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恋した魔女の中で生きる  作者: 菜乃音


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34 向き合うべきもの

「……結構広いみたいだな」

「うん。そうみたい」


 洞窟に入った俺とマナミは、木の棒に付けた炎の明かりを頼りに、奥が見えない先へと歩いていた。

 反響する足音からして、この洞窟が続いているのは理解できる。


 とはいえ、深くいくにつれて外の風と遮断され、光を拝むことは難しくなるだろう。


 この先に大魔女が居る、ただそれを思うだけで今は十分(希望)なのかもしれない。


 先ほどの光景がずっと脳に残っている、一つの悩みを除いて。

 マナミを恐れているわけではない。

 俺は大魔女と出会うのを恐れているのか。否、自分の心が弱いから、変わってしまうのが怖いと嘆いているんだ。


 あのマナミを知った時、何かが壊れて、何かが変わってしまう、そんな曖昧な残響が頭の中をぐちゃぐちゃに掻きまわしている。


 俺の不安は、手を繋ぎ、隣を共に進んでいるマナミのおかげで和らいでいるはずなのに。


「ねえ、クロジ」


 マナミがいつもと変わらない、まったりとした声色で尋ねてきた。


「あれはね、私の魔法が持つ本来の性質で……クロジには見せたくなかったかな……」


 マナミの声はまったりとしているのに、どこか怯えている。

 その怯えを、俺は知っていた。

 マナミが魔女として向き合っている時、魔女の事が関係している時の声色だからだ。


 空洞に反響する足音が、より鮮明に耳を撫でてくる。


「この島を創ったのは、私だって話はしたことあったかな?」

「初耳の気もするけど、俺はなんか、知っている気がする」

「そっか。この島は魔法で出来ている……世界から守られて、孤立した絶島なの」


 語るように口にするマナミは、それこそ御伽話を子どもに言い聞かせるように、己を殺してまで紡いでいるようだった。


「どうして今?」


 ぎゅっと、マナミの握る手が強くなったのを感じた。

 どこかで水滴でも落ちているのか、石で跳ねた水音が聞こえてくる。


「……私、怖かったから。……今でも、怖い。怖いの」

「俺に、吐き出してくれ。俺は聞くだけしかできない。でも、マナミが魔女だって云うなら、受け止めたい」

「クロジ。私に優しいって言うけど、クロジの方が優しすぎ」


 横目で見るマナミの表情は、仄暗い明かりの中で笑っているように見えた。

 ように見えただけで、マナミ自身がどうなのかは分からない。


 ――やっぱり、勘違いじゃないか。


 この時に違和感を覚えても、口にする気はない。

 マナミをより不安にさせてしまうと、俺が分かるからだ。


「私、大魔女様に会うのは今でも怖いの」

「……どうしてだ?」

「これは前にも話したことだけど、大魔女様はこの世界における魔女の生み親であって、魔女同士を争わせて世界を破滅に導いた張本人でもあるの」

「御伽話のやつか」


 マナミは頷き、話を続けた。


「私もその争いの、試練を与えられた一人。でも、その頃の私は……今もだけど、さっき見せた魔法を、力を恐れていたの」


 震える声で続けるマナミは、吐き出しているのにも関わらず、辛そうだ。

 俺は男だから、を理由でマナミの話を無視して、結果を聞くこともできる。それでも結果を聞かないのは、マナミだから、って理由が大きい。


 俺自身、このままマナミが壊れてしまえば、大魔女の言う通りになると分かっているから。


 あの力、それがマナミの本質であったとしても、考えが変わるわけない。


「私自身、制御しきれないあの力。……怖くて、不安で、もし溢れだしたら、大切なものも、国も、島も、民も、全てを破壊するって私がよく分かっているせい」

「うん」

「私は、クロジだけは、クロジだけは、壊したくないの。再現性の無い魔法なら、クロジを傷つけても再生してくれた。だけど――だけどっ!!」


 マナミは立ち止まり、俺の方を見てきた。

 揺らぐ炎の明かりがマナミを見せ、ただマナミを見せる。


 後ろで揺れる影を気にさせない。それ程までにマナミの声が、気持ちがヒシヒシと伝わってくるんだ。


「あの力はおかしい。クロジすら消し去って、失ったらって思うと、私は私じゃいられなくなるの……」


 吐き出した言葉は、マナミの目尻に水の痕跡を置いている。

 俺はマナミに対して、ほんのりと笑みを浮かべるしかできなかった。


「これも、試練から逃げた私への罰なのかな……。これ以上傷つけたくないのに」


 マナミは本当に優しい、筋金入りだ。

 その優しさで、自分を壊さないようにしているわけではなく、ただ相手を心配している。


 普通なら、自分の力で自分が呑み込まれないのか、それを心配すべきだろう。

 俺がマナミの立場じゃないから軽々しく考えられるが、考えられない方がおかしいだけだ。


 あくまで俺は他人だし、マナミの恋人でも何でもない。

 だけど一つだけ言えるなら――。


「俺は魔女の召し使いだ。魔女に生かされている筋肉だ」

「召し使いに聞いているわけじゃ――」

「だけどさ、お前に俺は見えているのか? ああ、確かにあの馬鹿のせいで体は重いし焼ききれそうだ。だけどさ……マナミの魔法の方がまだ、重くて好きだ」


 とんちんかんな事を言っているのは承知の上だ。


「約束したよな。マナミの傍に居てやるって。俺はまだ、マナミからの恋を出来ていないし、魔法で傷ついた記憶もないんだが?」

「いきなり何を言っているの? 脳まで毒に侵された?」


 じっと見てくるマナミは、答えが分からない幼子そのものだ。

 答えを求める必要はないのに、答えを求めてしまう。


 俺なら答えに居場所を求めることはしないし、間違ったところで止まることはない。

 選択を疑ったら、二度と決められない、筋肉を裏切ることになるって俺は知っているおかげだ。


「マナミは素直で優しすぎるんだよ。マナミは何も間違っていないし、逃げてなんていない。それは俺が肯定するし、俺が肯定する」

「なんで二回……」

「簡単に言葉が思いつくわけないだろ」


 簡単に思いつくなら、俺は筋肉に聞きたい気分だ。


「あの大魔女がなんなのかわかんないけどさ、マナミは優しいから、相手との折り合いを見つけようとしているんだろうけど……そんなの簡単な話だろ?」

「簡単?」

「マナミが恐れる力すらも自分のものにして、食らえばいいだけさ」

「それが出来たら苦労してない」

「だろうな。俺が云うのもあれだけどさ……マナミは、恐れている力と向き合うことはしたのか?」


 マナミから一度もらった言葉だが、受け売りで言ったつもりはない。


 俺はただ、疑問だった。

 マナミの事だから向き合ってきただろうけど、それは本当に向き合ったのかと。

 怖いものから逃げ続けたところで、ずっと後悔するし、ずっと尾を引いてくる。

 俺はマナミと生き方が違ったし、親の愛情も、自分の事も分からない。だけど、俺は俺と向き合って、筋肉を知った。


 筋肉を知ったからこそ、この世界に来たわけで、幾千にも束ねられた運命だとも思っている。


 生きる上で、自ずと向き合わないといけない課題は山ほどあるように。

 きっとマナミは今、それにぶつかっている。だけど、マナミが超えられると俺は信じているし、疑うつもりもない。


 マナミは、俺が恋したい魔女だから。


「それを聞いて、私が揺らぐと――」

「揺らぐだろうな。俺とマナミは違うけど、一つだけ同じなんだよ。大切な相手の為なら、相手を悲しませないように努力をするし、安全を優先する、そこだけはな」

「……私にとって、クロジが大切じゃない可能性だって」

「それなら、俺にこんな話はしないだろ。魔女の事を知らない、外の人間にさ」


 むしろ知らないからこそ、楽に話してきた可能性もある。

 可能性があるだけで、マナミは間違いなく否だと言い切れる。


 それは誰よりも俺が保証しているし、見てきた俺が思うのだから間違いない。


「……ねえ、聞かせて」


 マナミは下ろしたままの片方の手を握りしめ、俺を真剣に見てきた。

 炎の明かりも相まって、仄暗い洞窟の中で黄緑色の宝石が輝いている。


「クロジは、私が怖くないの?」

「怖くない、って言ったら嘘だろうな。だって、マナミが居なくなる、俺は何よりもそれが怖いからな」


 俺は笑顔でそう言い切った。

 マナミと話したおかげで、俺はマナミを見て怖いと感じた理由が鮮明に理解できた。

 マナミが突然、俺の前から姿を消したら、なんて思ったからだ。


 理由も知らずに、ある日忽然と姿が見えなくでもなったら、俺は血眼になってマナミを探す。どこに行こうと、どこに羽ばたこうとも、必ずマナミを見つけ出す。


 俺の中で……マナミという存在が何よりも大きくなっていると気づいたからだ。


「マナミ。俺は宣言しておくけどさ……あの大魔女との戦い以外からは、今後一切手を引くつもりだ」

「クロジは強いのに、どうして?」

「簡単さ。マナミみたいに魔法を使えるわけじゃないし……俺はきっと、引かないといけない理由を大魔女から言われるって、筋肉が知ってるからだよ」


 今でこそ、大魔女から受けた魔法で筋肉や魂は形を保っているだけで精いっぱいだが、それ以上の理由があると俺は気づいている。


 戦うとしても、それはマナミを守るか伝え合うためだけで、それ以上の行動はしないだろう。


 俺はマナミの手を引いて、奥へと歩いていく。


「俺もさ、いずれ俺自身と向き合わないといけない。だから、マナミも向き合ってくれよ。一人より、二人で目指した方が、支え合えるだろ?」

「クロジ……」

「それに俺は……。マナミからもらったこの名前、今でも気に入ってるんだ」


 マナミの握る手が強くなった。


「クロジ。クロジは、私の傍にずっと、ずっといてくれる? 恋は駄目だけど」

「ずっといるさ。嫌だ、って言ってもな。恋は駄目って、それはマナミが恋を俺にするから問題ないな」

「お気楽。でも、私はそんなクロジが居てくれるから、少し楽になった」


 よかった、と言えばマナミは微笑んでいた。


 お互いに向き合わないといけないものがある。それは、何よりも理解していたのかもしれない、俺たち自身が。


 マナミの魔法がどんなものであったとしても、俺はマナミの前から消えるつもりも、殺されるつもりもない。


 そんな会話をして以降、特に言葉を口にすることはなかった。

 ……繋いだ手の温かさが、今もあるのを除いて。




 地上から下に向かってどれほど歩いたのかは不明だが、俺とマナミはある場所で足を止めた。


「この下に続く深い空洞。音が遮断されてんのか?」

「大魔女様は、この下にいる」


 地表よりも更に深い場所、ましてや不自然に洞窟の中で空いている大穴。マナミ曰く、大魔女の場所に繋がっているようだ。


 地上の光は尚更届かないからこそ、不気味な雰囲気を漂わせているが、ただの幻覚だろう。


「クロジ、体は大丈夫?」

「ああ。さっさと大魔女に治してもらわないとな。最悪、マナミが魔法ごと破壊してくれ」

「人の悩みを軽く口に……クロジは楽でいいね」


 皮肉を吐かれた気がしたが、気のせいだろう。

 俺は大穴を覗いてから、マナミを見た。


「それじゃあ、行くか。大魔女とご対面だ」

「クロジ、しっかり掴まってて」


 俺はマナミと飛び降り、浮くようにして先が見えない大穴の奥深くへと降下していった。

 ずっと握ったままの手を、離さないようにして。

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