20 妄想はすればするだけ幸せなのか
魔女の家の裏には、簡易的な四本の柱から連なる木の三角屋根が付いた、石囲いのお風呂が完成を遂げた。
水をはじく塗料を塗ったことで、レンガらしさを無くし、レンガ特有の隙間を完全になくした芸術品だ。
久しく筋肉がやる気になったのもあって、完成早々使えるのは良きことだろう。
お風呂にお湯を張るために、水の通路をポンプから直で繋げたのもあり、俺の筋肉がより一層輝くというものだ。
お風呂の位置的には、傍から見れば覗き放題、犯罪し放題だが、そこは周囲の魔法による妨害で考える必要が無い。
――にしても、良い出来だ。
丘上に存在するだけでなく、果てしなく広い蒼々たる海を一望できるのだから、露天風呂にも負けない特権を持っている。
魔女に捧げるには相応しい出来だと、俺の中の俺は大満足だ。
そんな夜の直前、水がしっかりと溜まる様子をマナミと見ていた。
「この水が温かくなるの?」
「そうだな。島特有の火を下に入れこんであるから、水があるかどうかで判断されるはずだ」
「……クロジがそうして欲しい、って頼んできたからしてあげただけだからね」
マナミが恥ずかしそうに言うので、俺は笑顔で感謝した。
不意に目を逸らされてしまうのだが、頼まれるのは嫌だったのだろうか。
家を灯している火自体、マナミの魔法から出来たものらしく、魔女の家の特権としてその火を調整してもらったのだが。
俺はワンサイドテールの髪先を指で弄るマナミを見つつ、もう一度お風呂の方を見た。
溜まっていく水は火が反応しているのか、既にじんわりと湯気が漂っている。
レンガを挟んでいるので心配だったが、流石魔女の魔法、と言ったところだ。
「……マナミ。やっぱり、マナミが先に入ってくれないか?」
「私が先に? でも、入り方がよく分からない」
「言うは易しだけどさ、ただ身飾りをせずに、お湯に体を浸かればいいだけだ。あれだ、別にマナミの裸を見たい、なんて願望は一切ない」
「自分で言う変質者。信用性を理解した方がいい」
かもな、と言えばマナミからは何とも言えない視線を向けられている。
マナミは魔女であり女の子なんだから、当然の反応と言えば反応だよな。
相変わらず冷静な言葉で刺されているが、それで興奮を覚える筋肉は俺を何に仕立て上げるつもりだ。
「まあ、なんだ……」
変に照れてしまうせいか、思わず心拍数が上がってしまう。
別に変な想像をしているとか、偶然を装って魔女の全てを見たいとか、そんなものではない。
生きているうちにできなかったことをしたいと、願ったのかもしれない。
生きることは難しくも簡単だったが、生きるだけでは手に入れられない、やり残したような思いが鎮座していたんだ。
「マナミがお風呂に入っているうちに、料理を作っておきたい、と思っただけだ。今回だけだけどな。冷めるのは勿体ないし、食べて少しして入った方が気が休まりそうだしな」
「一回だけの特別を、クロジは体験させたいの?」
「そんな感じだ」
俺はあくまで、自分の為だ、なんて都合の良い言葉で飾るつもりはない。
花咲くまどろみ程、離れる温もりが辛くなってしまうから。
「分かった。今回だけ、だから」
「分かった分かった。マナミがこの時間を気に入ったら、食事の時間をずらせばいいだけなんだけどな」
「それは嫌」
欲を口にするマナミは、食欲に対してなのか、俺の料理に対してなのか、本当に不明だ。
不明なほど魔女は美しいから、別にいいだろう。
全てを知ってしまっても、もしもの物語はつまらないからな。
俺とマナミはお風呂に水がしっかりと張るのを見届けてから、家の中へと戻った。
通路的には外を歩く形になるが、お風呂の近くに脱いだ服を置くためのテーブルを作ったので問題ないだろう。
それにお手製のバスタオルを作成したので、全てにおいて、問題はない。俺の中の筋肉も頷いているので、問題ないのだ。
問題は問題が起きた時に解決しろ、と脳筋な言葉があるが、それはあくまで問題に触れないようにしているだけにすぎない。
出来うる限りの道筋を考え、備えておく、それこそが生きる糧となる方法だ。
波に流される哀れの民になるか、唯我独尊差別なき強者たる筋肉になるかは、俺が決めるのだから。
少しして夜になると、マナミは自身のベッドにストールを外して置いていた。
「えっと、それじゃあ、入ってくるね……」
「ああ、何か不都合があったらいつでも言ってくれよな」
「その筋肉脳をどうにかしてほしい」
「誰が俺の事を指摘しろって言った?」
マナミはバスタオルを腕に抱え、ほのかに笑ってみせた。
そして俺の方に近づいては、口元に指を当てて上目遣いで見てくる。
「……マナミって、本当に幼さあるからかわ――」
「料理作っておいてね。召し使い」
「魔法を残していくなよ。新手の照れ隠しですか?」
魔法で焼き焦げた煙が晴れれば、マナミは既にドアを開けてお風呂の方に向かっていた。
とりあえず感覚で魔法を使ってくるマナミには困ったものだ。
俺がマナミに粗相をしている可能性もあるから、その罰の可能性を考慮すると一概に罪と言えないが。
揺れる木々の音に紛れて聞こえてくる、ちゃぷっ、と水の跳ねる音に安堵し、俺は仕込んでおいた食材たちに手を付ける。
マナミがお風呂から出てきた後、美味しく食べている、そんな姿を想像しながら。
「だいぶマナミの好きな味も分かってきたけど、今回はリラックスした後に食べるから……少し抑え気味にしつつ、胃に優しいものにするか」
そんな楽しい独り言を口にする。
やっぱり、魔女に恋をできているからこそ、俺は幸せを覚えているんだ。
マナミが出てきた瞬間、そんな幸せの感覚が泡末の夢に代わるとは、この時の俺は知る由もなかった。




