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恋した魔女の中で生きる  作者: 菜乃音
第一章

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25 王の選定

 意気投合した俺とエルリッシュ王は現在、向かい合っていた。

 魔女の家の丘下、ただ広い原っぱに咲いた草花だけが音を立てている。


「魔女よ、他に被害が行かぬよう頼んだぞ」

「マナミ、すまない。これは男と男の真剣勝負なんだ」

「……どうして二人は脱ぐの?」


 俺とエルリッシュ王は上裸となり、日の下で光を浴び、自然に心を委ねるように隠すことをしない。


 これから俺は、彼と対決する。


 対決と称したが、エルリッシュ王自ら、俺がドラゴンと戦えるか見極めるのが本題らしい。

 無論、危なくなればマナミが横やりを入れるのだとか。


 マナミは基本的に乗り気ではないが、エルリッシュ王との戦い次第では認める、との条件付きになったのは幸いだ。


「エルリッシュ王。俺は本気で筋肉を振るうからな、簡単にくたばるなよ」

「現を抜かすな。貴様がのうのうと生きるだけのやつならば、島で生き残るに値せん、ただの捨て駒たる人形よ」

「確かに、そこの間は俺も未知数だ」

「貴様には(とく)と、ワレェイがラスト・エデンを如何に収めている王であるかを身に刻んで覚えさせる栄誉を与えたにすぎん」


 エルリッシュ王はそう言って、どこからともなく剣を取り出した。

 いや、明らかに空間から抜くように取り出していた。

 まるで剣が初めからそこにあった、と思わせてくる。


「なに。本気の剣で交えるつもりはない。仮に俺があの剣を抜こうものなら、それは代理、もしくは民を守るほかならん」

「いやいや、そもそもどっからその剣を出した?」


 丸い木の枝に、研いだ両刃の鉄を張り付けたような剣。

 荒仕上げであるが、鋭利な刃は人肌を裂くには十分だろう。


 エルリッシュ王の筋肉だけ見るなら、ドラゴンもその剣で一度は切れるかもしれない。


「魔女めから聞いてないのか? ワレェイは魔女の魔法で武具を三つほど持ち歩いているにすぎん」

「なるほどな」


 魔法の真相は不明だが、マナミがよく布袋を出してくれるように、エルリッシュ王もマナミからその魔法の恩恵を受けているのだろう。


 マナミの魔法は便利すぎる反面、謎が多いのも事実だ。


 マナミが間に立ったのを確認した瞬間、エルリッシュ王は剣先を向けてきた。

 その剣先はどことなく威圧感がある。

 本気でいかないと、筋肉であっても簡単に断ち切られそうだ。


 手の感覚を確認してから、俺は武を構えた。

 俺は筋肉を信頼しているからこそ、構えることが武器となる。


「二人とも、準備はいい?」

「俺はいつでも」

「早く始めるがいい」

「構え」


 風が肌を撫でて鳴いた。

 さざ波の音が聞こえてくる。

 草木が揺れた時――。


「はじめ!」


 マナミが後ろに下がったと同時、エルリッシュ王は目の前にいた。

 瞬きする間もなく、既に剣の間合い。

 エルリッシュ王は開始した瞬間、飛ぶようにして迫っていたようだ。


「遅いわ!」

「だぁっつ!」


 俺は剣先が来る寸前、横に飛んだ。

 時を同じく、剣はぴたりと止まり、刃が横を向いた。

 器用につながる連撃。それは逃がさない、獲物を狩る者の領域だ。


 縦、横、斜め、しまいには後ろまで届くアクロバティックな剣さばき。


 本気の剣を使用しないでこの実力であるのなら、裏付けは既に済んでいるも同然だ。


 俺は躱しこそしている。

 だが致命的な、それでこそ打撃の瞬間が訪れない。

 いや、訪れさせていないだけだ。


「貴様。人の形と相手取るのは初めてだな。見ればわかる」

「随分観察している暇があるようだな」

「当然だ。貴様が無機物を相手していた時間、ワレェイは有機物を相手にしていたも同然よ」


 まさにその通りで、俺は何かを言える立場じゃない。

 生き残るために拳を、筋肉を鍛えていたわけではなく、生きるために鍛えざるを得なかっただけなんだ。


 だけどこの島に来て、俺は初めて弱さを知った、筋肉だけじゃ何もできない弱さを。


 俺はエルリッシュ王の剣を見切り、眼前に迫る瞬間を狙い、真正面から片手で受け止めた。


「どうした、断ち切れないのか?」


 白刃取りなんて、大層なものじゃない。

 その手はがっちりと刃を握って、手の皮膚が切れた矢先から血が溢れ、垂れている。


 本来なら痛みを感じる、もしくは手のひらごと腕が両断されていただろう。

 だけど俺は痛みこそあるが、その痛みよりも筋肉が動いている。


「素手で受け止めるとは、血迷ったか」

「血迷ってなんかいないさ」


 俺は別に、このくらいは問題ない。


「フィニスとか言う影のドラゴンの爪に比べりゃ、随分と優しい紙切れだな」


 こんな傷、紙でスッと切って気づかないくらいのものだ。

 じんわりと血が溢れる、それが同じなだけで。


「血迷ったのはお前の方だ。この剣、左手で受け止めたけどさ。右手が空いているな」

「そっちでくるか」


 俺はただ、一撃を当てればいい。

 武器を持たないからこそ、己が、筋肉が信じる一撃。それを、相手に、物に、深く刻み込むように、伝わるように。


 俺は剣を力強く掴んだまま、右の拳に力を込めた。

 全身で振りぬくように、一気に拳を突き出した。


「終わりだぁああ!! せぇいっ!!」


 空気の抵抗を無視して、圧倒的拳の威力がエルリッシュ王を穿った。

 エルリッシュ王が後ろに大きく吹っ飛び、本来なら終わるはずだった。

 それなのに俺は思わず、自分の拳を広げて手のひらを見ていたんだ。


「なんだ。今の、毛布を殴ったような感覚」


 エルリッシュ王は何事もなかったかのように、空中で一回転し、ふわりと着地している。

 腰に巻かれた布すらも、風になびく様子がない。

 まるで、俺の拳が無かった、とでも言うかのようだ。


 気づけば、左手は剣の刃を持っていた。

 剣だけがその場に残されていたんだ。


「……当たる瞬間、剣を離して、力を逃がすように後ろに飛んだのか」

「そんな攻撃見飽きておる。貴様は王国の兵士よりも力は強い。だが、それだけでは適わん。自らを犠牲にし、自らの力を確信し、一撃に全てを賭ける」


 俺は分かってしまった。

 エルリッシュ王と、俺の間にある経験の差ではまず、間違いなく勝てないと。

 筋力だけを見るなら、筋肉で確信したが俺の方が上だ。そうでもないなら、剣を受け止めたところで、ドラゴンの一撃みたいに腕が吹き飛んでいてもおかしくないのだから。


「魔女めに教わらんかったか。生き残るための強さを」

「……」

「ふん、まあいい。一撃をくれた褒美くらいは、貴様に授けてやろう」


 エルリッシュ王はそう言って、空間から違う剣を抜きだした。

 装飾の無い、ただシンプルな両刃の片手剣。


 目に見てわかるほど、隅々まで洗練された剣だということを除けば。


 その剣は天へと伸びるような手の先から、地へと君臨しようとしていた。


「地すらも残さん。受けるが――」

「終わり」

「ここで横やりを入れるか、魔女め」

「クロジは既に戦う意志がない。エルリッシュなら、私が止めるのを読んだでしょう」


 エルリッシュ王は納得しきれない様子だが、剣を渋々といった様子で魔法の中へと戻していた。


 おそらくあの剣をエルリッシュ王に振られようものなら、俺は再生まで時間がかかっていただろう。

 筋肉も安堵してなのか、強張らせていた繊維をほぐすほどだ。


「まあよい。クロジよ。貴様はドラゴンと戦える。だが、それはワレェイの決めることじゃない。魔女めと話、存分に悩むがよい。今の貴様にはそれがお似合いだ」


 エルリッシュ王はそう言い残して、その場を後にしていた。


 ……この島には、俺が見てないだけで、敵わない相手が多くいそうだな。


 マナミ然り、影のドラゴン然りだ。ましてや、実力の半分も引き出せていない、エルリッシュ王の攻撃を見るに。


「クロジ……家に戻るよ」

「……ああ」


 俺はマナミに流されるまま、ただ茫然と歩くことしかできなかった。

 信じていた、その筋肉が敵わなかった……いや、貫き通せなかった俺の不甲斐なさに、俺は、俺は……。


 ――自分の至らなさを痛感したんだ。


 筋肉や拳を貫き通せなくなったら、今の俺は一体、何者だろうか。

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