29 料理をするなら料理されると思え
生き残ることの大切さを知ってから、あっという間に日々が過ぎていた。
筋肉での脳筋押しは変化こそないが、そこに変則的な技術が加わったのは進歩と言えるだろう。
とはいえマナミとの関係は結局、一緒に過ごす、それ以上でもそれ以下でもないのは変わらないままだ。
一つ変わったとすれば、お互いにどこか気になる、くらいになった程度かも知れない。
俺の勝手な想像だからこそ、それが空想じゃないことを祈りたいが。
島で生き残る暮らしにも慣れてきた、そんなある日の事だった。
「俺に料理を教えてほしい?」
「うん」
この日、俺はマナミに料理を教えてほしいと頼まれていた。
いつも俺が作った料理をマナミは食べているが、マナミが料理を作っている姿を俺は見たことが無い。
俺が料理を作っている時も、マナミは基本的に自身の机と向き合っているか、テーブルで料理を待っているくらいだ。
マナミが料理に興味を持つのは良いが、懸念点の一つは聞いておくべきだろう。
「マナミ、料理の経験は?」
「……火なら使ったこと、ある」
「なんで言い淀んだ? あと、俺の目を見て言え」
マナミが都合悪そうに目を逸らすので、料理の経験は無いと判断していいだろう。
大方、火を使ったのはあくまで魔法を介してであり、料理という観点では向き合っていない可能性がある。
マナミの意志を無下にしたくない。だから俺は、頭を悩ませた。
とはいえマナミも運がいいものだ。
俺の世界だったら複雑な料理器具を使うべきだったが、ここは基本的に、切る、煮るか焼く、盛り付けだけで完成するのだから。時には混ぜるやこねることも中には必要だが、特段気にするものではない。
「……仕方ないな。じゃあ、一緒に作るか。俺も、マナミには教えられてばかりだし、時には教える側に回りたいからな」
「やた……っ!」
無邪気な幼子のように瞳を輝かせるマナミは本当に愛らしいものだ。
筋肉が料理の栄養を教えてくれるから、バランスについては特に気にする必要はないだろう。
安全面を考慮して、本当ならエプロンをマナミに着てもらいたいが……生憎作成をしていないし、この島での料理を見たことが無いから無視でいいだろう。
もし危なければ、俺が被れば問題ない。
果実と肉の準備をしてから、俺はマナミと並んでキッチンに立った。
キッチンにギリギリ二人分のスペースがあったのは幸いだ。
家の一角とはいえ、本来は一人前提だったのだろう。
「何を作るの?」
「簡単に果実煮込みの予定だったんだけど」
「……果実料理!」
マナミは果実が大好きだ。
マナミが好きと分かって調整しつつ出していたが、星のような視線を向けないでもらいたい。
「果実飯でも作ろうかと」
「果実飯?」
「まあ、前に果実の種を使ったホシムスビを貰っただろ? それを応用して、炒め物でも作ってみようと思ってな」
正直、俺も草の種を使った粥以外では初めて作るが、気合でどうにかなるだろう。
一つの挑戦をせずして、二つの結果は得られないのだから。
丁度良くコンロも二つあるし、教えながら作る分には問題ないはずだ。
ましてやキッチンには料理器具が余る勢いで備えられているので、器具たちも使われて嬉しいだろう。
「それじゃあ、まずは果実を切るところからだな」
俺はマナミに赤い果実を渡し、まな板に載せるように指示をした。
その間、小さな木の桶に乾燥した果実の種と水を入れておく。
まな板と向き合うマナミに目を向けたのだが、俺は首を傾げるしかなかった。
「あ、あのな、マナミ? 別にそんな気を張らなくてもいいんだ。マナミがまない――」
「包丁って危ないね」
マナミが包丁を持った瞬間、どこからともなく現れた風が俺を切り刻んでいた。
――俺はいつから食材になったんだ?
「あのな、マナミ。包丁はそんな凶器じゃないんだ。筋肉じゃあるまいし」
「凶器だよ?」
呆れ半分に言えば、マナミに冷静な指摘を受けた。
マナミはセンスがいいのか、切り方を少し見せただけなのにも関わらず、食べやすいサイズに切っていく。
途中から魔法で切っていたのは、目を瞑るしかなかったが。
魔法で器用に切れるのは凄いが……マナミの魔法はそこまで繊細なのか、とむしろ驚きの方も勝っている。
切り終えてから、コンロに薪をくべていた。
「ふん」
「なんでそれで火が付くの?」
俺は筋肉の摩擦を使い、手に持った薪に引火させた。
男なんて自家発電できるのだから、これくらいはできて当然だろう。
筋肉の油を帯びた火は、くべた薪に対してよく燃えるのだ。
人は食べ物じゃない、とだけ覚えておけば問題ない。
俺はフライパンをコンロに載せつつ、戻しておいた種を適量カップに取った。
「やっぱり、栄養価が高すぎるのも問題だよな……」
俺は料理をするうえで、正直悩んでいる。
見た目をよくする点で料理は最適解なのだが、この島の土地から取れる果実一つがビタミン・ミネラル・タンパク質など、必要な栄養素を全て高い状態で含んでいるのだ。
おかげで料理を美味しく作れるにも関わらず、使う果実がほとんど限られている。
辛みや塩味、苦いなどは果実でも補いきれないので、時折草で代用しているが、それでも悩ましいものだろう。
他の肉や果実に関しては焼けば早いので、見た目を気にしなければ問題はないが。
「とりあえず、作ってみるか」
「これ、どうしたらいいの?」
マナミはフライパンを使うのが初めてなのか、手にとっては首を傾げていた。
さり気なく俺に向けて振り回してきたが、筋肉が音を響かせた程度で終わっている。
「それじゃあ、俺と一緒にやってみるか」
俺はマナミの後ろに立って、用意したフライパンの前に一緒に立った。
マナミの手を取り、フライパンを持つ、そのはずだったのだが。
「も、もしかして、手に触れられるのは嫌だったか?」
マナミの手に触れた瞬間、マナミが軽く震えたので俺は焦った。
今思えば、マナミは女の子だし、触れられる相手くらいは選びたいはずだ。
料理とはいえ迂闊だったのは俺だし、魔法で吹き飛ばされても文句は言えない。
覚悟をして魔法を受け止める心構えをしたのだが、魔法は待っても飛んでこなかった。
「……マナミ?」
「クロジなら、嫌じゃない。だから、このまま、教えて……」
「ああ、わかった。間違っても頭突きするなよ」
「頭突きより魔法を先に撃つから大丈夫」
「全然大丈夫じゃないよな!?」
そんな他愛もない会話を挟んで、お互いに笑った。
――普段、一人で黙々と料理を作っていて気付かなかった。一緒に何かをするのって楽しいんだな。
俺よりもマナミが小柄なのもあり、すっぽりと胸の内に収まるのはむず痒いものだが、教えるにあたっては悪くない話だ。
……女の子を上から見るのはやめておこう。
この視線の高さ、マナミに向けようものなら俺は興奮しかねない。
マナミだから興奮できるが、わざわざ自家発電を意味なくする必要はないだろう。
「なあ、マナミ。別に構わないんだが、無言で重くすることはやめような?」
「私は軽いから」
「マナミが軽いのは知ってるけど、俺の周りの空気を重くするなって言ってんだよ」
重力がかかっている中、俺はマナミと共同で料理をするのだった。




