってくれて、マナミに会わせてくれて、ありがとう。
ずっと命を紡いできてくれたことに、俺は自然と感謝をしている。
俺にとって、筋肉は俺であり、俺は筋肉だ。
だからこそ失うことが怖かったのは変わらないし、今後も思い返すだろう。
思い返したとしても、それはきっと俺が俺である証拠だ。
生きる。それは、筋肉が紡いでくれたから出来たことだ。
「……其方、既に筋肉とは話せなくなっているのではないか」
「ああ、そうだな」
やはり、大魔女は知っていたらしい。
知っていたのではない、何度も同じことを繰り返してきたからこそ、知らない理由が無かったのだろう。
俺は息を吸って、深く吐き出した。
――休んでくれ。ここからは、俺がやる。
魂をむしばんでいた毒は消えるように、筋肉を焼き尽くしていた炎は内側に呑み込まれるように鎮火していた。
大魔女の言っていた通り、俺は筋肉と既に話せなくなっている。
マナミに選定をされた、あの日から徐々に。
徐々に消えていく筋肉だったが、記憶は持ってきてくれていたらしい。
意識の中、筋肉と重なったおかげで、俺は理解できた。
これをマナミに言う必要はないが、大魔女と向き合う上では必要だろう。
「クロジ、大丈夫?」
「もう大丈夫だ。マナミ、心配してくれてありがとうな」
心配そうに見てくるマナミは笑ってくれた。
そんなマナミの安堵をよそに、俺は大魔女に目を向ける。
「大魔女、あんたを倒したいって言いたいところだが、現状不可能だよな? そもそも、今のあんたは、倒すべき偽りではないよな?」
「クロジ、どういうこと?」
「……其方が繰り返したように、祖もまた記憶を持っている」
「一度マナミに概念から壊されて、繰り返すうちにマナミを守るためと称して、マナミに俺が付けた名前を授けたんだろ」
マナミ。それは、俺が彼女の中で生きると決めた時、魔女として彼女である――。
「■■■。それが本来お前が与えるはずの魔女名であり、マナミは今を生きるための名だ」
■■■。本来マナミの魔女名、それを俺が最後に書き換えたんだ。
「既に、マナミはフィニスを破壊した、最悪の結果は変わらない。いくら、其方が筋肉と共に祖の裏にあがこうとも、生きた関係から終わる関係に変わりはない」
「あの、大魔女様。私はフィニスを無にしてない」
「……それは」
マナミは証明するように、一歩を踏み出して、両腕に収まるほどの大きさをした黒い卵を大魔女の前に差し出した。
卵は浮かぶようにして、大魔女の元へと向かっている。
大魔女に近づくと同時に、明らかな影が卵を呑み込んだ。
俺はそれを見てから、口を開いた。
「今までなら、マナミが壊し、そしてマナミが俺を殺すことで物語を壊してきたかもしれない。だけど、それはここまでだ」
俺の記憶はあくまで、筋肉がかろうじて残していたもので正しいものではない。不完全で、大切なものすらも欠けているだろう。
それでも、大魔女がマナミを壊そうとするほど、この世界にとって諸悪の根源だ。
大魔女もまた、マナミに殺されたことで不死性は無くなり、永遠を生きる大魔女になっているのも事実だ。
筋肉と俺の魂が結ばれていたように、大魔女もまたマナミの為に繰り返しているのだ。
「大魔女様、私はあなたと争いたくありません。大魔女様とクロジの話は分からないけど……私はもう、この力を恐れない、向き合うって決めたから」
大魔女に覚悟を持って言い切るマナミは、付け入る隙が無いほどに決めていたのだろう。
俺自身、マナミの魔法は未だに理解しがたいものだが、きっとマナミは乗り越えられると信じている。
「祖はあくまで、世界の敵。娘たちが何をしようと、祖には関係の無い話。それでも、この先は祖も、彼も知らない……いや、あやつしか知らない物語とでも語るべきもの」
「知らない先であっても、これだけは言っておく――俺は魔女に恋をしたい。それはずっと変わらないし、マナミは俺がもらっていく」
「く、クロジ!?」
「好きにするがよい。褒美を得られるのは、全てにケリをつけた者のみだと忘れないのであれば」
変わらないな、とぼやけば「筋肉に侵されたものが云うことか」なんて皮肉を一つ貰った。
「俺は、俺自身と向き合えたんだ。だから、マナミが向き合えない理由は無いに決まってるだろ? もしかして、大魔女のくせに信用しきれないとか?」
「その口、幾度も変わらないな」
大魔女が木の杖を光らせると、立っていた空間が瓦礫のように崩れ始めた。
「マナミ。クロジ。祖は観測する、この先を」
「好きにしろ――今は、ユリシアか」
「大魔女様、私はこの島を守り続けて、生き残る。だから、見てて」
空間が完全に壊れると、そこは洞窟の前だった。
太陽が隠れようとしているのを見るに、だいぶ時間が経っていたのだろう。
「……帰ってきたのか」
「クロジ。ありがとう。帰ろう、私たちの場所に」
「そうだな、帰るか。一緒に」
大魔女。
全ての魔女を巻き込み、同じ時で終わりをずっと告げてきた諸悪の根源。
繰り返していたことへの終止符は、完全に絶ててはいないと、今は俺だけが知っている。
「クロジは、この後どうしたい?」
「マナミと一緒にいたい。俺が恋をしたい魔女だからな」
――今の俺は『マナミ』に会うために生まれてきたんだ。
マナミがあの力とどう向き合っていくのか、それを見届けるつもりは俺に無い。
なぜなら、俺は俺という筋肉と共に、マナミを支え続けるからだ。
「分かった。クロジらしい」
優しく微笑むマナミは変わらないものだ。
俺はマナミと手を繋ぎ、祈りを捧げてから、その場を後にするのだった。




