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恋した魔女の中で生きる  作者: 菜乃音
第一章

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21/67

21 筋肉は綿の繊維すらも傷つけない

 水が弾けるような音を立てるのが聞こえてきた。


 おそらくマナミがお風呂から出た音だろう。


 リラックスできていれば嬉しいが、どうだろうか。


 窓の方を見ないようにしていると、静かにドアが開いた。


「……おまたせ」

「リラックスはでき、たか……!?」

「どうしたの?」


 家の中に入ってきたマナミを見た瞬間、俺は驚きを隠せなかった。

 別に魔法が解けて老婆になったとかではなく、ただ単に予想外だった。


 お風呂上がりのマナミは、ほんのりと湯気を漂わせ、白い肌がより艶やかに潤っている。

 俺が驚いたのは何よりも、マナミの服が違うものになっていたことだ。


「マナミ、その服は、どうしたんだ?」

「お湯で濡れたから、変えたの」


 よく見ると、マナミはバスタオルこそ持っている。だが、髪をうまく乾かすように拭けなかったのか、ぽつぽつと水滴が髪の先から落ちている。


 バスタオルの先を視線でたどると、マナミが普段着ているワンピース風のローブよりも薄めな生地が存在感を発揮していた。


 変わらずのノースリーブ。

 血色の良い白い肌。

 体型を主張するように伸びたベールのようなワンピース。

 首元と肩が露わになる肩紐の後ろで交差する紐が何気に目を奪うが、マナミの体型をまじまじと見てしまいそうで心臓に悪い。


 ――これも魔法なのか?

 ――にしては俺が居た世界の衣服に近いような。


 お湯で濡れたから変えたと言っているが、衣服を置く用のテーブルの距離を少し離しておくべきだったか。もしくは、マナミが上手く体を拭け……よし、考えることはやめよう。


 ――マナミの魔法は見えない空間に馬車でも走っているのか?


 マナミが変えの服を持っていたのは良かったとしても、喜べたものではない。


 問題として、マナミの髪が未だに水で滴っているからだ。


「女の子らしくて可愛いな」

「それは普段、私を女の子として見ていなかった?」

「語弊だったな。マナミのその服を見たことがなかったから、新鮮でいいなって思ったんだ」


 新鮮、とマナミはポツリと呟いて自身の頬を撫でていた。


 俺は料理の手を止め、近くにあった椅子をマナミの前に持ってくる。


「マナミ、いったん座ってもらってもいいか?」

「……なにをする気?」


 完全に警戒している。

 ピリッとした言い方をするあたり、この後マナミに手を出す、とでも思われているのだろう。

 俺が手を出すのは間違いない。


 間違いこそないが、考えとしては間違いだ。

 ここでエロティックに走ると考えたのなら、脳を一度入れ替えた方がいい。とマナミにいえば俺が物理的、間接的に入れ替えられるので、どことなく思っておくだけにした。


「マナミ、髪がちゃんと拭けてないから、俺が仕上げに拭いてやる」

「……川で水浴びをすれば、大体は拭かないから」

「この島に川はないだろ」


 仮に川があったのだとすれば、毒素は島の間を通って抜けているかもしれない。


 抜けていたとしても、今回はお湯であるから話の観点は違う。


「まあ、とにかくここに座ってくれ」

「手を出したら、魔法使うから」

「好きにしてくれ。魂が筋肉を捉えて、どのみち俺はマナミの前に現れるけどな」


 なんて茶化しを一つ添えておく。

 単純ほど分かりやすいものはないし、悪くはない判断だろう。


 マナミが渋々座ってくれたので、俺はバスタオルを受け取っておく。

 受け取ったバスタオルを乾かすため、窓の枠にかけた。この時限って、ガラス張りではないことが役に立っている。

 そのついでに、万が一も考えて用意しておいたバスタオルを俺は手に取り、マナミの後ろに立つ。


「マナミ、髪に触れるからな」

「うん」


 マナミの承諾を得て、俺はバスタオルを手にし、ゆっくりと髪に触れる。

 髪を傷つけないように、空気を含ませながら、バスタオルで余分な水分を拭きとっていく。


 マナミの髪は見ている以上に艶やかで、指に絡んだかと思えば、まるで綿毛のようにするりと指の間を抜けていった。


 筋肉が感じるには、髪の繊維一本一本に栄養が行き届いていて、キューティクルがお湯に濡れてもなお引き締まっているとのこと。

 ハリ、艶、コシ、その三拍子を持っている髪はこの島特有だろうか。


 マナミが髪の手入れをしている姿を見たことはないのを考えれば、島というより、異世界特有なのかもしれない。


 郷に入っては郷に従え。本当に良い言葉だし、その時の感覚を歪めることが無いものだ。


 マナミの髪に触れていて初めて気づいたが、右ワンサイドテールを結び付けている物が顕在していなかった。

 遠目で見るマナミは黒髪のショートに、右ワンサイドテールの髪型をしているので少々特殊だった。

 手に触れたことでその特殊さは、より不可解な可能性へといざなわれそうだ。


「マナミ、サイドテールには何もつけてないんだな?」

「……クロジは気になるの?」

「気になるかもな。でも、マナミがその髪の結び方が気に入ってんなら、俺は何も言わないだけだ」

「……気に入るのが無いから、魔法で結んでいるの。ショートなのは、私の好み、って言えばいいのかな?」

「教えてくれるんだな」

「クロジになら、いいかなって」


 マナミに信頼を置いてもらえているなら、ありがたい限りだ。


 ……気に入るのが無い。

 そんな言葉が、必然か、偶然か、運命か、筋肉の悪戯か、静かに心拍数を上げていた。


 魔女はきっと御伽話で読んだ以上に、生きることに悩みを覚えているのか。


 ――便利故に、それ以上の価値を見つける迷子か。


 この島は確かに、マナミの気に入る果実や気候、空間があるかも知れない。でもそれは、マナミがこの島を守っているからあるのだ。


 俺はマナミと過ごしている中で、少し足りていないものが見えた気がした。


 考えながらマナミの髪を仕上げていると、マナミが上目遣いで見てくる。


「クロジの手、心地いい」

「そ、そうか? 痛くないならよかった」

「うん。私の手より大きくて、ごつごつしてるけど、優しい」

「……まあ、男だからな。ほら、これで大丈夫だ」


 そういってバスタオルを離し、俺はさっとマナミの腕も軽く拭いておく。

 俺の手から解放されたマナミの髪は、ゆるりと火の明かりを反射して艶めいている。お風呂という概念が無かったからこそ、表面に水分を含んだことでより鮮明に髪の輪郭を見せているのだろう。


 ドライヤーという文明機器こそ無いが、この特別なバスタオルはその役割を一つでこなしてくれたようだ。


「クロジ。ありがとう」

「マナミにお風呂を進めたのは俺だからな」


 そう言って、食事を作る続きをしようとした時だった。

 後ろからベストを引っ張られる感覚があった。


 背に視線を向けると、マナミが小さな手で握って、訴えるような眼差しで見てきている。


「マナミどうしたんだ?」

「今後も、お風呂の後。えっと、その、また髪を拭いてほしい」


 幼子のような我儘を口にするマナミ。

 俺は不意な出来事、眼差しも相まって心を射抜かれたようだ。


 少し不器用な笑みを携えて、この言葉を贈る。


「俺は魔女様の召し使いだ。望まれることを拒む気はないさ」

「クロジの馬鹿」

「誉め言葉をどうも。それじゃあ、すぐに料理を仕上げて盛るから、テーブルの方で待っててくれ」

「うん」


 温かなお風呂がマナミの心を和らげたのなら、なんて考えた俺は妄想信者だ。

 後ろで料理を待つマナミを軽く見て、俺は最後の味付けをするのだった。

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