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恋した魔女の中で生きる  作者: 菜乃音
第一章

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27 力の記憶を辿った先に歩みたい

 生きることは大事だ。だけど、この島で『生き残る』ことの重大さを知った。

 俺はマナミとの話の末に決まった、伝統であるドラゴンとの対峙を降りる、その件をエルリッシュ王に伝えた。


 エルリッシュ王はそれすら見抜いていたのか、端から外の者に期待などしていない、と笑顔で話を流していたが。


 全てを見抜くような王としての存在感は、紛れもなく本物だろう。

 後に判明したが、俺が筋肉(直感)に任せていることすらも、あの戦いで見抜かれていたらしい。


 一つの折り目を付けた俺は現在、家の外に出ていた。

 出ていたの、だが……。


「ま、マナミ、これはどういう試練だよ……っ!」

「私は云ったはず。この島で生き残れるように過ごすこと、って」


 確かにマナミはそう言ってきたが、まさかこうなるとは思わないだろう。

 エルリッシュ王に断りを入れた翌日、俺は庭で果樹を栽培することになった。

 言わずもがなマナミの判断なのだが、土を耕すための道具が馬鹿みたいに重いのだ。


 鉄塊を地球の核に近づけたのか、なんて程に持ち上げることが出来ない。


 土を耕すにしては、随分と鋭い形状に加工を施された木だ。

 触れた材質判断で言えば、完全に木であるが、持ち上げることすらままならない。


 まるで赤子が歩くための方法を模索する。一歩が本能的な衝動であるはずなのに、限りなく遠いのだ。


「果実が出来るまで食べるな、とは言わない」

「別に、俺は土を食え――」

「生き残る判断としては認める。だけど、他者からの施しをされる、その感謝を忘れるのは許さない」


 一瞬にして光を俺の輪郭に沿わせたマナミは、いつでも魔法を使える魔女だ。


 ……いつでも魔法を使える……?


 この瞬間まで、どうして疑問に思わなかったのだろうか。

 確かに、家の目の前のスペースを使って果樹を作るために土を耕そうとした。だが、その過程において何かをされていない、と疑問を持たなかった。


 思えば俺は、疑問を抱く、という肝心なことを忘れていたんだ。


「マナミ」

「どうしたの?」

「もしかしてだけどさ、道具に魔法をかけてあるのか?」

「道具には、かけてない」

「……かけてないのか」


 筋肉も同じく、道具に疑問を持ったようだが、その懸念は無意味だったみたいだ。

 生き残るにおいては、無意味、のわけはないだろう。

 少なくとも警戒はしているのだから意味はあったのだ。


 俺はふと、マナミを見た。


「……何?」


 マナミはジッと見られるのが嫌だったのか、不機嫌そうにしている。

 マナミを見ているのはただ、俺との違いだ。


 魔女であるが、マナミは女の子で、俺と違ってもっちりとした肌をしている。

 女の子らしい体つき、と言ってしまえばそうだが、マナミである形だと俺は思っている。マナミにしかない、マナミだけの体。

 俺が筋肉を魂で結んでいるように、マナミもマナミでその個体がある。


 可愛い、なんて思うのは前からなのに、どこか新鮮な気分だ。


 俺が何も言わずに見続けていたせいか、マナミは体を隠す仕草をした。


「なんか、クロジに見られてると変な気分……」

「ひどいな! 確かに見ていたけど、さ……?」

「見るのは構わない。だけど、この日はそれが動かせない限り、ずっと眠れないし、外だよ?」


 俺はマナミから初めて聞いた言葉に、慌てて道具と向き合った。

 向き合っただけでは変わらないが、何もしないよりはマシだろう。


「道具には何もされてない。さて、どうするか」


 俺は土に刺さったままの道具を、もう一度両手で持った。

 ぴくりとも動かない。


 力を入れたところで、まるで地面に吸い寄せられるように重いままだ。


 地面に吸い寄せられる……マナミは確かに道具にかけてない、と言った。だけど、もしも違うもの、にかけられていたのなら。


「マナミ、もしかしてだけどさ、俺にかけたか?」

「かけてない。……クロジに言い忘れてたけど、私の魔法は物体にかけることはできない。私の魔法、かけるよりも、使うに特化してるから」

「む、難しいな」


 哲学か何かだと思うと、余計にややこしく感じてしまう。

 これが愛の重さだと言うのなら納得だが、納得していい問題でもない。


 試練として与えているのだから、きっと何か別の糸口があるはずだ。


「俺はてっきり、魔法陣から魔法を撃つ、みたいなイメージだったな」

「何その、今から弱点(まほう)をさらけ出しますよ、って忠告している馬鹿みたいな魔法」

「馬鹿みたいって言うな! 魔法陣はロマンだ! ましてや、視覚的、文的にも分かりやすくって便利だからな!」

「ふふ。もしこの道具を持てたなら、クロジに私の魔法、教えてあげてもいいよ」


 マナミは、俺がご褒美をぶら下げればやる気が出ると思っているのか。

 いくら俺が召し使いだからって、おちょくるのもいい加減にしてほしいものだ。


――教えてもらいたいに決まっているだろ!


 意味わからん殺しばかりされて、ずっと思考を巡らせているのだから。


 俺が不気味な笑みを浮かれば、マナミは完全に引いた顔をしていた。


「でも、マナミからそう言うって珍しいな」

「クロジ。今でも落ち込んでいるのかな、って」

「マナミと話して決められたんだ、落ち込んでいる暇はないさ」


 時間にこそ縛られていないが、マナミの傍に居られるようにはしたい。

 恋を叶えるのが難しくても、生き残る意味を知れば同じ地に立てる、ってなんとなくだが思えるんだ。

 俺は今、筋肉に頼り切っているし、一人を誤魔化すのも筋肉ありきだって分かっている。


 だけど、その筋肉の声が仮に聞けなくなって、本当に拝める存在になったら、俺はどうすればいいのか分からなくなってしまうだろう。

 それが無いように、今を生きると決めた。


 生きる理由に生き残るが加わった、ただそれだけなんだ。


「仮に、筋肉がなかったら」


 ずっと力一辺倒だった。

 だから覚悟を決めて、マナミをもう一度見た。


「マナミ、俺と持ってくれないか?」

「っ! ……うん、いいよ」


 マナミは驚きこそしたが、快く承諾してくれた。


 マナミは俺の方に近づき、居場所を見つけるように腕の間に入ってきた。そして、小さな手を、道具の柄を持っていた俺の手へと重ねてくる。


 小さな温もりが手から、全身を駆け巡るように存在を形づけてきた。


 マナミが小柄だったからこそ、こうして俺の腕の間に入れたのは幸せというべきか。


 自然と近づいた距離に、そっと触れる髪がくすぐったい。


「マナミ、せーの、で持ち上げるからな」

「クロジのタイミングに任せる」


 俺はあくまで、マナミに合わせて持つつもりだ。

 今までなら力一辺倒、一人で生きる狼だった。だけど今は、マナミの力に合わせる方がいいと、直感は察しているんだ。


 俺は少し息を吸って、気持ちを整えた。


「せーの!」


 俺の合図とともに、マナミが力を入れないで軽く持ち上げるのが分かった。

 それに合わせた、瞬間だった。


「も、持てた……え?」

「気づいてなかったの? 私はクロジにも、道具にもかけてないけど、クロジが力を入れたら風が重くなるように魔法を使ってた」

「そ、そういうことか」

「最初に言ったはず。人に頼ること、地に頼ること、って」


 思い出した。確かにマナミから評価された時、そんな言葉を貰っていた。

 己がない、ってことばかりに意識を割きすぎていた、俺の落ち度だ。


 地に頼る。それはきっと、肌を風で感じて、鼻で地の匂いを感じられるように、生きていることを実感するのが目的だったのかもしれない。


 人に頼る。紛れもなく、今、マナミに頼ったことが答えだ。


 俺は一人だと気づけなかったが、こうして生き残る者たちと手を取る、それを伝えられた気がした。


「鈍感。それじゃあ、生きられたとしても、生き残るのは難しい。筋力だけに頼らないで、たまには技術にも重きを置くこと。そうすれば、クロジの力は無駄なく発揮できるし、生き残ることにもつながるから」

「精進する」


 恋した魔女がマナミでよかった、なんて心から思えたかもしれない。

 いや、ずっと前から何度も思っているが、上書きされ続けているんだ。

 マナミとの時間、それを大事にする俺の記憶の中で。


 ふと気づけば、マナミは手を離し、適切な距離を取っていた。

 手に水源草を持っているのだけは、いただけないが。


「じゃあ、魔法は使わないから、この果実を埋めておいてね」

「マナミ? 俺に頭から水をかけても大きくならないからな?」

「クロジは成長してるから、一緒」

「むしろ、水をマナミにあげたら成ちょ――」

「少しは異性を理解した方がいい、変質者」


 マナミを不機嫌にさせてしまったが、マナミから学べることはまだまだありそうだ。

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