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恋した魔女の中で生きる  作者: 菜乃音
第一章

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28 魔女のご褒美は混浴と共に

 結局、マナミは自身の魔法について教えてくれることはなかった。

 考えてみれば、マナミの力を借りて道具を持ったわけだし、持てたかと言われれば審議だ。


 俺はそんなことを想いながら、湯に体を預けた。

 芯から温まる心地よさ。今なら、マナミの言っていた意味が分かる気がする。


 生き残るために知恵と工夫を重ねる……日々そんな難しい中で生きているのだから、息抜きできる環境があればそうなる筈だ。


 重く息を吐けば、水面が波紋を浮かばせて揺れた。


「……クロジ」

「え?」


 湯に浸かっていれば、聞くことが無いと思っていた声が耳を撫でた。

 反射的に振り返ろうとした、その時だ。


「振り向いたら殺すから」

「はい。ごめんなさい」


 ちゃぽちゃぽと水の跳ねる音が聞こえてくるので、間違いなくマナミが一緒のお風呂に入ってきている。

 庭に作った屋根付きのお風呂だが、マナミの魔法による認識阻害が無かったらただのイチャつきカップルと思われそうだ。


 より意識したせいか、心臓の鼓動が張り裂けんばかりに熱を感じさせてくる。

 俺は正直、この鼓動を知らない。

 今まで異性との交流自体、無いに等しいせいだ。あったとしても、両親が生きていた時くらいで、そんな幼い日の異性との交流をカウントするほど空しい男になった記憶はないが。


 そもそも、なぜマナミが俺のお風呂の時に入ってきたかが謎だ。

 念のため思い返してみても、マナミは俺の後に入る、と結局確定になったことで俺が先に入っているのは間違いない。


 俺の入っている時間に、マナミが入ってきた。

 何度考えても、理解が追い付かない。


 本人に聞いてみるのが手っ取り早いが、振り向いたら即殺されるのは目に見えているので難しいものだ。


 ――振り向かないで聞けばいいだけか。


 簡単なことなのに思いつかないとは、それほど焦っているのか俺は。いや、筋肉の余裕だろう。

 実際、筋肉はマナミと同じお風呂に入ることになったせいか、無駄に興奮しているのだから。

 本当に無駄だが。


「一応聞くが、俺は全裸だ。俺が入っている場所に来たわけだし、マナミはタオルくらい身に纏っているんだろ?」

「……タオル。濡れないよう、テーブルに置いてある」

「なんでだよ!?」


 俺は思わずツッコミを入れられずにはいられなかった。

 マナミが少し抜けているのは、過ごしてきたうえで理解している。


 だからと言って、マナミから見れば異性である男がお風呂に一人いる。ましてや同じ混浴状態になると分かった上で、タオルで身を隠さないとかあるのか?


 冷静に考えれば、この島にお風呂が無いからこそ、タオルを湯につける発想もない可能性もある。


 というかテーブルに置いたってことは、物理的に俺がお風呂から上がれないのでは?


 気づけば、水音がこちらへと向かってきていた。


「クロジと入ってみたかった。……嫌だった?」

「……嬉しいんだけどさ。その、先に言ってくれると、心の準備ができて助かったかな」

「クロジ。筋肉が無いと、弱い」

「なんで煽ったか、その素肌を見て確認してやろうか?」

「タダで見たい?」


 マナミから仕掛けてきたのだが、圧に俺は負けた。


 背にマナミがいる以上、後ろを振り向くのは正直したくないな。

 マナミに嫌われたくないのもあるが、好きな子の素肌は黄金郷だからこそ、俺だって時は選びたいものだ。


 触れたい、見たい、って男の欲求は確かにある。だが、そんな些細な揺れに身を任せ、動揺するほど俺は弱くない。


「それで、わざわざ同じ時間に入ってきて、何の用だ?」


 一緒に入ってみたかった、とマナミは言っていたが、マナミの考えがそれだけで済むとは思っていない。


「クロジに、私の魔法について教えるって言ったから」

「今じゃなくていいだろ、それ」

「私の魔法はね」

「聞けよ」


 マナミが魔法について、口を開いてくれるのかと思った時だった。

 不意に、俺の背に優しい柔らかさ……明らかにふくらみと取れるそれが、当たっていたんだ。

 マナミは俺の動揺も気にも留めずにか、話を続けた。


「この世界だと当たり前だけどね、その場にあるもの、を具現化する魔法」

「……その場にあるもの?」


 意識を割かれそうになったが、俺は疑問を抱いた。

 マナミが今まで魔法を使っていた時、紛れもなく魔法陣はなく、光だけが俺の体内や外側を駆け巡っていたような感覚だ。


 とはいえ、あの光がその場にあったのか、と聞かれれば間違いなく無かったと言える。

 あれほどの熱量が普段から存在していれば、人類はおろか、島そのものが壊滅していてもおかしくないのだから。


「本当に魔法か、それ?」

「何と言おうと魔法。大魔女様も認めるほどの、顕現を意味する……再現性の無い魔法」

「魔法だとしてもさ、それが存在してたら危なくないか?」

「クロジ、自分の見てる世界が全て、って思ってる?」


 よりぎゅっと近づく距離に、俺は思わず息を呑み込んだ。

 確かに後ろは見られないし、前だけを見ているから、背に当たっているものが『想像』の全てだ、とは言い切れない。

 もしかしたら、マナミが俺の本能を刺激するためだけに、水で丸い物体を押し付けている可能性もある。


 まるで全てを見透かすような言葉、その真意を俺は知らない。


 息詰まった俺を安心させるためなのか、不意に回された白い腕。その腕は間違いなく、マナミの白い肌だと俺は知っている。


 湯に浸かった影響で濡れてこそいるが、マナミの白い肌が間近で触れているのは正真正銘の事実だ。


「……分からなくなったでしょう?」

「マナミは俺のこと、よくわかるな」

「見てるから。……他の魔女たちは別の魔法を使ってるけど、私はこの魔法で、島を守ってきた。この島自体、私が魔法を合わせて生み出したものだけど、本当は生き残るためだった、なんてエルリッシュ以外に言うつもりはなかったの」


 マナミはさり気なく俺に白状している。だが、マナミの意味をそのまま受け止めるなら、魔法を話すキッカケで話すつもりだったのだろう。


 マナミがなぜ、島を本気で守ろうとしているのか、国の人々を生き残らせようとしているのか、少なからず分かった気がした。


 まるで御伽話の一人みたいなマナミは、本当に不思議だ。


「ありがとう、マナミ」

「感謝するなんて、変なの」

「マナミが魔法を話して、自分を伝えてくれたんだ……俺はただ、それが嬉しかったんだ」


 俺は迷わず笑みを浮かべた。


 背から俺の顔を覗いていたのか、パシャリと湯の跳ねる音がした。

 マナミは恥ずかしくなったようで、照れ隠しに「変質者」と言ってくるから困ったものだ。


 嬉しかった。俺は今まで、筋肉にすらこの言葉を心からあげたことは、ただの一度もなかった。


 どこか安心する自分に、俺は違和感を覚えそうだ。

 そんな違和感が、未だに背に当たる素肌の感触からくるものなのか、俺には分からないが。


「クロジ」

「どうした?」

「最後に聞いても、いい?」

「俺が答えられるものなら」


 マナミの小さな息遣いが、確かに聞こえてきた。

 目の前の水面に反射する、宝石のような黄緑色の輝き。


「えっと……その。……うん。魔女である私を、どうして嫌わないの? 魔法は目に見えないから怖いって、わかったでしょう……」


 マナミの声は震えていた。

 心のどこかで、行き場所を失った幼子、暗闇に取り残された自分、手を伸ばしても届かない願った者……俺はなぜか、マナミの声はそんな色だと思ったんだ。


 理由は定かではないが、マナミが迷っている、と直感が察したとだけ言える。


 それにしても、マナミはいたずら好きだ。

 俺の答えは、既に出ているのに。


「俺は、魔女に恋をしたい、って言っただろ」

「そ、それなら、私以外でもいいはずで……」

「自分語りになるけどさ。俺は最初に会えた魔女がマナミでよかった、ってここに来てからずっと思ってるんだ」


 マナミには恋をしたいとばかり言ってきているが、俺はその過程を何度も考えた。

 考え、悩んで、筋肉に聞こうとした。

 それでも筋肉に聞かなくなったのは、マナミに自分が無い、と言われてからだ。


「もし、俺はマナミに会わなかったら、ずっと筋肉で無理やりを押し付けてきただろうし」

「それは、今も……?」

「筋肉を頼りにしてきた。だけど、生きる以上に、生き残ることを学ばせて、俺にそれ以上の価値をくれたマナミだから……なんていうのかな、幸せだったんだ。俺を見てくれる人は、筋肉以外にいなかったから、こうして対等に渡り合える人に出会えて」

「筋肉は人じゃないよ? どうして価値観がズレすぎてるの?」


 マナミに少しばかり呆れられている気もするが、俺はマナミにだからこそ口にした。

 マナミが魔法を話してくれたように、俺だって話したい人を選びたい。

 マナミの求めている答えになったかは分からないが、俺は俺なりの言葉で、今に至る結論を出した。


「クロジらしい」

「そうか。……マナミ?」

「先に出る。これ以上のご褒美も、見せるつもりもないから」


 ふと気づけば、柔らかな感触が背から離れていた。

 揺れる水面はマナミが出ようとしている、と視覚情報に伝えてくる。


 水の音から外に近づいているのは理解できたが、ぴたりとその音が止まった。


「クロジも早く出てね。髪、拭いてほしいから」

「分かった、できるだけ早く出る」


 マナミにそう言えば、マナミは嬉しそうにお風呂を後にしていた。


「……生き残る幸せ、ってやつか」


 お風呂に一つの呟きを置いて、俺もお風呂を後にするのだった。

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